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ゲバラとフィデル、理念の中で死ぬことと、理念が現実になるのを見届けること

若い頃、チェ・ゲバラという人間に惹かれた時期がある。

男というものは、人生のどこかで一度くらいゲバラに惹かれるタイミングがあるのではないか…と時々思う。もちろん性別によって感性を一般化するつもりはない。ゲバラに憧れた女性を私が知らないだけだ。ただ、少なくとも若い頃の私には、ゲバラという人物がきわめて魅力的に映った。

理由はいまならかなり明確に説明できる。

圧倒的に小さな側から、圧倒的に大きなものへ向かっていく。そのうえ彼は、単なる行動家ではなかった。医師としての知性を持ち、思想を持ち、必要となれば武力を身につけ、最後には軍事指揮官として実際に歴史を動かした。知性、意思、実力、そして行動。この四つが一人の人間の中に同居しているところに、私は一種の英雄性を見ていたのだと思う。

ただ、いま振り返れば、その見方はかなり幼稚だった。

若かったから、という便利な言葉で済ませるつもりもない。単純に知識が足りなかったのである。

ゲバラについても、キューバ革命についても、ラテンアメリカの政治史についても、社会主義についても、私はほとんど知らなかった。知らないものを、自分の理解できる範囲に縮小して英雄として眺めていたにすぎない。

その後、ゲバラに関する本を相当数読んだ。映画もかなり見た。『ゲバラ日記』『革命日記』『ボリビア日記』も読み込んだ。本人の演説や論考に触れ、革命後の経済運営をめぐる議論や、道徳的インセンティブ、「新しい人間」、ソ連型社会主義への批判、さらには国際革命論まで追っていった。

そうなると当然、コルダの写真の中にいるゲバラと、実際のゲバラとの距離が見えてくる。

そして私は、ゲバラを知れば知るほど、思想的には彼から離れていった。
私は共産主義にも社会主義にも基本的には否定的である。

特に、社会があらかじめ望ましい人間像を設定し、その規範へ個人を近づけていこうとする思想には、かなり強い抵抗がある。

ゲバラが『キューバにおける社会主義と人間』で論じた「新しい人間」は、その意味できわめて象徴的である。

彼が求めたのは、単なる生産関係の変更ではなかった。資本主義的な物質的インセンティブから離れ、共同体への献身や革命的倫理そのものを行為の動機とする新しい主体を形成することだった。

これは思想として読むと非常に美しい。
同時に、私は恐ろしいと思う。

人間が自己利益だけで動かず、公共的価値のために働く。それ自体に異論はない。しかし、その人間像を政治制度が規範として要求し始めた瞬間、話は変わる。

誰が「新しい人間」を定義するのか。
誰が、その規範に十分到達していない人間を判定するのか。
さらに言えば、そのような人間になりたくないという選択肢は保障されるのか。

私は社会が人間を高潔にすることよりも、高潔ではない人間が高潔ではないまま生きられる制度の方を信頼する。

社会のために生きなくてもいい。政治に無関心でもいい。公共的使命より自分の家庭を大切にしてもいい。金を稼ぐことそのものに人生の価値を置く人間がいても構わない。

人間の不完全さを克服することより、不完全な人間同士が相互に侵害せず共存できる仕組みを作る方が重要だと考えている。

その意味で、私自身の政治的感覚はかなり自由主義的である。
ただし、現在「リベラル」と呼ばれている政治的潮流と全面的に自己同一化する気はない。

自由というものは、自分の思想を表明する権利だけではない。
自分とは相容れない思想が存在することまで許容して初めて成立する。
自分と同じ価値観を持つ人間には自由を認め、自分と異なる価値観を持つ人間には沈黙を要求するのであれば、それは自由主義というより価値観の同質化である。

政治的スペクトラムのどこに位置するかにかかわらず、異なる価値観を排除しようとする態度には、私は同じ種類の危うさを見る。

私は、人間を思想によって必要以上に拘束しようとする態度そのものが嫌いなのである。

一方で、国家や国境、歴史、伝統といったものを解体すれば、人間はより自由になるという考えにも与しない。

国家を単なる抑圧装置として捉える見方は、あまりにも一次元的である。
国家には歴史的連続性がある。言語があり、文化があり、共同体の記憶がある。人間は真空の中に生まれる抽象的個人ではない。自分がどこから来たのかという座標を持っている。

私は、その座標を大切にした方がいいと思っている。

伝統だから無条件に保存すべきだとも思わないし、古いものには必ず価値があるとも考えない。ただ、何世代にもわたって残ってきたものを、現在の価値観だけで即座に無効化することにも慎重でありたい。過去から学ぶことと、過去に拘束されることは違う。

国家もあればいい。
文化も伝統も残せばいい。

そのうえで個人は、できるだけ自由であるべきだ。
思想史的に分類するなら、古典的自由主義を基底としながら、歴史的連続性や共同体については保守主義的な感覚を持っている、というところに近いのだと思う。

そして、この自由について考えるとき、私は昔見たゲバラの映画の一場面を思い出す。映画の中でゲバラが口にした。

「行きたいところに行き、言いたいことを言う」

実際のゲバラが同じ言葉を口にしたのかは知らない。それでも、映画の中のゲバラが口にしたこの一言だけは、妙に私の中に残った。

ゲバラの思想とは相容れない自分がいる。武装革命論にも、新しい人間にも、プロレタリア前衛にも共感しない。

しかし、この一言だけは、現在の私の生き方にかなり近い。実際、いまの私はかなり自由に生きている。

行きたいところに行き、言いたいことを言っている。そして誰と関係を持つのか、どの組織と関わるのかについても、自分で決めている。
この自由は、偶然に与えられたものではない。

むしろ私は、人や組織との関係を意識的に薄くすることによって自由を獲得してきたところがある。
特にこの1,2年は。

人を率いるという行為は、必ず自分自身の自由を毀損する。自分だけの都合で動ける範囲は確実に狭くなる。

人を背負えば、その人の生活がある。組織を背負えば、組織の継続性がある。自分が今日どこへ行きたいのかよりも、他者に対して負っている責任を優先しなければならない局面が生まれる。

そんな経験をした後で改めてチェ・ゲバラとフィデル・カストロを見ると、二人の位置関係が若い頃とはまったく違って見える。

かなり乱暴に言えば、私にはこう見える。

ゲバラは、自分がやりたいことをやった人。
フィデルは、自分がやりたくないことまで引き受けた人。


もちろん、ゲバラの人生を「好きなことをやって生きた自由人」といった軽薄な言葉で処理するつもりはない。むしろ彼は、自分自身に対して異常なほど苛烈だった。

キューバ革命に成功した後、国立銀行総裁にも工業相にもなった。国家権力の中枢に残り続けることもできた。それでも彼はそこを離れ、コンゴへ行き、失敗し、さらにボリビアへ向かった。

ゲバラは、自分の思想と自分の生の間に存在する距離を、ほとんどゼロにしようとした人間だったのだと思う。

世界革命を語るなら、自分も戦場へ行く。
犠牲を語るなら、自分も犠牲になる。

だから私は、思想的には相容れなくとも、ゲバラを心底嫌いにまではなれない。言っていることと、やっていることが一致しすぎている。この徹底性だけは、認めざるを得ない。

しかし、同じ理由から、私は晩年のゲバラには疑問しか無かった。
コンゴ、ボリビア、そして三大陸人民へのメッセージにおける「二つ、三つ、さらに多くのベトナムを」という呼びかけまでを連続して見ると、私には革命が手段から目的へ、さらに言えば彼自身の存在理由へ近づいていったように見える。

少し刺激の強い言い方をすれば、私はそこに「革命中毒」と呼びたくなるものを感じる。

もちろん、革命を必要とする社会が存在することは否定しない。

合法的な政権交代が封じられ、言論も選挙も実質的に機能せず、武装抵抗以外の回路がほとんど残されていない政治状況は歴史上存在した。

しかし、革命が必要な状況が存在することと、革命を普遍的な政治技術として拡張することは別問題である。世界中で革命を起こせば世界が解放される、という発想には私は与しない。

既存秩序を破壊することには、ある種の明快さがある。しかし、破壊した翌朝には統治が始まる。ここで私は、ゲバラとフィデルの人生が決定的に分岐したように感じる。

ゲバラは革命家であり続けた。
フィデルは革命に勝ってしまったことで、革命家であるだけではいられなくなった。

私はこの「勝ってしまった」という事実を、以前より重く見るようになった。

革命前には敵が明確である。

バティスタを倒す。

しかし革命後の国家統治には、そんな単純な敵はいない。

経済を維持し、国民生活を支え、外交関係を処理し、安全保障を確保し、革命の理念と現実の社会との乖離を調整しなければならない。そこでは、理念の純化よりも、しばしば妥協と選択が要求される。そして一つを守るために、別の何かを諦めなければならない。

フィデル自身、後年になって革命初期の経済政策について、自分たちには経験がなく、歴史的段階を飛び越えて一挙に平等な社会へ進もうとした理想主義的な誤謬があったという趣旨の自己批判を行っている。

私はこういう言葉に惹かれる。革命家が、革命に勝利した後になって、彼らなりの正しい理念を持つことと、正しい統治ができることは同義ではないと知る。

これは、ゲバラの思想的純化とは異なる種類の成熟である。そして私は、フィデルという人間には「苦悩を見せられない苦悩」があったのだろうと考えている。(最もフィデルの場合はさまざまな場面で漏れ出てしまっていたが…)

これは史料で証明する話ではない。私自身の推測である。
ただ、人や組織を多少なりとも背負った経験があると、そう考えずにはいられない。責任を負う立場にいる人間は、自分の迷いをそのまま表明する自由を失う。

普通の経営者でさえそうである。

自分の判断に確信が持てないからといって、その不安を毎日社員へ開陳するわけにはいかない。ましてフィデルは、一企業ではなく一国を背負った。
しかも革命後のキューバでは、彼個人と革命の正統性と国家体制の正統性が、きわめて強く結びついていた。その立場に立てば、自分の迷いや後悔は私的感情では済まない。

一言が政治になる。
沈黙も政治になる。
弱音を吐くことさえ、政治的行為になる。

情報の真偽や背景を自分で吟味、思考することなく、テレビ、新聞やYouTube、X、TikTokが供給する言説をそのまま世界認識にしてしまう人々から見れば、権力者とは自由な人間だと考えられがちだが、私はむしろ、最高権力者ほど特有の不自由を抱えることがあると思っている。

だから私は、90歳になったフィデル・カストロが、自分のキューバをどのように見ていたのだろうと考える。

彼が革命を否定したという話ではない。実際、公的な発言を見る限り、最後まで革命そのものを肯定している。しかし、革命を肯定することと、自分が作り上げた国家を完成形だと考えることは同じではない。

1950年代に思い描いていたキューバと、半世紀を経たキューバが完全に一致していたとは、私には到底思えない。経済政策上の失敗も見た。ソ連への依存も経験した。キューバ危機も経験した。

そのソ連自体が崩壊し、「特別期間」の極端な経済困難も経験した。革命の成果も、制度の硬直も、自由を制限したことによる代償も、すべて見る時間があった。

もっとできたことがあったのではないか。別の判断はあり得なかったのか。あのとき妥協すべきだったのか。逆に、あそこで妥協したことが後の歪みを生んだのではないか。

一国を半世紀近く背負った人間が、そのような問いを自分自身に一度も向けなかったとは、私は考えにくい。しかし仮にそうした問いを抱えていたとしても、フィデルにはそれを自由に語ることができなかった。

私は、この不自由さに耐えるフィデルに強く惹かれる。若い頃にはまったく見えていなかった。当時の私は、自分の信じた方向へ進むゲバラの方に強さを感じていた。

今は違う。

自分の信じた方向へ進み続けることにも強さはある。しかし、自分の信念だけでは処理できない現実を引き受け、自分が望んでいない判断まで下し、その責任から降りずに生き続けることにも、別の強さがある。

ゲバラは自分のやりたいことをやった。
フィデルは、自分がやりたくないことまで引き受けた。

私はこの二人を、いま、そんなふうに見ている。そして面白いことに、私自身はフィデルとは逆の方向へ進んできた。

背負うものを減らした。
人との関係を整理した。
組織との距離を取った。

その結果として、私はいま「行きたいところに行き、言いたいことを言う」という、かつて映画の中でゲバラが口にした言葉にかなり近い生き方をしている。

思想的にはゲバラとは相容れない。
しかし生き方の一部分では、あの言葉の方へ近づいた。一方で、人間としてより深く考えるようになったのはフィデルの方である。

ゲバラは39歳で死んだ。
そのため彼には、自分の思想が制度化され、制度が官僚化し、その制度が何十年も経つうちに自分の理想から乖離していくところまで見る時間がなかった。

フィデルは90歳まで生きた。
革命の勝利を経験し、国家形成を経験し、キューバ危機をも経験した。ソ連との同盟を経験し、そのソ連の崩壊まで見た。

自分たちが作った制度の成果も矛盾も、見たくないものまで含めて見る時間があった。革命家が老いるということは、かなり残酷なことなのだと思う。
若い頃の自分が掲げた理念と、半世紀後に現実として存在する社会を、同じ自分の目で比較できてしまうからである。

ゲバラは、自分の理念の中で死ぬことができた。フィデルは、自分の理念が現実になる過程を最後まで見届けることになった。

私はいま、この違いの方に強く惹かれる。共産主義を支持するようになったわけではない。むしろ思想的には、ゲバラともフィデルとも遠い。ゲバラの「新しい人間」にも同意しないし、フィデル体制の一党支配や政治的自由の抑圧も支持しない。

ただ、思想への賛否と、人間の生き方への関心は別である。若い頃の私は、幼稚な思考でゲバラを単純な英雄として見た。

いまは、そんな見方はできない。それでもゲバラを嫌いにはなれない。そして、歳を重ねるほどフィデルという人間の方を長く考えるようになった。
自分の信じることを最後までやる人間と、自分がやりたくないことまで引き受ける人間。

どちらが正しいという話ではない。ただ、今の私には後者の重さの方が、以前よりよく見える。

全く関係ないが…
私はフィデルの葉巻、コイーバ・ランセロがこの世で一番うまい葉巻だと思っている。

▼台北に向かう飛行機、太平洋上空より

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