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【小論】なぜ「歴史という学問」は必要なのか?

(1)はじめに
学問としての歴史(歴史学)は、古代ギリシアのヘロドトス(B.C.484年頃〜B.C.425年頃)の著書『歴史』またはトゥキディデス(B.C.460年頃〜B.C.395年)の著書『戦史』(ペロポネソス戦史)に始まります。

以来2,500年もの間にわたって、歴史の研究が続けられています(以下、約1,500文字)。


(2)歴史学と考古学の研究史
ちなみに隣接分野の考古学の歴史は、西欧において西暦1700年代後半〜1800年代初頭、すなわち近代に始まります。

歴史学が2,500年もの学史を有している学問であるのに対して、考古学は、まだ300年ほどの学史しかありません。

ですから考古学は、まだまだ経験の浅い未熟な新しい学問であると言えます。民俗学に至っては、まだ150年程の学史しかありません。


(3)なぜ歴史学が大事なのか
ではなぜ、遥か遠い紀元前の昔から約2,500年間もの斯くも長きにわたって歴史が研究され続けているのでしょうか。

それは、古代史においても中世史においても、近世史、近代史、現代史においても言える事なのですが、

「過去のその時に立ち返る」
「過去のその時の価値観を知る」

という事によって初めて「いま」を「客観的」に見詰め直す事ができるからです。

では、その「いま」の社会や文化を客観的に見詰めようとすると、その視点を何処に置けば良いのでしょうか。

「いま」を客観的に見詰めるための視点を「いま」に置くことはできません。それでは「客観性」の担保とはなりません。

かといって、未だ至らぬ未来に視点を置いてしまうと、その全てが「想像」「妄想」からの視点となり、やはり「客観性」の担保とはなりません。

「過去のある時点」に視点を置き、その「過去のある時点」における社会的・文化的価値観上に視点を据えて「いま」を見詰め直す事によって初めて「いま」の社会的・文化的価値(在り方)を知ることができるのです。

当然ながら「過去」を見詰める際には「いま」や「未来」の視点(価値観)から過去を見ることは「学問」として絶対に許されません。

「学問」としての「歴史学」と、小説などの「娯楽」としての「歴史」とは、この視点の置き方が(2,500年前から現在に至るも)全く異なります。


(4)歴史と仏教思想(唯識思想)
歴史は人の心が造ります。社会も文化も突き詰めれば「人の心」が造り出してきた(いまも造り出している)ものであり、そして未来においても「人の心」が創り出して行くものです。

それを仏教的価値観(唯識思想の視点)から述べれば、社会も文化も、この世のありとあらゆる存在は「人の認識」によって「認識され得るもの」であるから、それらは、ただただ「識」の世界があるのみなのです(唯識)。


(5)まとめ
翻って、西洋史に目を転じてみても、たとえば古代ローマもルネサンスも古典主義も、一旦、古代ギリシアの文化に立ち戻って、そこから新たなる展開として「古代ローマ文化」「ルネサンス文化」「古典主義の文化」等が発展しました。

歴史の展開は、過去に立ち戻ることなく前進はあり得ないのです。

古代ローマ人も、ルネサンスの人々も、古典主義の時代に生きた人々も、一旦、古代ギリシアの文化や価値観に立ち戻って、そこからいわばその「変化球」として新たなる社会構造や文化を構築したと言えます。

歴史はそうして連綿と続いているのです。

20世紀以降になって、ようやく世界に敷衍しつつある民主主義も、その濫觴はいまから2,500年前に古代ギリシア人が発明した「民主政」(民主制)であるという事を私たちはけっして忘れてはならないと思います。


©2026 九條正博(Masahiro Kujoh)



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