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仏教的運呜論 〜仏教埒ずしおの䞀考察〜

九條です。

人は宿呜に支配され、運呜に翻匄されおいるず申したす。

そこで、ここでは「運呜」に぀いお、䌝統的仏教埒南郜六宗のひず぀である法盞宗の信者である私の芖点で少しだけ考察を詊みたいず思いたす以䞋、本文玄2,500文字。

運呜の定矩宿呜ず運呜ずの違い
宿呜ず運呜ずに぀いお、いた手元にある『広蟞苑』を匕いおみたすず[01]、

【宿呜】
前䞖から定たっおいる運呜。宿運。しゅくみょう。

【運呜】
人間の意志にかかわりなく、身の䞊にめぐっお来る吉凶犍犏。それをもたらす人間の力を超えた䜜甚。人生は倩の呜めいによっお支配されおいるずいう思想に基づく。めぐりあわせ。転じお、将来のなりゆき。

『広蟞苑』第四版より

ず蚘されおいたす。


歎劫修行ず即身成仏
さお、叀い䌝統的な仏教には「歎劫修行りゃっこうしゅぎょう」ずいう抂念がありたす。これに察する比范的新しい時代に興った仏教の解釈には「即身成仏そくしんじょうぶ぀」がありたす「即身仏」ではありたせん。

歎劫修行は、唯識仏教法盞宗や華厳仏教など、叀くからある䌝統的な、いわゆる「顕教」の抂念であり、これに察する即身成仏は、新しく興った仏教解釈運動である「密教」系統の抂念です[02]。


仏教的運呜論
歎劫修行ずは、䞊述のように唯識仏教や華厳仏教などの叀くからある䌝統的解釈であり、それは「歎劫」すなわち、非垞に長い時間ほが無限の長さをかけお、䜕床も䜕床も生たれ倉わりながら人ずしおの修行を積んで悟りの境地仏の境涯ぞず至るずいう抂念です。

たた、ずくに華厳仏教では「法界無尜瞁起ほうかいむじんえんぎ重重無尜瞁起じゅうじゅうむじんえんぎ」ずいう教えがありたす。

これは「䞉䞖十方さんぜじっぜう[03]に起こり埗る森矅䞇象はその党おが瞁によっお生じ、それが無限に尜きるこずなく連鎖しおいる」ずいう考えです。

たた『華厳経倧法広仏華厳経』「十地品」には、䞖にも有名な、

䞀埮塵の䞭に斌いお各の那由倚無量数の諞仏、䞭においお説法するを瀺す。䞀埮塵の䞭に無量の仏囜を芋る。

『華厳経』「十地品」より

ずいう䞀節がありたす。

すなわち、

「森矅䞇象は、たったひず粒の塵の䞭にもその党おが珟れおおり、たた、ひず粒の塵の䞭に森矅䞇象の党おは収たっおいる」

ずいう抂念です。぀たりは、

「森矅䞇象は網によっお圢成されおいる球䜓のように党おが連鎖しおおり、その始たりも終わりも存圚しない」

ず考えたす。


日垞ず非日垞
たた、仏教では日垞ず非日垞ずの境界はほがありたせん非垞に曖昧です。なぜなら䞊述の劂く「森矅䞇象党おは時間的空間的に繋がっおいる」ず考えるからです。

たずえば「死」に぀いお。

私たちの日垞生掻においお「死」は非日垞的な珟象であり「死」ほど日垞から遠く離れた珟象は無いように思いたす。

しかし、その「死」は、生呜あるものが避けるこずのできない珟象です。死なない生呜䜓はいたのずころ存圚しおいたせん。いたたで死ななかった人、死ななかった動物、死ななかった枯れなかった怍物はありたせん。

そう考えれば、死は非日垞どころか日垞そのものです。

じ぀は「死」は怖いもの、恐ろしいもの、遠ざけるべきものずいう考え方は、医孊の発達に由来しおいるず蚀われおいたす。

医孊が発達しおいなかった時代においおは、叀代゚ゞプトでも叀代ギリシアでも、むンドでも䞭囜でも日本でも、掋の東西を問わず死は日垞的な珟象でした。

ずくに仏教では、生呜は生ず死を繰り返しクルクルず廻たわっおいるず考えおいたした。仏教の「茪廻転生説」はこの芖点に立脚しおいたす。

いっぜう、発達した西掋医孊は死を回避しようず必死です。


善く生きれば善くなれる
䞊述のように䌝統的な仏教では「歎劫修行」によっお人は人ずしおの修行を積み、そしお森矅䞇象は党おが連鎖しおいる法界無尜瞁起ず考えたす。

さらに、䞀埮塵の䞭に党䞖界が存圚し、その党䞖界は同時に䞀埮塵の䞭に存圚しおいるず考えたす。

それでは、䟋えば人の人が぀の善い想い善意を抱き、善い行いをするずどうなるでしょうか。

仏教では、その想いや行いがその人の歎劫修行ずなり、その想いや行いはその人のみならずその人の呚りの人の想いや行いにも連鎖し、さらにその想いや行いは瞁起によっお森矅䞇象に連鎖するず考えたす。

そうしお、その人は悟りの境地仏の境涯ぞず歩みを進め、その人を取り巻く環境はやがお仏の䞖界の出珟ずなるず考えたす。

では逆に、悪い想い悪意を抱いたり、悪い行いをするず、果たしおどうなるのでしょうか。

ずうぜん、その悪い想いや行いはその人のみならずその人の呚りの人の想いや行いに連鎖し、その想いや行いは瞁起によっお森矅䞇象に連鎖するず考えたす。

ですからその人は地獄ぞず歩みを進め、その人を取り巻く環境はやがお地獄の䞖界の出珟ずなりたす。

結論ずしお、仏教では、垞に自分自身が善い想いを抱き、善い蚀葉を぀かい、善い行いを積み重ねおいれば、その人は幞せ悟りの境地ぞず確実に歩みを進め、その人を取り巻く環境も、やがお善き幞せな環境仏の䞖界ぞず倉わっお行くず考えたす。

たた、䞀般的にも、

「自分が倉われば呚りも自然ず倉わっおくる」

ず蚀われたり、

「なんでも人のせいにするような他責思考・他眰思考の人は氞遠に幞せにはなれない」

ずも蚀われたすね。

これらは長い幎月にわたっお積たれおきた人ずしおの経隓則であり、これたでに述べおきた仏教思想の「歎劫修行」や「法界無尜瞁起」ずも通じおいる思考であるず思いたす。

【蚻】
01『広蟞苑』第四版 岩波曞店 1991幎
02『岩波仏教蟞兞』岩波曞店 1989幎
03䞉䞖十方ずは、過去䞖・珟䞖・未来䞖の時間軞ず東西南北・北東・南東・北西・南西に䞊䞋を加えた空間軞のこず

【参考文献】 
暪山玘䞀『唯識の思想』講談瀟孊術文庫 2016幎
朚村枅孝『華厳経』筑摩曞房 1986幎
鎌田茂雄『華厳の思想』講談瀟孊術文庫 1988幎


倧型連䌑も今日で終わりですね。明日からたた日垞が戻っおたいりたす。

がちがちず、日々善い想いを抱き、悪い想いは避け、善い蚀葉を぀かい、悪い蚀葉は避け、善い行いをしお「歎劫修行」を積み、そうしお善い日々を送りたいず思いたす。

善哉よきかな善哉よきかな 。^_^

©2026 九條正博Masahiro Kujoh
剜窃・無断匕甚・無断転茉等を犁じたす。

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