【エッセイ】17 ICU時代の愛すべき彼女たち
看護学校を卒業してから、普通にICUで働いていたとき、年下の同僚の子が私に声をかけてくれた。
当時、人気があった女性アーティストに私が似ていると言うのだ。
似ていると初めて言われた私は、嬉しくなり、それから彼女と仲良くなった。
彼女はとてもアクティブな子で、アウトドア的な遊びにちょこちょこ私を誘ってくれた。
「今度、みんなでスキーに行くんですけど、一緒に行きませんか?」
インドア派の私は、「え、スキー?」と思ったが、何でもチャレンジしていこうと思いその誘いに乗った。
記憶が定かではないのだが、スキーのバスに乗って夜中に走り、朝、スキー場に着いてから滑って夕方帰るみたいな感じだったと思う。
そんな体験をしたことがなかったので、新鮮でとてもワクワクしたのを思い出す。
スキーは初めてではなかった。
だが、ほぼ滑れないところから始めて、なんとかみんなに付いて、上級者コース?みたいなところまでリフトで上がってしまった。
勢いでそんな上まであがった私は、高さに震えた。
でも、滑って降りないことには帰れないため、死に物狂いでそのコースをボーゲンで滑って降りた。
高所恐怖症なのによく降りれたもんだ。
今の私からは考えられない行動だ。
考えただけでも恐ろしい。
しかし、何度か転ぶことはあったが、それでも滑って降りれたことに面白さをおぼえて、何度かそれを繰り返した。
こうやってスキーの楽しさを味わったのだった。
「みんな」とは、ICUの同僚たちのことである。
彼女と年代が同じ仲良し4人グループに、私を迎え入れてくれたのである。
それから、彼女たちと楽しい日々が始まった。
バーベキューに花火大会に鍋パーティー、お花見、ドライブ、ホタル見物、飲み会、合コン、ワインスクール、ほんとにいろんな楽しいことをした日々だった。
しかし、人生には始まりがあれば終わりもある。
初めてみんなで旅行に行くことになった。
だが、仲がよくてもちょっとしたことで人間関係が簡単に壊れることがある。
私と彼女ともう1人と3人で居酒屋に行った時のことだ。
話してる最中にもう1人の子が怒ったのだ。
私と彼女はどうしてそこまで怒るのかわからなかった。
今思えば、きっと私の思いがけない言葉がその子を傷つけてしまったのだろう。
その後、その子に謝ったのだが、そこから、私たち3人はなんとなくギクシャクした関係になってしまった。
だけど、旅行は前から決まっていたし、他のメンバーはその事に関わってなかったので、旅行は実行された。
その旅行は、一泊2日のドライブ旅行だった。
泥湯温泉で有名な旅館を訪れた。
部屋に入るとあり得ないくらい暗い部屋で、予備部屋みたいなその有り様に私たちは驚いた。
とても納得がいかなかったことから宿に交渉し、その部屋からバンガローみたいな建物に変更してもらうことができた。
しかし、喜んだのもつかの間、そこにはGが数匹いて、虫嫌いな私はとても恐くて眠れなかったことを覚えている。
翌日、走行中の制限速度違反で、検問中のパトカーに止められるという出来事もあった。
それでも、私たちはケンカをすることもなく、旅行を楽しめたように記憶している。
今考えると、怒らせてしまった子は心から旅行を楽しめたのだろうか。
きっと、その子の大人の対応のうえに、旅行が成り立っていたのだろう。
その後、私がその病院を退職したり、それぞれの環境の変化などもあり、みんなで集まることは徐々になくなってしまった。
ホントに楽しかった時代だった。
私がICUというハードな職場で耐えられたのは、そういった出会いと息抜きがあったからだと思う。
人生にはその時々の時代があり、通り過ぎる人々がいる。
その人々との出会いと別れは、人生を大きく左右する。
私は、私の人生を彩ってくれた愛すべき彼女たちを、今後も忘れることはないだろう。
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頑張ってくださいね🌿
ささやかですが…。