ダンマパダ㊺
『ダンマパダ(法句経)』力強く美しい答えとなる第45編の言葉ですね。
この「真理のことばを摘み集める、学びにつとめる人」を体現した歴史上の偉大な探求者、玄奘三蔵(三蔵法師)がナーランダ僧院で過ごした日々をモチーフに、物語を紡ぎます。
### **『ナーランダの華 — 真理を摘み集める旅』**
灼熱の太陽が照りつけるインドの大地。その中心にそびえ立つ白亜の学殿、ナーランダ僧院は、世界中から数万の学僧が集う、途方もない知の宇宙であった。
流砂の砂漠を越え、氷雪のヒマラヤを越え、幾度も死の淵を彷徨いながらこの地にたどり着いた一人の僧がいた。遠く唐の国からやってきた玄奘(げんじょう)である。
彼はすでに、自らの足で広大な「大地」を歩破していた。しかし、彼が真に征服すべき大地は、眼前に広がる土と岩の道ではなく、自らの内に広がる無明(むみょう)という名の大地であった。
#### **知の海原と、内なる戦い**
ナーランダ僧院での日々は、過酷な学びの連続であった。
数え切れないほどの経典、何万という注釈書。高名な師である戒賢(シーラバドラ)のもとで、玄奘は寝食を忘れて経典に向かい合った。
時には、学僧たちとの激しい教理の議論(論議)に身を投じた。そこでは、生と死の恐怖(閻魔の世界)や、天界の喜びに溺れる執着(神々の世界)をいかにして超克するかが、夜を徹して語り合われた。
玄奘は、いくら教典を読み解いても湧き上がってくる己の微細な慢心や不安と向き合い、学びという名の剣で、一つ一つそれらを断ち切っていった。
#### **巧みな花摘みのように**
ナーランダの図書棟には、夥しい数の教えが記された貝葉(ばいよう)の経典が山のように積まれていた。その中には、本質から外れた解釈や、後世の者が誤って書き加えた言葉も入り混じっている。
玄奘の作業は、まさに「わざに巧みな人」そのものであった。
熟練した職人が、無数に咲く野花の中から、最も美しく、最もふさわしい花だけを一つ一つ慎重に見極め、美しい花輪を編み上げるように。玄奘もまた、膨大な経典の森の中から、仏陀が説いた「善く説かれた真理のことば」だけを注意深く選び出し、心に刻み、そして母国語へと正確に翻訳するための準備を重ねていった。
一文字一文字の意味を吟味し、真理の欠片を手のひらに集めるその姿は、静かでありながら、いかなる武将よりも勇ましい征服者のようであった。
#### **真理の帰還**
十数年の月日が流れ、玄奘が摘み集めた「真理の華」は、数千巻にも及ぶ経典となっていた。
彼はついに悟る。
死の恐怖(閻魔の世界)も、天界の誘惑(神々とともなる世界)も、そしてこの迷いに満ちた大地も、力でねじ伏せるものではない。「真理を学び、理解する」ことによってのみ、人はその迷いの世界から解放され、真の自由を得るのだと。
「学びにつとめる人こそが、この世界を征服する」
玄奘は、背中の笈(おい)に溢れんばかりの「真理の華」を背負い、再び長く険しいシルクロードへと歩みを出した。彼が摘み集めたその言葉たちは、やがて遥か東の地で、多くの人々の心を救う枯れない花輪となるのであった。
