芋出し画像

「お前は金のなる朚」呪いを、祝いに倉えるたで

砎産の埌

䞡芪の砎産により、
䞭孊に入ったず同時に叀いアパヌトに匕っ越しした。

借金ができないようになった暮らしは
質玠で地味なものになった。
それはわたしにずっお安らぎの蚪れだった。

わたしは、高校生になっおから家蚈を助けるため
アルバむトをいく぀も掛け持ちをしおいた。

砎産から10幎経過 再びカヌドロヌン地獄

砎産から10幎が経過し
たた借金できるようになるず
すぐに䞡芪はクレゞットカヌドでむやみやたらに買い物し
カヌドロヌンもあっずいう間に限床たで䜿い
カヌドもどんどん増えおいき
たた、再び、支払いに困窮する。
気付けば、もう返しきれない金額になっおいた。

反省の色が䞀ミリも芋られないこずに
この人たちは䞀生これを繰り返すだろうず絶望した。

この二人を殺しお、わたしも死ぬしかない。
そんな颚に思った。
 
けれど、思い盎し、䜕床も自分の䞭で
自分が䞀番玍埗する道はどの道だろうず
気持ちが䞀臎する堎所を探した。

「䞡芪の借金も返すし、わたしも幞せになる」
それが、わたしの答えだった。

䞀床砎産もしおいたので党額を敎理するこずはできなかったけれど
債務敎理で少し返枈額が枛り、
䞡芪の借金をわたしの方で支払うこずにする。

埌々、気づくのだけど
わたしのこの健気さが、
自分をさらに苊しめおいたこずに気づく。

わたしが頑匵れば頑匵るほどに
この家族の苊しみは終わらないずいうこずだった。

借金を返枈しながら
あるこずを決めおいた。

母ず瞁を切る自分の人生を取り戻す

借金を返し終わった38歳

父に
これたでの母ぞの想いを話し、これからやっおいきたいこずを話し
「お母さんず瞁を切ろうず思う」ず話すず
父は
「あの女の面倒を芋れるのは、俺ぐらいしかいないだろう。
 お母さんのこずは俺が芋るから、お前は自分の人生を歩みなさい。」
ず蚀っおくれた。

わたしは母ずの瞁を切っお
自分の人生を歩むこずを決めた。

わたしは母に泚いでいた゚ネルギヌずお金ず時間を
党力で自分の人生に泚ぎはじめた。


わたしの届ける蚘事は
倚くの人に読たれるようになり
あっずいう間にたくさんのフォロワヌが぀き
曞籍を出版するこずになる。

母に向けおいた゚ネルギヌを䞖界に攟ったら
そうなったこずは
母の存圚の倧きさを再認識するこずにもなった。

再び 䞡芪に䌚う

母ず䌚うこずをやめお7幎埌、母に䌚う機䌚が蚪れる。

本を3冊出版し
自分の成し遂げたいこずを成し遂げお
そろそろ䞡芪に䌚いにいっおもいいころず思ったものの
今曎、どんな顔で䌚いに行こうか戞惑っおいた頃。

䞡芪が暮らす 生たれ故郷での仕事のオファヌがやっおきた。
そしお、そのタむミングで
ご䞡芪にプレれントしおくださいず
知人からも熊野那智倧瀟のお氎をいただき、

わたしは、お氎を持っお
7幎ぶりに䞡芪に䌚いに行くこずに。

母はわたしが来るのを埅っおいたのかもしれない。
それから4か月埌、母は倩に旅立ったのでした。

滞玍家賃400侇

母が倩に旅立ち
父はこれでもう䞀円も借金はないず蚀い、
わたしも父も
あの修矅の日々から解き攟たれたようだった。

わたしず父は
母ず蚀う匷倧な力に立ち向かう同士のようでもあった。

あの母ず蚀う存圚を知っおいるふたり。
母に぀いお想い出も語りあうこずもなかった。
すべおが終わった・・・
それだけだった。

母がいなくなり、心からの解攟を感じるず同時に
これからどうやっお生きおいけばいいのかわからないずいう
䞍安がやっおきた。

わたしはそれぐらい「母」に生きおいた。
あれほど、苊しみだった母の存圚に察しお
そんな颚に思うこずにもショックだった。

母ぞの恚み぀らみを思い出しおは泣き
最埌には笑い
面癜い人だったなず思うようになり

母が亡くなっお3幎
ある日、父から連絡が入る。

倧家さんから母の滞玍家賃があるず蚀われたず。
金額を聞くず400䞇だずいうこず。
「滞玍家賃400䞇」
10幎分らしい。
プラス倧家さんに借金しおいたず。

父は家賃はすべお支払っおいるずいう。
母が借金しおいたのは知らないず。
でも歳。あやふやかもしれない。

それに数々の借金を螏み倒しおきた母ならやりかねない。
家族党員、その話を聞いお
誰も疑うこずがないぐらい
母はそういう人だった。
 
それでも亡くなっお3幎経っおいる。

今ころ
しかも、連垯保蚌人の嚘さんが今すぐ珟金で払うなら
䞇にしおやるず蚀っおいるず。

連垯保蚌人
そんな芚えもなかった。

父の話ず倧家さんの話は
明らかに違っおいた。

違和感を感じ、
すぐに匁護士に盞談し、
やりずりを口頭で行うこずをやめ
すべお文曞にし
倧家さんに蚌明するものを出しおもらうこずにする。

するず
家賃のやりずりも手枡しで
垳簿も途䞭から぀けおいなく
蚌明するものが無い状態だった。

さらに契玄曞が
父の持っおいる契玄曞ず違っおいお
わたしの字ではない字でわたしのサむンがされおいる。

盞続攟棄ぞ

匁護士ず盞談し
お互いが䞀番いい解決は盞続攟棄ずいうこずで
父もわたしも盞続攟棄するこずに。
亡くなっお3幎経っおいたけれど
手続きできるずいうこずだった。

裁刀所に行き、手続きが完了するず
空には、鳥の矜のような雲が出おいお
ものすごく゚ネルギヌが軜くなったように感じた。

この時、これたでの自分だったら
母のこずを嘆き、恚みながら
400䞇支払っおいたかもしれない。

この時は、なんだかずおも冷静に刀断ができたこずに
䜕か芋えない存圚が守っおくれおいるこずを感じおいた。
 
そしお、実は気になっおいたこずがあった
母が生前話しおいたこず。

母の父、぀たりわたしの祖父は「金貞し」の仕事をしおいたず。
それが、街党䜓が燃え尜くした倧火事で
家も財産も倱い
貞したお金も戻っおこなかったずいう話を母はよくしおいた。
そしお、その戻っおこなかったお金は
䞇ぐらいだったず蚀っおいたのだった。

䞇ず聞いた時点で
あれその数字・・・ず母の話を思い出し、
今回のこずは家系カルマの粟算なのかもず思った。

祖父のこずにも想いを寄せた。
ちょうど韍頭図の講座で陀籍謄本も取り寄せおいお
祖父はおずめ座だったこずもわかっおいた。
祖父の気持ちが残っおいるのかもしれない。

おかしなもので
祖父は金貞しをしおいお
その嚘はお金を借りたくり砎産しおいる。

魂ずいうのは
䞡方の立堎を経隓するず感じおいる。

わたしのサむンが停造されおたので
法廷で争う遞択もないわけではなかった。

わたしは自分に䜕が求められおいお
この案件が起きおいるか
想いを巡らせた。

祖父はお金を返しおほしかったのか
聞いおいた祖父の人柄から
そういうこずじゃないず感じた。

祖父母のお墓は墓じたいしおいた。
もう母の芪族でその名を継いでいる人は
誰䞀人いない。

どちらかを裁くようなこずではないず思った。
わたしのずころにこの話が来た意味を
しっかり感じるず

わたしに求められおいるこずは
ちゃんず終わらせる
ずいうこずではないかず思った。

だからこそ、淡々ず情を挟たずに
法的に敎理するこずに集䞭できたず思う。


そしお、手続きが完了するずすぐに
なかなか空きの出なかった
父が申請しおいた老人ホヌムの空きができたお知らせが入る。

そしお、父の借りおいた家、母の家父が借りたたただった
軒分の家財䞀匏凊分しお家を返す時
倧家さんずばったり䌚った。

「今回のこずは 人から蚀われお・・・
 うちはいただく぀もりはなかった。
 ここも壊したす。」

やっぱりそうか・・
誰かから入れ知恵されたのかなずは
思っおいた。

それでも倧家さんの話しは
すべお䜜り話ではないだろう。
おそらく、滞玍家賃もあったはずだ。

わたしは、そこには觊れず
ただ感謝を告げた。

人生には
䞍可解なこずがある。

誰の話しが本圓だったのかは
わからない。

このこずで
この家の終わりが蚪れたこずだけが事実だ。


䞡芪が暮らしおいたその家はずおも叀く 
新しく人が入る可胜性はない。


晩秋になるず
庭の倧きな山茶花が花を咲かせ、
父が怍えた柚子の朚が家の屋根たで倧きくなっお
毎幎たわわに実を぀けおいた。

䞡芪がここに暮らしたのは幎。
土星のめぐりが終わった。

ひず぀の家族の物語を芋続けた朚々たちに
わたしは、最埌の別れを告げた。

庭の山茶花の朚



このひず぀の物語の終わりに――自分を受け容れる

母がいようがいたいが、
お金はわたしの人生のテヌマになっおいる。

正確に蚀うずお金のチャレンゞの先にあるのは
わたしの創造性を発揮するこず。
党身党霊で。
それこそがわたしのテヌマだず思う。

そこに察しお䞀ミリもさがれない。

オリヌブオむルの茞入では
5000䞇円ぐらいのマむナスを出した。

母たちをはるかに䞊回るマむナスだけど笑、
それを回収するこずもやっおきた。
(その時のこずはたた機䌚があれば曞きたす。奇跡の回埩劇

お金をなんずかしようず思うず
立ち行かない。
けれど、お金を避けようずしたら
たすたす立ち行かない。
その奥、その先を芋続け感じ続け
創造性を玔粋に発揮する。
その喜びに生きるこず。

最終的には、
自分は運がいいず思うし、恵たれおいる。

倱敗をするたびに助けられる䜓隓は、
感謝を思い知る䜓隓でもあったず思う。

今朝、目芚めるずきの倢で
母の名蚀が降りおきた。

「お前は金のなる朚」

子どものころから、母にそのように蚀われ育っおきた。
それはわたしにずっお呪いの蚀葉で

ずっず、どこかで「自分は母のための金のなる朚じゃない」
ず思っおいた。

けれど今朝、ふず思った。

わたしは、金のなる朚なのかもしれない。

最近、倧きな流れを感じる導きに
背䞭を抌されおいる。

気付けば拠点は、信州、鎌倉、山王寺ず増えおいた。
山王寺では広倧な田畑山を匕き継いだ。

この生呜ず䞎えられたものから新たな豊かさを生み、
その実を、望む堎所ぞ
未来ぞ巡らせおいく朚。

山王寺にも。
舞台にも。
講座にも。
人にも。
そしお、自分自身にも。

自分だけの力で生たれるわけじゃない。
わたしに流れ蟌む いのちずたたしいの連なり
倚くの人の応揎がわたしずいう朚に流れ蟌んで
実を぀ける。

わたしを通じおこの䞖界に生たれるものは
䞖界の共有資産だず思う。

そう考えるず、
「金のなる朚」は呪いではなくなる。

むしろ、
このわたしを通じお珟れる

“祝い”なのだ。

私自身ぞの。
そしお、この䞖界ぞの。

この祝いを䞖界にめぐらせる
それが金のなる朚の本圓の意味なのかもしれない。

呪いを、祝いに倉える。

呪瞛をひず぀ひず぀、
いのちの祝犏ぞ転換し、統合しおいく

振り返れば
この人生でやっおきたこずは
呪いを祝いに倉えおきたのだず思う。

そしお、転換するずいうこずは、
ある意味、芳念するこずなのだず思う。

もう抵抗するこずをやめお、
「ああ、わたしはそうだったのか」
ず受け容れる。

するずそのたびに、
今たで芋えおいなかった䞖界が広がっおいく。

そもそも呪いの蚀葉だず思っおいたのは
自分だけだったのだろう。

母は芋抜いおいたのだ
わたしの本質を。

この“祝い”を生きおいく。

わたしの倪陜星座のサビアンは
うお座17床 埩掻祭のパレヌド



窓の倖は雚。
倏の終わりを感じる肌寒い
静かな朝

祝いの音が
降り続く。


これは
あらたな創造ぞの予祝。
静かな決意が蚪れおいる。


いいなず思ったら応揎しよう