『THE JAPANESE』
1977年著 元駐日米国大使・歴史学者 エドウィン・O・ライシャワー
日本が「単純に衰退していく」とは考えていなかった。
経済大国となった後の日本が社会的・構造的な停滞(困難)に直面するリスクを強く警告していた。如何であろう、経済的に豊かになっても、個人の幸福感や将来への安心感に繋がっていないと思うのはわたしだけじゃない筈だ。
① GPDは何故「2位復活」は絶対に無理なのか?
・ 日本の人口減少:日本は少子高齢化で労働人口が毎年減少。たとえ教育改革が奇跡的に成功して「一人当たりの生産性」が2倍になったとしても、分母となる人口(労働力)が減り続けるが故、総量としてのGDPでアメリカ・中国に追いつけない。
② 5位・6位と「順位が下がっていく」本当の理由
「主幹産業(自動車・電機など)の迷走」と「教育改革の遅れ」は致命的だが、他国の成長スピードが速すぎるのだ。
・ 円安による「ドル建て」での目減り:近年の歴史的な円安により、ドル換算した日本の経済規模が見かけ上、大きく縮小している。
・ 新興国の台頭:インドや東南アジアなどの国々は、かつての日本が昭和に経験したような「人口が増え、インフラが整い、経済が爆発的に伸びる時期」を今まさに迎えている。日本が時速10kmでノロノロ歩いている間に、後ろから時速100kmの新幹線(新興国)に次々と追い抜かれている状態。
※ ここまで記事を連ねてきたが、あまり面白くないのに気付くのだ。
① 令和への警告
「日本人論」:集団と言う虚構への依存
古くから語られる日本人論(本音と建て前、和の精神、あるいは排外性)の多くは、「個の確立」を徹底的に避けてきた歴史を彩っている。わたしたちが「日本とは何か」を問い直すとき、浮き彫りに成るのは、「お上(権力者)の言う事には逆らわない」「みんなと同じなら安心する」と言う脆さである。経済と言う盾(世界2位の看板)を失った令和において、この集団依存の体質だけが残ると、「強いもの(権力者・ファシズム・大国の力)に盲目的に従う」と言う、かつての戦前と同じ過ち繰り返すことに成り得る。
※ 今日はここまで。
