「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ...」歌で炊くご飯の味の今昔?
窯でご飯を炊くときの口伝歌
「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ……」
祖母から聞いたことのあるこの言葉を聞くと、なぜか懐かしい気持ちになります。不思議な韻のこの歌は、何世代に伝わった口伝えなのでしょうか?
(調べてみるとどうやら江戸時代からのようです。)
一般の家庭には、温度計も時計もない時代に、人はどうやってご飯の炊き上がりを判断していたのでしょうか。
答えは、目と耳と鼻だった。
薪の燃え方、釜から聞こえる音、立ち上る湯気、そして最後に漂う香り。
つまりこの短い歌は、炊飯の手順だけでなく、五感で火加減を読むための「記憶装置」「ご飯をおいしく炊く方法、手引書」的なガイド歌だったのです。
しかも面白いのは、地域や家庭によって言葉が少しずつ違うこと。
文字で正確に記録するのではなく、口から口へ伝わるうちに、暮らしに合わせて姿を変えていったもの。歌にすることで覚えやすいという利点も。
便利な炊飯器なら、ボタンを押せばあとは待つだけ。それに比べれば、昔の飯炊きはずいぶん手間がかかったことでしょう。
でも、その手間の中には、人が火を見て、音を聞き、頃合いを判断する「身体の知恵」の積み重ねがみえてきます。
昔の人が残した口伝歌とは、
昔の「かまど炊き」のコツを歌にしたもの
「はじめちょろちょろ」は最初は弱火、
「なかぱっぱ」は途中で火を強くする、
「赤子泣いても蓋取るな」は炊き上がるまではけっして蓋を開けない、という意味です。
「ひと握りの藁燃やしゃ、赤子泣いても蓋取るな」など地域によって続きも異なります。
単なる童歌ではなく、経験から生まれた暮らしの知恵。
そして日本語特有の "ちょろちょろ" などの「オノマトペ」がアクセントにもなり、誰でもがその意味やニュアンスを理解し共有できたのです。
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「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ」という口伝から思いをひろげていくと、昔の暮らしと今の暮らしの違いが、意外なところに見えて興味深い。
昔の人は、ご飯を炊くとき「何分」「何度」「何グラム」と細かく数字を測っていたわけではなく、火の勢いを目で見、釜の音を聞き、湯気の様子を眺め、香りを感じながら、五感を通して頃合いを判断していました。
つまり、五感そのものが計測器だったのでしょう。
対して現代は、時間も温度も重量も数字に置き換えることで、誰がやっても同じ結果に近づけることができるようになっています。
これは再現性が高く、素晴らしい進歩でもある。
ただ、その代わりに私たちは「感じて判断する」という機会を「便利さ」と引き換えに、少しずつ手放してきたのかもしれません。
数字を持たなかったから不正確だったのではなく、数字の代わりに、長い経験によって磨かれた感覚を持っていた時代。
数字で測る世界と、五感で測る世界。
どちらが優れているという話ではなく、ただ、便利さの中で忘れかけている「感じる力」を、じっくりと思い出してみるのも悪くない。
📌かまどで炊いたご飯は、さぞやおいしいに違いない📌
今日も一膳のご飯を頂くときは、
「感謝」の気持ちをもってして、五感すべてで味わいたいと思います。
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