脳が疲れるのは、文字ばかりのせいじゃない。情報ノイズを浴びる時代の、小さな試み。
最近の事でもないのですが、パソコンや携帯の画面の文字を追う途中で疲れてしまい、その先を読めなくなる時があります。
なのに"note"ですか?と突っ込み入れないでください。(苦笑)
これは単なる眼球疲労ではなく、書かれている内容や意図を文字から汲み取ろうとする脳の疲れのように思います。
そしてさらに加えて、情報をより多く、それなりに正しく収集しようとする無駄な努力が、集中力を萎えさせてしまうのかもしれません。
以前は、情報が少ないことが訳もなく不安なこともありました。
ところが今は、その逆です。
必要以上の情報が絶え間なく流れ込み、本当に知りたいことへ辿り着く前に、脳のほうが「もう結構です」と音を上げてしまいます。
情報を得ているはずなのに、不思議なことに心は満たされるどころか、どこか味気なく、澱んだような疲れだけが残るのです。
情報はただの”ノイズ”となることもある。
もしかすると私たちは、情報を集めることが目的になり、「味わうこと」を二の次にしているか、または忘れてしまったのかもしれません。
”量よりも、質を味わう”
だからこそ、ことさらすべてを読もうとは思わないことにしました。
気になった一文だけでも十分。
そこから寄り道をして、自分なりに考える時間のほうが、ずっと豊かな気がするからです。
情報は増え続けますが、感性は急いでは育たないもののようです。
時には画面を閉じ、
なのでしょう。
結局、私が読みたかったのは文字ではなく、その先にある ”何か” や ”余白” だったような気がしています。
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脳が疲れるのは、文字ばかりのせいじゃない。
情報ノイズを浴びる時代の、小さな試みとして、心の余白を大事にしたい。
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