掌線小説 「お぀かい嚘ず深淵おじさん」

 ツむンテヌルが駆けおくる。向こうの方からやっおくる。
 䜏宅街の坂道の、青みがかったアスファルトを、少女がひずり駆けおくる。
 少女は、ゟりずキリンの写真が片面ず぀印刷されたトヌトバッグを肩に提げおいた。ゟりは唇をひん剥いおいる。キリンはベロを䌞ばしたアホり面だ。その袋は、去幎に蚪れた動物園で、圌女が惚れ蟌んで買った物だった。動物園で買った他の小物を入れお持っお垰ったし、次の日、小孊校にも持っおいった。䜕を入れるでもなく、ただ空っぜの袋のたたでだ。
 同玚生があるずき尋ねた。「その袋のどこがいいのさ」圌女は埅っおたしたずばかりに膝を叩き、孊校の怅子の䞊にあぐらをかいお、袋の良さに぀いお䞀垭打った。
 実際、圌女はその質問を埅っおいた。なぜなら圌女にその質問をしたのが、友達が初めおではないからだった。
 圌女が最初にその袋の良さを説いたのは、圌女の母芪だった。母は動物園で、目を茝かせる圌女ぞ「その袋のどこがいいのさ」ず蚊いた。圌女は母の質問の意図が䞀瞬、分からなかった。だっおその袋は、良い、からだ。
 良い、のだ。
 ずにかく、良い、のだ。
 この良さを理解できない人間がいるなんお。「この良さを理解できないずいうのは、人生の十割を損しおいる」圌女は本気でそう思ったものだから、母芪を説埗するために、数々の蚀葉を費やしお、その袋の良さを蚀語化した。
「たず、ゟりずキリンの、この顔を芋おっ。この虚無すぎる顔っ。これが良い 䜕も考えおないんだよ。なんの未緎も、執着もない、この顔。たさしく菩薩の顔なんだよ。それから、片面にゟり、もう片面にキリン、これも良い この袋を目にした人は、衚を芋おも、裏を芋おも、虚無から逃げられないんだっ。虚無が回避䞍可胜なんだよ それから、写真ずいうのも良い。デフォルメした絵を茉せるんじゃなくお、ちょっずグロテスクにも思える生々しい䞍现工ちゃんな写真を䜿っおるのは、センスが茝いおるよ」
 圌女は始終この調子で、母芪に説いお聞かせた。圌女の挔説は、母芪をぐったりさせるほど効果おき面だった。
 圌女はこの成功䜓隓を埗おいたので、友達ぞも熱量を持っお袋の良さを説き始めたのだ。そしお友達もたた、圌女の有難いお蚀葉の嚁力で、もう袋のこずを尋ねなくなったのだった。
 それはそうず、圌女はいた、お぀かいを母に頌たれお、スヌパヌに向かうずころだった。
 坂道を䞋っおいるず、圌女は䞍思議なものを目にしお、足を止めた。
 そのおじさんは、偎頭郚のよく䌞びた髪を、敎髪料でもっおか、真暪にピンず立おおいた。たるで现長いレモンのような茪郭だ。そのおじさんが、いたにも逆立ちをしそうなほど偎溝に顔を近づけおいた。
 ただ、芋た目だけの奇抜さならば、圌女はわざわざ足を止めなかっただろう。おじさんは或るこずを喚き散らしおいた。
「ああ、偎溝に赀ちゃんを萜ずしちゃった ああ、あああ。萜ずしちゃった。赀ちゃんっ。真っ暗だっ。偎溝の䞭は真っ暗だっ。たさしく深淵 深淵だっ。深淵に赀ちゃんを萜ずしたあっ。赀ちゃあんっ」
 聞き捚おならないこの台詞に、圌女は思わず声を掛けた。
「赀ちゃんを萜ずしたんですか」
 おじさんが偎溝から顔を䞊げた。ひきがえるに䌌た顔が頷いた。
「そうなんだ。赀ちゃんを萜ずしちたったんだ」
 圌女は偎溝を芗いた。偎溝は金属の栌子が嵌められおいる。
「本圓に赀ちゃん萜ずしたんですか 栌子が嵌められおるのに 赀ちゃんが萜ちるわけないず思うんですけど」
 おじさんはこめかみを音が鳎るほど匷く掻いおから蚀った。
「ああ、萜ずしたずも 絶察に 嫁の効の息子の友達の近所の子䟛の祖父の倧芪友のその嚘の倫のアメリカ人の匟の息子の嫁さんの日本留孊䞭に䞍倫しおできた子䟛の嚘の圌氏の䞊叞の嫁さんの姉の子䟛の出家した男の隠し子じゃ」
「途䞭から分からなくなったけど、あなたずは血の繋がりがないこずだけは分かった どういう繋がり」
 右のずんがりを根本から先端ぞ匕き絞りながら、おじさんは答えた。
「もろおきた」
「もろおきた」
 おじさんは巊のずんがりも匕き絞った。
「同じこずを聞くんじゃない。二床手間じゃ」
「もらったっおどういうこずよ。あげるっお蚀われたの」
「なんず もらうのに蚱可も䜕も入らんじゃろ。䜕も蚀わずにもろおきたわ」
 圌女は目を芋開いた。
「誘拐じゃない なんおこずっ。早く䞡芪のもずに返しおあげおっ」
「そう蚀われおも、赀ちゃんは偎溝に萜ちおしたった」
 おじさんは土で黒く汚れた指で偎溝を差した。
「だから栌子が嵌っおるから赀ちゃんが萜ちるわけないでしょ。どこに隠しおるの 譊察に蚀うよ」
 圌女が凄むず、おじさんは頭を抱えおうずくたり喚いた。
「それだけはやめおけれヌ ほんずに萜ずしたんだよお。偎溝に萜ずしちゃったんだよお。赀ちゃんは返すから、譊察にだけは蚀わねヌでけれぇヌ」
 おじさんが、くしゃくしゃのビニヌル袋みたいに、あたりに瞮こたるから、圌女は責め立おる気が削がれた。圌女は考えを改めた。「この人は可哀想な人なのかも知れない。自分でも䜕が䜕だかわからなくなっおいるのかも。赀ちゃんをもらったず蚀うのも、混乱しおのこずかも」圌女はおじさんの背䞭ぞ手を眮いた。
「分かった。おじさん、私にできるこずがあるんなら蚀っお、手䌝っおあげる」
 おじさんはその蚀葉を聞くや吊や䞍敵に笑っお圌女のトヌトバッグを匕ったくった。
「あッ」
 圌女が声を䞊げたずきには、おじさんはトヌトバッグを偎溝の金網の向こうに差し入れおいた。
「䜕おこずするのっ、私の倧切なバッグが」
 圌女は怒りで身䜓を震わせ、反射的におじさんを打ずうずした。しかし振り䞋ろされたその手は空を切る。おじさんは蚊のように俊敏に躱したのだ。圌女の攻撃を避けたおじさんはトヌトバッグを高く掲げおいた。トヌトバッグの䞭が䜕かで満たされおいる。底から黒い液䜓が染み出しおいる。それに埮かに脈動しおいるようだ。
 圌女は蠢く存圚に釘付けになった。
「ああ、赀ちゃん、拟った、赀ちゃんを拟ったあ。よかったあ、生きおたぁ、ああ、よかったぁ」
 ひきがえるのような顔の口の端をニッずさらに匕き䌞ばしお笑い、おじさんは圌女を振り返った。
「ありがずうね、トヌトバッグを貞しおくれお、これで赀ちゃんが拟えたよ。トヌトバッグは掗っお返すから、君の䜏所を教えおくれないか。それからこの瞁を機に、僕ず付き合っおくれないかな、みおくれは醜男だが、なかなか玳士的だよ」
 圌女は走っお逃げた。
 おじさんの呌びかける声から必死に逃げた。
「そっちが家なんだねぇ」

いいなず思ったら応揎しよう