生きるの下手くそ。
気づくと、私はいつも
「うまく生きる」
ということから少しずれている気がする。
大きな失敗をしているわけじゃない。
何かを壊しているわけでもない。
でも、なぜか毎日が少しだけ重たくて、
人と同じ速度で
進めていないような感覚が残る。
「疲れた」
「生きるのやめたいな」
そう思ってしまうだけで
何かつらいことがあるわけじゃない。
夜になると、
その違和感は少しだけはっきりする。
今日あったことを思い返して、
言わなくてもよかった一言や、
うまく笑えなかった瞬間が頭に浮かぶ。
特にお風呂に入っている時、
シャンプーをしている時によく思い出す。
「ごめんなさいー!!!」
と頭を洗いながら声に出して言ったり、
「はぁ…」とため息をついて
心の中に留めておく時もある。
そして、
どうでもいいはずのことを
ずっと考えてしまう。
「なんであの時、
あんな言い方をしたんだろう」
「本当はどう思われたんだろう」
答えは出ないのに、思考だけが続いていく。
こういう日は、
特別つらい出来事があった日じゃない。
むしろ、何もなかった日の方が多い。
何もなかったのに、なぜか疲れている。
それが一番説明しづらい。
昔は、こういう自分が嫌だった。
今もあんまり好きじゃないけど。
もっと明るく
もっと軽く
何も気にせずに
生きられたらいいのにと思っていた。
でも、うまくいかなかった。
変えようとすればするほど、
頭の中が
ぐるぐるぐるぐる
自分の中の違和感だけが大きくなっていった。
子供の頃から母からは
「考えるのやめなさい。」と言われた。
そんなのできてたら初めからしていない。
最近になって、少しだけ思う。
私は
「うまく生きる」のが下手くそ、
というより
「感じすぎてしまう」のかもしれない、と。
人の表情とか、
空気とか、
音、光、
言葉の少しの揺れとか。
気づかなくていいものに
気づいてしまう。
それはきっと、楽ではない。
でも、そのせいで
誰かの小さな痛みにも
気づけるのかもしれない
とも思う。
それでもやっぱり、
うまくはいかない日がある。
何もできていないような気がして、
ただ時間だけが過ぎていく日。
そんな日は、
無理に意味をつけないようにしている。
「今日はそういう日なんだ」とだけ思う。
それ以上の説明はしない。
うまく生きられない日があってもいい。
何かを成し遂げられない日があってもいい。
ただ、そういう日にも
ちゃんと呼吸をしている自分がいる。
それだけで十分なのかもしれない。
