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西洋医学じゃなくて近代医学がいい

 子供の頃、ちょっと引っかかった言葉がある。それが「西洋医学と東洋医学」である。

 我々が普通に病院に行って受ける医療、薬を処方したり、手術を受けたり、放射線治療をしたりする医療のことは西洋医学と呼ばれる。

 これに対する東洋医学は漢方薬やあん摩といったものである。これらは科学的に否定されているわけではないが、東洋医学の中には医学的根拠の怪しい治療法も存在する。

 一般論として、科学的に進んでいるのは西洋医学であろう。分子生物学や有機化学、最近はコンピュータ計算などの技術も関わってくる。これに対して東洋医学は民間療法的、あるいは近代以前の方法論という扱いになる。「非科学的」というと語弊があるが、西洋医学と比べると原始的なアプローチであることは間違いない。

 さて、子供心に引っかかったのは、西洋=先進的・科学的、東洋=伝統的・習俗的という対比である。西洋と東洋というと、ネーミングとして対称性が高いので、あたかも西洋のほうが偉いかのような言い回しが筆者としては違和感があった。自分たちの住んでいる東洋は迷信の支配する遅れた地域なのだろうか。

 筆者が感じ取ったのは、いわゆるオリエンタリズムというやつだったのかもしれない。西洋の文化が優れていて、東洋(原義のオリエンタリズムは東アジアというより中東をイメージしていたが)は遅れた土地という対比である。「ノックスの十戒」によると、昔のアメリカでは中国人=魔法が使える、なんてステレオタイプがあったらしいが、これもオリエンタリズムであろう。

 こうしたモヤモヤは後に解消されることになった。医学会が西洋医学より近代医学という言葉を使い始めたからだ。西洋の文化が本質的に優れていたのではなく、昔の西洋にも東洋医学のような伝統医学はあった。単純に西洋が近代化にいち早く成功したため、近代医学が西洋中心で開発されたというわけである。近代医学は別に西洋人に固有のなにかと結びついているわけではなく、本質的に世界人類に不変の概念である。

 対する東洋医学は伝統医学というカテゴリである。もちろん東洋に固有のものではなく、古今東西あらゆる文化圏に見られる方法論だ。WHOは伝統医学を一概に否定しておらず、状況によって使い分けるべきという見解である。実際、この前風邪を引いて近所のクリニックに行ったのだが、漢方を飲んだらあっという間に症状は改善したものである。

 西洋医学と東洋医学、近代医学と伝統医学という対比は個人的には興味深いものだった。両者を分けることは、人類史において結構大切なことではないかと思っている。一昔前は先進国はどれも西洋人の国ばかりだったが、20世紀後半に日本が先進国入りしたことで、既成概念は打ち破られた。韓国や台湾の経済成長で日本特殊論もめっきり聞かなくなった。近代や先進国とは西洋起源ではあっても西洋固有のものではない。

 非欧米世界には、近代とキリスト教西洋文化を同一視するような風潮がある。特にイスラム世界に顕著だ。これは近代化にとって大きな足かせとなっている。例えばアフガニスタンでは未だにポリオワクチンを「欧米の手先」と捉える者がいる。だが、近代と西洋は別と考えれば、近代化で欧米に魂を売るような感覚は薄らぐのではないか。ワクチンを打ったからといって、別に米国やキリスト教に恭順しているわけではない。むしろ宗教を言い訳にして近代化に背を向けているといえる。

 国際政治の文脈で「西側」という概念が使われることがあるが、これも西洋とか地理的に西にあるという意味ではなく、自由民主主義の先進世界そのものを指す概念である。「西」というのは単なるネーミング記号に過ぎない。東アジアにおいて先進国は地理的に東側にあるが、それでも「西側」なのである。

 そう考えると、世界の「西」の果ては韓国、「東」の果ては北朝鮮といえるだろうか。38度線が分かつものは大きい。人種と言語が同じだけに尚更違いが際立つ。

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