ロシアによるバルト三国攻撃は起こるのか?

 2020年代になって世界はかなり不穏な情勢だが、また気になるニュースがあった。CIA長官がロシアに訪問したのである。一説にはロシアがバルト三国への攻撃を計画しており、それを行わないように警告しに行ったのではないか?という推測がある。

 ウクライナとの泥沼の戦争を繰り広げているロシアだが、バルト三国に電撃的に侵攻し、領土の一部または全部を占領、そこをてこに西側との交渉を行うという噂である。具体的には西側の安全保障が張り子の虎であることを示すとともに、ウクライナ支援の停止や諸問題での譲歩を狙うという策略だ。

 確かに、バルト三国はロシアと長大な国境を接していて、その国境を遮るものはなにもない。ロシアと同盟国ベラルーシ、更にロシアの飛び地であるカリーニングラード州に囲まれた平地なので、防衛という観点では困難を抱える。NATOの弱点と言っても良い。ポーランドからリトアニアへ向かう「スヴァウキ・ギャップ」と呼ばれる地点は特にボトルネックとなっており、ロシアとの戦争が始まると格好の攻撃地点となるだろう。

https://www.sankei.com/article/20240504-HTD3PZB5PZPTZGN72HHMKXTJW4/

 また、バルト三国には大量のロシア系市民が居住している。彼らがNATOやEUに反対しているとは限らないが、情報協力者を得たり、戦後の占領統治を行ったりする点では有利な点かもしれない。

 しかし、バルト三国への攻撃は自殺行為のようにも思える。少なくともプーチン政権がまともな理性を持っていたら、バルト三国への攻撃など危険すぎてできないだろう。

 第一に、ロシアはウクライナ戦争で手一杯である。ロシア国内では経済が疲弊しており、戦死者も増える一方だ。ウクライナの戦線で泥沼にハマっている状態で更に第二戦線を開いても、ロシアにとって負担が増えるだけなのではないか。

 第二に、バルト三国はNATO加盟国である。したがって、バルト三国が攻撃されれば明確にNATOとは戦争状態に入るだろう。今まではウクライナというグレーゾーンの国家との戦争だったので、西側とは交渉という形でエスカレーション管理ができた。しかし、NATOと直接戦争となると、穏当な形での決着は困難になっていく。NATOの軍事力はロシアを圧倒しており、正攻法では勝ち目がない。NATOの結束が乱れ、NATOは弱腰の対応を取ってくるかもしれないが、そうでないかもしれない。相手側の士気をロシアはウクライナで読み間違った直後である。

 第三に、核兵器の問題がある。今まで国際社会には核保有国同士の戦争を回避すべしという不文律があった。もしエスカレーション管理に失敗すれば核戦争が発生してしまうからだ。ロシアも核兵器の問題に関しては西側と常に対話を重ね、核タブーを守ってきた。NATOとの直接戦争となるとパンドラの箱を開けてしまうことになる。

 というわけで、ロシアがバルト三国を攻撃・占領することには多大なるリスクがある。ウクライナの国力はロシアの10分の1だったが、NATOの国力はロシアの20倍以上であり、あまりにも差が開いている。

 しかし、それでも全くこのシナリオが荒唐無稽とは言えない。他ならぬ先例が大日本帝国である。1941年当時、日本とアメリカの国力差は12倍であり、天然資源の保有量でも同盟国の厚みでも大きな差があった。しかも日本は日中戦争の泥沼で消耗していた。

 理性的な指導者であればこの状態でアメリカに戦争に仕掛けるなど狂気の沙汰だろう。しかし、日本はアメリカに先制攻撃を仕掛けた。目先の日中戦争の負けを認めるより、より大きな掛けに出たのである。その結果は大日本帝国の壊滅と国家主権の喪失、更には原子爆弾の投下であった。

 果たしてロシアは大日本帝国と同じギャンブルに乗り出すのであろうか。筆者はその確率は低いと考えている。その理由は1941年の日本と2026年のロシアの環境が違うからである。具体的には、「ナチス・ドイツに相当する存在がいない」という相違点がある。

 1941年当時の日本はアメリカとの国力差がわかっていないわけではなかった。一対一で長期戦を続ければ必ず敗北すると政府と軍部は知っていたはずである。日本が攻撃を仕掛けたのは同盟国ドイツが快進撃を続けていたからだ。1941年冬、ナチス・ドイツはソビエト連邦を征服してヨーロッパを統一するかのように思えた。日本は単独ではアメリカに勝てなくても、ドイツと共同ならどうにかなるように思ったのだ。

 無謀にも思える軍事行動には同盟国の存在が前提とされていることが多い。1950年の北朝鮮が南進を決断したのはソ連と中国の後ろ盾があったからだ。2023年のハマスが奇襲作戦に踏み切ったのは、イスラム世界の同情を引き付け、パレスチナ問題への介入を期待したからだった。問題はロシアにそのようなアテがあるのかという点である。

 ロシアが頼れる同盟国は中国しかない。しかし、中国はナチス・ドイツのように西側と戦争しているわけではないし、ロシアに対してイデオロギー的な連帯感を持っているわけでもない。むしろウクライナ戦争に関して被害を被った側である。これらの事情を踏まえると、ロシアは中国を頼みの綱とすることは難しいのではないか。

 唯一あるとすれば、それは台湾有事が発生した場合だ。中国が西側と明確に戦争状態になれば、ロシアがバルト三国で冒険的な軍事行動に出る隙が生まれる。ただ、ここまで来るともはや予測不能の範疇である。

 いずれにしても、ロシアが追い詰められていることは間違いない。

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