ウクライナに国民的英雄がいない理由
ちょっと地味な着眼点なのだが、個人的に気になるニュースがあった。ウクライナとポーランドの仲が最近悪化しているらしい。
関係悪化の原因は歴史問題にある。第二次世界大戦中、ウクライナの反ソ勢力はウクライナ蜂起軍という武装勢力に集まり、独ソ両軍と戦うようになった。戦後もしばらくはソ連当局に対してゲリラ戦を戦い、最終的にはウクライナ第一書記だったフルシチョフによって鎮圧された。
しかし、このウクライナ蜂起軍は戦時中に虐殺も起こしている。ターゲットとなったのはロシア人ではなくポーランド人である。ウクライナ人とポーランド人の折り合いは悪く、ウクライナ蜂起軍は5万人〜10万人ものポーランド人住民を虐殺している。独ソ戦のさなかに隠れた暴力があったのだ。
この問題はウクライナという国家のナショナリズム形成が非常に困難であることの一端を示していると思う。この国には国民的英雄が存在しないのである。
ウクライナは伝統的にロシアの一部として生きてきた。そのため、ウクライナの輩出した大物はウクライナ国家というよりはロシアの偉人として扱われることが多かった。例えば、ソ連最高指導者のフルシチョフはウクライナの輩出した一番の大物だろう。ロシア語を話していたが、ブレジネフもウクライナの出身であり、地元のドニプロ出身者を優遇した。しかし、彼らがウクライナのナショナリズムにおいて英雄として扱われることはまず無い。むしろウクライナを弾圧したクレムリン側の人物ということになる。
ナショナリズムとは多かれ少なかれ作られた物語だが、ウクライナはそれを示す最たる例かもしれない。ウクライナはロシアの一部なのか、ポーランドの一部なのか、それとも独立国家なのか。常に曖昧なままだった。東西ウクライナを初めて一つの主体として統一した人物は独ソ戦の勝者となったスターリンである。当然、ウクライナ統一の英雄として扱われることはない。
ウクライナが国民としての一体感を持ち始めたのはソ連崩壊後、あるいは2022年の開戦後かもしれない。ウクライナのナショナリズムは今まさに形成過程にある。しかし、わずか国家の歴史が30年というのはカッコ悪い。ナショナリズムを標榜するなら、もっと古い歴史まで遡らなければならない。しかし、昔のウクライナ人はウクライナ人である前にソ連市民あるいはロシア帝国市民だった。ウクライナの国民的英雄はウクライナ出身であるだけでは足りず、ウクライナの独立を志向している必要があった。
この条件にある英雄は3人いる。一人目はフメリニツキーである。ポーランド貴族によって支配されていたウクライナで反乱を起こし、一時的な独立を達成した。二人目はペトリューラであり、ロシア革命後の内戦でウクライナ独立勢力を率いた。三人目は第二次世界大戦中にウクライナ独立勢力を率いたステパン・バンデラである。ウクライナ独立を志向した歴史上の人物といえばこの三人だろう。
しかし、この三人を英雄として持ち上げるには実は難がある。というのも、三人とも自勢力がユダヤ人の虐殺に関与しているのである。この地域では伝統的に反ユダヤ主義が強く、ナショナリズムが高揚するたびにユダヤ人虐殺が発生した。これらの勢力とは別だが、ホロコーストの下手人となったのもウクライナ人が多かった。そのため、ウクライナ・ナショナリズムが本質的に危険であるというプーチン政権の主張に説得力を与えてしまっている。
このように、ウクライナは歴史的ルーツを標榜しようにも、模範的な英雄が見当たらないという問題を抱えている。独ソ戦を取っても、ソ連邦英雄として戦った多数派を切り捨てて民族過激派にフォーカスするという不自然な状態となる。
おそらく、ウクライナ・ナショナリズムにおいて英雄といい切れる人物はゼレンスキーだけなのだろう。新興独立国家のアイデンティティ形成は難しいものである。
