「勝ち続けてきた人」が突然折れるとき : 西岡壱誠著『東大うつ』が映し出す現代の生きづらさ
はじめに ―― 東大生が「うつ」になる時代
受験という長いトンネルを勝ち抜き、日本の最高学府に辿り着いた学生たち。
傍から見れば、彼らはまさに「勝者」であるはずです。
しかしその一方で、東大生のあいだで「うつ」が急増しているという事実をご存じでしょうか。
西岡壱誠氏の新刊『東大うつ』(ベスト新書) は、この一見矛盾した現象に真正面から切り込んだ一冊です。
著者自身が東大生作家として活動し、前著『スマホ認知症』でも現代人の心の問題を鋭く描いてきた西岡氏。
本書では当事者への丁寧な取材を重ね、「東大うつ」という現象の背後にある構造を明らかにしていきます。
「弱さ」ではなく「構造」の問題として
本書の核となるメッセージは、帯にも記された「東大うつは、『弱さ』ではなく『構造』だ!」という言葉に集約されています。
うつになった学生を「メンタルが弱かっただけ」「甘えているだけ」と片づけてしまうことは簡単です。
しかし著者は、そこに現代日本の教育・社会の歪みが色濃く反映されていると指摘します。
つまり、東大うつは特別な誰かの物語ではなく、私たち全員が抱える「生きづらさ」の縮図でもあるのです。
この視点の転換こそが、本書を単なる東大生ルポにとどまらない普遍的な読み物にしています。
七人の当事者が語る、静かな崩壊
第一章では、実際に東大うつを経験した七人の事例が紹介されます。
「一度の失敗が心を蝕んだ」Nさん、「数字を追う人生が突然意味を失った」Sさん、
「受験は楽しかったが、その先がなかった」Oさん ―― それぞれの語りは静かで、しかし胸に迫るものがあります。
親の支配下で息苦しさを抱えていたYさん、「東大なのに」という周囲の言葉に追い詰められたBさん、
自分で意思決定した経験が乏しかったIさん、そして完璧主義に苦しんだMさん。
彼らの物語から浮かび上がるのは、次の四つの共通点です。
① 小中高時代に挫折経験が少ない
② 勉強以外の経験が乏しい
③ 反抗期がなかった
④ 就活が視野に入る三〜四年生で発症しやすい
「順調に来すぎた人」ほど、ゴールを失ったときに立ち止まれなくなる ―― この逆説が、本書全体を貫く重要なテーマとなっています。
受験の早期化と、カオスを知らない子どもたち
第二章では、東大うつを生み出す「環境」の第一の要因として、過熱する受験文化が取り上げられます。
中学受験は小学一年生の段階まで早期化し、塾に通うことは当たり前、それでも足りず家庭教師を付ける家庭も珍しくありません。
学校の授業中に受験勉強をする「内職」は、もはや前提として組み込まれているといいます。
さらに著者が鋭く指摘するのは、親が子どもを「自分の分身」として同一視してしまう構造です。
「東大に来た理由」を尋ねると「親がそう言ったから」と答える学生が少なくない。
合理的で整えられたレールの上を歩いてきた彼らは、混沌 = カオスに触れる機会を奪われたまま大人になってしまうのです。
入学がゴールになったとき、夢はどこへ行くのか
第三章のテーマは、東大入学「後」の空虚感です。
念願の東大に入っても「あまり変わらない」と感じてしまう学生の姿が描かれます。
授業が退屈に感じられるのは、学びの動機が「入学すること」で完結してしまっているからかもしれません。
就職活動においても、「夢を追う」のではなく「保険を積み重ねる」選択が続きます。
安全な選択の連続はいつしか自分自身を追い詰め、「本当は何がしたかったのか」という根本的な問いを見失わせていく ―― 著者はこの過程を丁寧に解きほぐしていきます。

「東大生」というラベルの重さ
第四章で語られるのは、東大生が背負う世間の視線です。
「さすが東大」と持ち上げられる一方で、「東大なのにそんなことも知らないの」と揶揄される。
バイト先で敬遠され、雑談で気を遣われ、冗談さえも真意を測られてしまう。
著者自身の経験も交えつつ、日本社会に根強く残る権威主義と、その裏返しとしての「東大生っぽさ」という呪縛が浮き彫りにされます。
ラベルは肩書きでありながら、同時に足枷にもなるという矛盾は、東大生に限らずあらゆる「肩書きを持つ人」に通じる問題でしょう。
処方箋 ―― 止まる勇気と、勝ち負けを手放す視点
最終章では具体的な四つの解決のヒントが提示されます。
第一に「休学」。
完璧主義者ほど立ち止まることを恐れますが、人生と向き合う時間こそが復活の起点になると著者は説きます。
第二に「親子関係の回復」。
親は指示役ではなく、対等な他者として存在すべきだという指摘は重く響きます。
第三に、社会全体で「受験の加熱化」を止めること。
そして第四に、「勝ち負けで物事を考えない」姿勢を身につけること。
人生はクリアすべきゲームではなく、ゲームセットを目指す長いプロセスなのだという言葉は、東大生ならずとも多くの読者に響くはずです。
おわりに ―― すべての「頑張り屋さん」へ
『東大うつ』は、東大生というごく限られた層を扱った本のように見えて、実は「頑張ることでしか自分を認められない」すべての人に向けられた一冊です。
競争を勝ち抜き、数字で成果を測られる文化のなかで生きる私たちにとって、東大生の物語は決して他人事ではありません。
子どもを持つ保護者の方、教育に携わる方、そしてかつて「良い子」でいることに疲れた経験のあるすべての方に、ぜひ手に取っていただきたい良書です。
読み終えたあと、きっと「頑張らないこと」を少しだけ許せるようになるはずです。
