短編小説『アイスの当たり棒』
「あ。」
久しぶりにアイスの当たりが出た。
俺は窓を全開にして扇風機の回る部屋で、棒付きアイス、いわゆるアイスバーを食べていた。部屋にはエアコンがないので、せめてこういった氷菓で涼を取るしかない、というのが悲しいところだ。ちなみに姉の部屋と居間にはエアコンがある。
それを姉に言うと毎回「コウキさ、それ自分で稼げるようになってから言いなよ」と怒られるので、最近はもうあきらめてTシャツとハーフパンツ姿で扇風機の風をガンガンに当てて過ごしている。
当たり棒は買ったお店に持っていくと、もう一本もらえるのは知っていたが、嬉々としてコンビニに走ったのは小学生の頃までだった。
さすがに十八ともなると、当たりより気恥ずかしさのほうが勝ってしまう。だいいち、コンビニに行って同級生と出くわしたら最悪だ。
「——ウソだろお前、今どきアイスの当たり棒とかコンビニに持ってくる?」そう言われ、光の速さでLINE拡散し、翌日にはクラスの笑いものだ。特に、気になっている図書委員の神林さんにまで、クスクス笑われるのは絶対に避けたい。
——そんな中、仕事が休みで家にいた姉が部屋にやってきた。
「ねえコウキさ、キングダムのマンガ持ってなかったっけ?」
エアコンの効いた部屋で過ごしてるはずの姉もまた、Tシャツにスウェット姿だった。
「何だよ急に」
「……聞こえなかった?……持ってなかったっけ?」
「も、持ってるけど……」
「じゃあ貸して。全部は……重たいからとりあえず十冊ずつな」
本棚に並んでいたキングダム全巻を眺めながら姉が告げた。
「わかったよ、本棚から持ってけよ。あ……帯は取るなよ」
「帯?ああ、この表紙についてる薄い紙?ほんとめんどくさいな」
そうぼやきながら、俺の持っていた棒に気づいた。
「あれ? ガリガリ君食べたんだ。何? 当たりでも出た?」
「……おう」
「えっ?ホントに?ウソウソウソ……待って、あれって都市伝説じゃないんだ、ガチリアルで当たり出るんだ」
「都市伝説なわけあるかよ。ほら、これ証拠」
そう言いながら俺は、少し誇らしげにアイスの棒を姉に見せた。
「うっわ、焼き印みたいになっててウケる!これヤバくない? ちょ、写真撮らせて」
「いいけど……」
姉は嬉しそうにスマホで写真を何枚か撮った。
「よしよし、いいね!……ってさ、コウキこれどうするわけ?」
「え? さすがに交換しにいかないよ。だって恥ずくね?」
「そうなの? じゃあそれ私にくれる?」
「え? 姉ちゃんもしかして……」
「もしかしても何も、普通コンビニ持ってくでしょ!」
「普通って……ウソだろ?いい大人が恥ずくねえの?」
「あ~。コウキはまだそういうところがおこちゃまなんだよな。人の目なんて気にしてるうちはね、まだまだ子供よ、コ・ド・モ」
そう言いながら人差し指を振る姉に、イラッとしながら反論した。
「うるさいな。姉ちゃんだってまだ二十三だし、俺とそんな変わんないじゃねえか」
「いいや、変わるね。私は社会人で仕事もしてて付き合ってる彼氏もいますー、何者でもなくて彼女もいないコウキとは大違いだね」
「な……! お、俺だって……」
そこまで言うと、急速に声がしぼんだ。……彼女もいないし、まだ進路も決まっていない俺は、姉の言う通りまだ「何者でもない」のかもしれない。
「ふっふ~ん、じゃあコンビニ行ってくるわ」
言い返せないでいる俺から、姉は勝ち誇ったような顔でアイスの棒を奪うと、早々に出かけて行った。
なんだよ姉ちゃん……
しばらくモヤモヤしていると、姉が再び部屋にやってきた。
「……キングダム忘れてたわ。貸して」
「いいけど……あの当たり棒、アイスと取り替えた?」
「普通に取り替えたし、なんなら食べたw」
「え?もう食ったのかよ、ずるくね?」
「あはは、アイス食いたきゃコウキが取り替えに行けばよかったじゃん。それもしないで食べようと思うほうがずるくないですかー?」
「うぐぐ……もういいよ。早くキングダム持ってけよ」
「はいはーい、とりあえず十冊借りてくわー」
そう言いながら姉は本棚からマンガを取り出すと、そのまま部屋を出て行った。
なんなんだよ……そう思いながら廊下を見つめていると、出て行ったはずの姉がひょいと顔を出した。
「アイス、新しい味出てた。冷凍庫にあるからな。後で食べな」
「え?マジ?ああ……うん」
それだけ言うと、姉は自分の部屋に戻っていった。
ああ……こういうしっかりしたところが毎回ずるいと思う。俺にはそんな配慮だとか、空気を読むみたいなことは……できない。
そうか、まだまだ子供、か……姉ちゃんには敵わない——
……と、姉の部屋から声が聞こえてきた。
「おーい!コウキくんさあ、読んでたキングダムになんか毛が挟まってましたけどー?w」
「う……うるさいな!そういう空気は読めねえのかよ!じゃあ返せよ!」
「あっはっは、嘘だよ嘘! やっぱキングダムとコウキは面白いなー」
「一緒にすんなよ!」
——前言撤回、姉ちゃんもまだまだ子供だわ。



