また会えると思っていた。その想いを胸に歩いていく適応障害回復記録#40
前回の記事の続きです。
あの日は熱いストーリーになると
全部が熱い瞬間だと
そのときは思っていました。
でも金曜日
一生忘れられない言葉を
聞くことになりました。
今は…
〇〇のためにOB戦を実現させる。
そう思っています。
ライバル校のキャプテンとの
トークでみんなの近況の中に
レギュラーメンバーであり
そのチームの守護神でキーパーの
〇〇の話が出ません。
あれどうしたのかな?
何も考えずに聞きました。
返ってきた言葉が
『病気で○年前に亡くなった。
ここで言う話じゃないけど
みんなが〇〇のこと
思い出してくれたら〇〇が
喜ぶんじゃないかと思って……
ごめん……。』
いきなりこんな返事が
きました。
衝撃的でした。
信じられません。
あふれ出てくる涙。
一瞬で何度も6年間
対戦した〇〇が浮かびます。
喜怒哀楽もあり、シュート決められると
全身で悔しがる
シュート止めると
全身で喜ぶ〇〇です。
選抜、国体と仲間でもあったので
たくさん話したのも覚えています。
『〇〇(自分の名前)シュート嫌やわー』
と言われたこともありますし
ノリも良くて
ふざけあったこともあります。
また会えると思ってました。
確かに社会人になってからも
連絡取ったことあります。
SNS上では
まだ〇〇は存在していました。
覚悟していた別れは
身内の不幸事で
経験したことあります。
突然知らされた仲間の悲報には
まだ心の整理がついていません。
総体の対戦している映像で
あの頃の〇〇を見ます。
敵でしたけど…大好きでした。
〇〇のプレーが
〇〇の悔しさのときの表現が
その〇〇の対策を考え
今まで挑んできたこと
〇〇と話した時間
〇〇と笑い合ったこと
6年間です。
6年間対戦してきました。
中学から高校まで…
ライバル校のキーパーだけじゃない。
選抜、国体と
一緒に練習して
一緒に遠征して
大会後、USJ行って
遊んでいろんな話しました。
仲間でもあり、ライバルでした。
〇〇のためにOB戦
必ず実現させよう!
またみんなで集まって写真を撮って
〇〇のお墓参りに行こうと
ライバル校のキャプテンと
話ししました。
〇〇の生きられなかった未来を
生きていこうと思いました。
今そばにいる人は繋がっている人は
当たり前じゃないんだと
実感させられました。
会いたいときに会わないと
もう二度と会えなくなることもある。
そう思いました。
7月24日金曜日に告げられて
号泣する日もあります。
走馬灯のように思い出が
蘇ってきます。
あれこんなこと覚えてなかったのに
中学の内容まで…
あんな言葉まで…
落ち込みました。
お墓参りにも行きました。
それでも悲しみを抱えながら
〇〇の生きれなかった未来を
歩いていきます。
懐かしい映像が…
〇〇の姿を追う映像に
変わりました。
しばらくは見れにそうにありません。
それでも〇〇は
自分の心の中で
生き続けます。
だから僕は
今日も少しずつ
前を向いて歩いていきます。
いろんな人に支えてもらいながら。
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