古代ギリシアにおける音楽|教養🌎|「人と音楽と秩序」猫の寺子屋🐈♯18
考える猫の寺子屋へようこそ🐈
今回は、「教養シリーズ」として、音楽について見ていきたいと思います。
先日の投稿で、私は教養が大切だと思っている、と書きました。まずは、そのように思う理由について、簡単に書いてみたいと思います。
教養は、一言で言えば人生を豊かにしてくれる土台です。
教養は、辞書では、学問や芸術などに触れ、心を養うことを通して身につく人間性、物事を理解する力や心の豊かさと記載されています。
教養は、すぐに使えるスキルやノウハウとは異なるものです。しかし、視野を広げ、判断力や思考力を育て、日常の中でも役立つものです。
スキルやノウハウは、大切ですが、置かれた状況によって、その価値が変わることがあります。
たとえば、今話題のAIですが、AIが普及することで、「何ができることに価値があるのか」という事情も、いろいろと変化しています。
そう考えると、教養というものは、より長く、深く、人間に役立つものだと感じます。
たとえば、何千年前の古典が今も受け継がれ、そこから人間にとって大切なことを学べることを考えると、そのことが分かります。
また最近、傾聴や対話、多様性を活かすといった言葉を目にすることがあります。これらは大切なものですが、こうした実践を本当の意味で深めていくには、土台としての人間理解が必要なのではないでしょうか。
私は看護師として多くの人と関わってきたなかで、人間というのは本当に複雑な存在だということをよく考えさせられました。
そのような意味でも、人間理解を深めてくれる教養は、日常や仕事の中で、人と関わる力を支えてくれる大切なものだと分かります。
世界には、知らないことが山ほどあります。
それは、ただ役に立つというだけではありません。人をワクワクさせたり、心を動かしたり、美を感じさせてくれたりします。
「人間とは、そして世界とはこういうものなのかもしれない」
そうした気づきを、自分なりに少しずつ積み重ねていくこと。それが、教養だと思っています。
私は、よく本を読んだり、たまに美術館に行ったりするのですが、それらは小さな宝探しのようなものだと思っています。
とくに本を読むときには、どこかに人間や世界の「真の姿」のようなものが書かれているのではないか、と少し期待してしまいます。
でも、毎回その期待は、よい意味で裏切られます。
「これが答えかな」と思って読んでも、また別の問いが生まれる。分かったと思っても、さらに分からないことが見えてくる。
その繰り返しが、人や世界の見え方を少しずつ深めてくれるように感じています。
実は、「考える猫の寺子屋」という少し古風な名前をあえて選んだのも、こうした思いがあるからです。
寺子屋という言葉には、ただ知識を学ぶ場所というだけでなく、人が考え、自分なりに世界を見る力を育てていく場所、という響きがあります。
忙しい日常の中で、少し立ち止まり、人間や世界について考える。そんな小さな学びの場にしたいと思い、この名前をつけました。
では、教養は日常の中で、どのように役に立つのでしょうか。
いくつかまとめてみました。

前置きが少し長くなってしまいましたが、本題に入っていきたいと思います。
さて、今回のテーマは音楽です🎵
音楽には色々な力がありますよね。
人を元気にしたり、癒したり、感動を与えてくれます。そして音楽が、人の心をつなぎ合わせることもあります。
今回は、音楽史の本を読んで勉強をしたときに、古代ギリシアの音楽が面白いと思いましたので、そのことをお伝えします。
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