十ミリワットで足りる社会
なぜ日本は10 mW級制度を発達させ、米国や欧州は別の出力思想を採ったのか。人口密度・用途・行政思想まで読む
1 導入――よく似た三つの無線
日本の特定小電力トランシーバー、米国のFamily Radio Service(家庭用無線サービス、FRS)、欧州のPrivate Mobile Radio 446(446 MHz帯簡易携帯無線、PMR 446)。
三つの無線機を机の上へ置けば、使い方は驚くほどよく似ている。
小型の携帯機を手に持ち、チャネルを合わせ、Push-To-Talk(送信ボタン、PTT)を押して話す。利用者ごとに専用周波数を割り当ててもらうのではなく、限られたチャネルを多数の人で共有する。トーンやコードを設定すれば、同じ設定をした仲間の通信を選んで聞くこともできる。
しかも三者とも、実用的な音声通信を400 MHz台のUltra High Frequency(極超短波、UHF)で実現した世界に属する。
ところが、出力を見ると様子が違う。
日本の無線電話用特定小電力無線では10 mW級が長く中心となった。米国FRSは1996年の創設時から最大0.500 W ERPを認め、現在は一部チャネルで2 W ERPまで認める。PMR 446は現行制度で500 mW e.r.p.である。[1][2][3]
似たような無線機を、似たように共用する。
それなのに、なぜ日本では「10 mWで足りる」制度が育ち、米国と欧州では数百mWからW級を許容する制度になったのだろう。
出力という数字から、三つの社会が電波へ与えた空間を読んでみたい。
2 「グループ番号」は専用チャネルではない
三者を比較する前に、共通する通信文化を一つ確認しておこう。
Continuous Tone Controlled Squelch System(連続トーン制御スケルチ、CTCSS)やDigitally Coded Squelch(デジタル符号化スケルチ、DCS)と呼ばれる仕組みがある。
同じチャネルを使っていても、あらかじめ決めたトーンやコードを受信したときだけスピーカーを開く。日本の市販機では「グループ番号」、米国の市販FRS機では「Privacy Code(プライバシーコード)」などと表示されることがある。
日本では、JVCケンウッドの特定小電力中継器UBZ-R51がメーカー公式資料で「CTCSS 38波搭載」を明記し、同社UTB-10も1~38のグループ番号を使うグループモードを備えている。[4]
米国ではMidland(ミッドランド社)の現行FRS機について、CTCSS 38コード、DCS 83コードを利用できることがメーカー資料から確認できる。またFRS創設時のFederal Communications Commission(米国連邦通信委員会、FCC)規則も、selective calling(選択呼出)やtone-operated squelch(トーン作動スケルチ)のための非音声信号を明示的に認めていた。[5]
欧州についてはEuropean Telecommunications Standards Institute(欧州電気通信標準化機構、ETSI)のEN 303 405が、PMR 446機器の試験においてCTCSSおよびDCSを明記している。[6]
ただし、ここで誤解しやすい。
「チャネル1・グループ5」と「チャネル1・グループ10」は、別々の周波数ではない。
同じチャネルである。
グループ5の受信機がグループ10の声をスピーカーから出さないだけで、グループ10の電波が存在しなくなるわけではない。両者が同時送信すれば、同じ周波数上で競合する。
「聞こえない」と「そこにいない」は違う。
三者はいずれも、利用者へ専用チャネルを大量に配る方法ではなく、共用チャネルの中で必要な会話を受信側で選ぶ方法を受け入れてきた。
この共通性があるからこそ、出力の違いを比べる意味が出てくる。
3 しかし三者は同じ制度ではない
成立年代を並べると、関係がさらに明瞭になる。
日本では、1989年1月27日の郵政省告示第42号によって特定小電力無線局の用途、電波型式、周波数、空中線電力が定められ、RCR STD-20「特定小電力無線局無線電話用無線設備」は同年4月25日に策定された。[1]
米国でFRSが創設されたのは1996年である。[2]
欧州でEuropean Conference of Postal and Telecommunications Administrations(欧州郵便・電気通信主管庁会議、CEPT)のEuropean Radiocommunications Committee(欧州無線通信委員会、ERC)がPMR 446の共通制度を整えたのは1998年で、ERC/DEC/(98)25(ERC決定(98)25)が共通周波数帯、ERC/DEC/(98)26(ERC決定(98)26)が個別免許免除、ERC/DEC/(98)27(ERC決定(98)27)がCEPT加盟国間の自由な持込みと使用を扱った。[7]
順番は、日本1989年、米国1996年、欧州1998年である。
したがって、
特定小電力無線=日本版FRS
とは言えない。
日本の制度の方が7年早い。
さらに、日本の特定小電力無線局は携帯トランシーバーだけを対象とした制度ではない。無線電話以外の用途も含む広い制度体系である。本稿では、そのうち主として音声通信に使われる無線電話用設備をFRS、PMR 446と比較する。
似た製品へ到達した三制度は、同じ制度を三つの地域が採用したものではなく、別々の歴史から似た利用形態へ近づいてきたのである。
第I部 三つの制度が生まれる前
4 日本――特定小電力無線以前の小電力利用
日本側の前史には市民ラジオがある。
1982年の臨時行政調査会「行政改革に関する第2次答申―許認可等の整理合理化―」は、市民ラジオについて、技術基準適合性を確保する措置を残しながら開設免許を廃止するよう提言した。[8]
同年4月の国会審議で郵政省政府委員は、その考え方を具体的に説明している。
周波数を固定し、電力を決め、技術基準適合証明で設備条件を確保すれば、個別免許をなくしても電波秩序を維持できる、というのである。[9]
ここには、後の免許不要無線につながる重要な行政技法が見える。
人を一人ずつ審査するかわりに、機械の性能を先に制限する。
ただし、市民ラジオと1989年の特定小電力無線を、そのまま一つの技術的系譜と見るのは慎重であるべきだろう。
市民ラジオは27 MHz帯の世界である。
一方、日本が1989年に作った無線電話用特定小電力無線は400 MHz帯のUHFを用いる世界だった。八重洲無線は1989年に特定小電力トランシーバーの販売を開始し、アイコムは1991年のIC-4001を「手のひらサイズ」の特定小電力9チャネル携帯機として記録している。[10]
ここで周波数の違いは大きい。
27 MHzの波長は約11.1 mで、4分の1波長は約2.8 mになる。
422 MHzなら波長は約71 cm、4分の1波長は約18 cmである。
実際の携帯機では短縮アンテナを使うので、そのままの長さになるわけではない。それでも、UHFは小型携帯機を設計するうえで圧倒的に扱いやすい。
さらに伝搬も違う。
National Institute of Information and Communications Technology(情報通信研究機構、NICT)は、3~30 MHzのHigh Frequency(短波、HF)が電離圏で反射され、見通し外通信に利用されること、数10 MHz帯もスポラディックE層によって異常伝搬し得ることを説明している。一方、日本の地上テレビ放送がUHFへ移行した後は、スポラディックE層によるテレビ混信が解消されたとする資料もある。[11]
近所との連絡に使う電波が、ときに遠方へ逃げていく27 MHz。
より局地的な通信圏を作りやすく、小型アンテナにも向く400 MHz帯。
特定小電力無線が後者に置かれたことは、「小さな無線機を小さな通信圏で大量に使う」という後の姿とよく整合する。
ただし、アンテナ小型化や27 MHz帯の遠距離混信回避を理由として400 MHz帯を選んだ、と明記する1989年制定時の公式資料は今回確認できなかった。
したがって、これは周波数の物理的性質と、その後の製品・利用形態を照合した分析として扱う。
5 米国――49 MHzでは物足りず、GMRSでは重い
FRS以前の米国にも免許不要の近距離無線はあった。
47 CFR Part 15(連邦規則集第47編第15部、FCC規則第15部)の§15.235には49.82~49.90 MHz帯の低出力機器が規定されている。FCCの1995年度年次報告にも、49 MHz帯のコードレス電話、ベビーモニター、ウォーキートーキーが市場に存在したことが記録されている。[12]
ただし、
「49 MHzウォーキートーキーの通信距離が不足していたため、FCCがFRSを作った」と明記するFCC一次資料は確認できなかった。
ここは推測で埋めない。
確認できるのは、FRS創設時のFCCが「既存市場で満たされていない、直接・短距離の個人通信需要」があると判断していたことだ。FCCは家族や小集団がショッピングモール、遊園地、スポーツ会場、キャンプなどで連絡する用途を挙げている。[2]
そのもう一方にはGeneral Mobile Radio Service(一般移動無線サービス、GMRS)があった。
GMRSには実用的なUHF通信設備が存在したが、当時は個別免許が必要で、FCC文書によれば新規免許と5年ごとの更新には60ドルの申請料が必要だった。[2]
そこで1990年代半ばの米国には、
49 MHz帯のPart 15機器がある。
その上にはGMRSがある。
そして、その間に「安価で、携帯でき、個別免許を取らず、家族や小集団が数街区程度で使えるUHF無線」という市場を置く余地があった。
FRSは、その場所に入ってきた。
「49 MHzより使える、GMRSより簡単」という図式は制度史を理解するうえで有用だが、前半の49 MHzとの直接の因果関係については、確認できたFCC資料の範囲を超えて断定しない。
6 欧州――近距離無線は国ごとにばらばらだった
欧州の問題は、近距離無線が存在しなかったことではなかった。
各国が、それぞれの国内事情に応じた制度を持っていたことである。
フランスにはRadiocommunications professionnelles simplifiées(簡易業務無線、RPS)があり、フランスの公式法令資料から446.950 MHz、446.975 MHz、446.9875 MHzという国内周波数が使われていたことを確認できる。その資料は、欧州PMR 446への移行過程も記録している。[13]
英国ではWireless Telegraphy (Exemption) Regulations 1999(無線電信免許免除規則1999年)が、PMR 446を新たな免許免除カテゴリーとして国内制度へ導入した。[14]
1998年のCEPT文書群自体も、PMR 446について共通周波数、個別免許免除、CEPT加盟国間の自由な持込みと利用を別々の決定として整備したことを示している。[7]
英国の旧Short Range Business Radio(短距離業務無線、SRBR)や北欧の旧国内制度については二次資料で言及が見られるが、今回の記事で細かな周波数・導入時期まで確実に記述できる公式原典を十分確認できなかった。したがって、ここでは無理に制度名を並べない。
確認できる範囲でも、欧州が抱えていた課題は明らかである。
国境を越えれば、同じ携帯無線機をそのまま使えるとは限らない。
近距離無線の「方言」が各国に存在していたのである。
第II部 三つの制度は何を解決したのか
7 日本――小電力通信を細かく制度化する
1989年の日本が作ったものは、一種類の「国民用トランシーバー」ではなかった。
特定小電力無線局という制度の中に用途を分け、用途ごとに周波数、空中線電力、電波型式、運用条件を定めていく方式だった。[1]
無線電話用についても、その後のRCR STD-20の改定史を見ると、制度は一枚岩ではない。
1991年には1 mW設備に関する送信時間条件が追加され、1994年にはキャリアセンス条件が改定され、1999年には混信防止機能が整理され、2001年には413 MHz帯と454 MHz帯が加わり、2020年には狭帯域化によるチャネル増と一部100 mW化が行われた。[1]
ここで興味深いのは、日本が27 MHz帯の市民ラジオをそのまま実用業務トランシーバーへ発展させる道を採らず、400 MHz帯に別の小電力無線空間を作ったことである。
その結果、製品は急速に小型化した。
400 MHz帯ならアンテナを短くしやすく、27 MHz帯に比べて電離圏を介した遠距離伝搬も制度上の日常的問題になりにくい。
10 mWという小出力とUHFという周波数帯は、ともに通信圏を局地化する方向に働く。
ARIBはRCR STD-20について、「周波数の有効利用及び他の利用者との混信の回避」を図る国の技術基準と、互換性や利用者利便を図る民間基準を取りまとめた規格だと説明している。[1]
ただし、「UHF帯を選び、10 mWとした目的は小型化と空間再利用だった」と明記する制定時資料は確認できなかった。
物理的・制度的整合性と、制定者が明記した理由とは区別しておく必要がある。
8 米国――FRSという「中間層」を作る
米国では1996年、FRSが明確な一つのサービスとして作られた。
FCCが掲げた目的は、UHF帯に「very short range(非常に短距離)」の双方向音声サービスを設け、一般公衆の間で急増していた直接・短距離通信需要に応えることだった。[2]
そしてFRSはGMRSを強く意識している。
14チャネルのうち7チャネルはGMRSと共用し、残り7チャネルはGMRSリピータ入力チャネルの間に配置された。
FCCは、GMRS帯が当時それほど混雑していなかったこと、両サービスが一般公衆の個人的通信を扱う点で似ていること、FRSが低出力で通信圏が小さいことを理由に、両者の周波数共用を採用した。[2]
つまりFRSは、
49 MHz Part 15
FRS
GMRS
という利用上の階層を形成したと見ることができる。
しかもFRSは、GMRSとは別のUHF世界を一から作ったわけでもない。
GMRSが使っていた周波数空間の中へ、小出力・個別免許不要の層を挿入した。
そこが、日本の特定小電力無線の成立とはかなり違う。
9 欧州――「方言」をPMR 446という共通語にする
欧州では1998年、別の問題を解く必要があった。
ERC/DEC/(98)25、(98)26、(98)27がそろって扱ったのは、共通周波数、個別免許免除、自由な持込みと使用である。[7]
ここで重要なのは「欧州でトランシーバーを使えるようにした」ということより、
欧州の別々の国で、同じ種類のトランシーバーを使えるようにした
ことである。
フランスのように既存国内周波数から移行を要した国もあった。[13]
後のElectronic Communications Committee(電子通信委員会、ECC)によるECC Decision (15)05(ECC決定(15)05)は、現在の446.0~446.2 MHz、個別免許免除、自由な持込みと利用、携帯型、一体型アンテナ、500 mW e.r.p.という条件を一つの共通制度にまとめている。[3]
PMR 446は、無線通信制度であると同時に、欧州を横断する機器流通の共通仕様でもある。
第III部 似ているのに、なぜ出力が違うのか
10 10 mW、500 mW、2 W
ここでようやく数字を並べる。
日本のRCR STD-20第1編は、空中線電力10 mW、チャネル間隔12.5 kHzを基本とする。第2編も10 mWが基本だが、421.809375~421.909375 MHzおよび440.259375~440.359375 MHzでは100 mWが規定されている。[1]
米国FRSは1996年、最大0.500 WのEffective Radiated Power(実効放射電力、ERP)で始まった。[2]
2017年には、チャネル1~7と15~22について最大2 W ERPを認める方向へ拡張された。チャネル8~14は0.5 W ERPに残った。[15]
欧州PMR 446は現行ECC Decision (15)05で最大500 mW e.r.p.である。[3]
ただし、日本の「空中線電力」と米欧のERP、e.r.p.は同じ表現ではない。アンテナ条件も違う。
したがって、
「2 Wは10 mWの200倍だから、200倍遠くへ飛ぶ」
という比較は成立しない。
比較したいのは倍率ではない。
一人の利用者へ、制度がどれほどの通信圏を許す設計になっていたか。
その違いである。
11 人口密度――日本の10 mWを支えた条件
日本の2020年人口密度は338.2人/km²だった。
米国の2020年人口密度は93.8人/平方マイルで、約36.2人/km²に相当する。[16]
全国平均の比較だけでも大きな差がある。
しかも日本の特定小電力トランシーバーは、店舗、工場、倉庫、学校、イベント会場など、限られた区域での連絡に非常に適した製品へ発展した。
JVCケンウッド自身も、市街地での特定小電力トランシーバーの通信距離の目安を約100~200 m、見通しのよい郊外で約1~2 kmとしている。もちろんこれは制度上保証された距離ではなく、メーカーが示す使用目安である。[17]
通信圏が小さければ、少し離れた場所で同じ周波数を再び使いやすい。
東京の店舗Aのチャネル1が、何十kmも離れた店舗Bまで強く届く必要はない。
必要な範囲で電波が消えてくれれば、その向こうでは同じチャネルをもう一度利用できる。
10 mWは「通信能力を小さくする数字」であると同時に、一つの周波数を空間の中で何度も使うための数字にもなりうる。
12 人口密度だけでは答えにならない
ところが、人口密度だけを原因にすると説明が崩れる。
総務省統計局の国際比較では、2020年のオランダは517.8人/km²、ベルギーは381.9人/km²で、日本の338.2人/km²より高い。[16]
それでも両国を含む欧州共通のPMR 446は500 mW e.r.p.である。
さらに米国FRSも、1996年当初から遠距離通信を目的としていたわけではない。
FCCは「数街区程度」を典型的利用距離として挙げ、技術基準の目的として、同じ地域や隣接地域で多数の利用者が同じチャネルを再利用できることを明示していた。[2]
つまり、
「日本は人口が密集しているから10 mW、米国は広いから500 mW」
という説明では足りない。
そして決定的な点がある。
「日本の人口密度が高いことを理由に10 mWを採用した」と明記する1989年制定時の公式資料は確認できなかった。
人口密度は制度の使いやすさを説明する社会条件としては重要である。
しかし、制定理由として証明された事実とは分けなければならない。
ここから先は、各行政が何を技術基準へ書き込み、何を利用者へ任せたのかを見る必要がある。
第IV部 三つの行政思想
13 日本――人を審査せず、機械を細かく規律する
1982年の市民ラジオ免許廃止をめぐる国会答弁は、かなり象徴的である。
郵政省は、周波数を固定し、電力を特定し、技術基準適合証明によって設備条件を確保することで、個別免許なしでも秩序を維持できると説明した。[9]
これは「規制をなくす」という話とは少し違う。
人に対する手続を減らす代わりに、機械の側へ規律を書き込むのである。
どの周波数を使えるか。
どれだけの出力を出せるか。
どのようなアンテナを使えるか。
どれだけ連続送信できるか。
先に機器へ境界を作れば、行政は利用者一人一人を審査しなくてもよくなる。
1989年の特定小電力無線制度が、この1982年の市民ラジオ行政改革を直接継承して作られた、と記す制定時資料は今回確認できなかった。
しかし、免許を省略し、その代わりに技術条件で秩序を作る行政手法が1980年代前半の日本ですでに明示されていたことは確認できる。
10 mWという小さな出力は、この行政方式との相性がよい。
利用者の行動をすべて監督しなくても、一台の無線機が他者へ及ぼせる影響の地理的範囲そのものを小さくできるからである。
ここでの10 mWは、通信性能の数字であると同時に、免許不要化を支える物理的な境界として読むことができる。
14 日本――10 mWで足りなければ、別の方法で解く
特定小電力無線の歴史を見ると、もう一つ特徴がある。
距離や混雑の問題を、出力増加だけで解決してこなかった。
RCR STD-20の改定履歴には、キャリアセンス、混信防止機能、周波数追加、狭帯域化、デジタル化、一部100 mW化などが現れる。[1]
そして実際の製品では、中継器が使われる。
JVCケンウッドは、特定小電力中継器によって建物内の死角を減らし、直接通信より広い範囲をカバーするシステムを提供している。現在のUBZ-R51では、複数の中継器をLANで接続して多層階や大型商業施設をカバーする仕組みまで用意されている。[4]
これは面白い発展である。
一台の携帯機を100 mW、500 mW、1 Wへ強くして建物全体を押し切る方法ではなく、携帯機は小電力のまま、必要な場所へ中継点を置く。
チャネルが足りなければ狭帯域化する。
同時送信を避けたければキャリアセンスを使う。
聞き分けたいならグループ番号を使う。
届かなければ中継する。
距離の問題を、出力だけで解かない。
この積み重ねを見れば、日本の制度が一局の最大到達距離より、多数局の共存可能性を重く見てきた、と読むことには一定の合理性がある。
ここが「十ミリワットで足りる社会」の中心である。
15 米国――市場の使い方を制度が追いかける
米国FRSは、別の道を進んだ。
2017年、FCCは大量に普及していたFRS/GMRS複合型無線機を問題として扱った。
多くの利用者がGMRS周波数を使用しながら、必要なGMRS免許を取得していない実態があった。FCCは、2 W ERP以下の既存複合機をFRSとして再分類し、FRSチャネル1~7の最大出力を0.5 Wから2 W ERPへ引き上げ、新たにチャネル15~22も2 W ERPでFRSへ開放した。[15]
ここで大事なのは、2 Wという数字が机上だけから現れたわけではないことである。
すでに市場には2 W級の複合機が広く存在し、FCCはその利用実態と混信問題を検討したうえで制度境界を動かした。
だからといって「米国行政はいつも市場追随型だ」と一般化することはできない。
しかし2017年のFRS改革については、
市場に先に成立した使い方を、制度側が大きく取り込んだ
という記述ができる。
1996年のFRSは「非常に短距離」の0.5 Wサービスだった。
21年後、その制度は一部2 Wまで広がった。
出力は、制度の出生時に永久固定される数字ではなかったのである。
16 欧州――国境を越えて共通化する
欧州の行政が最適化しなければならない範囲は、一国内で完結しない。
ECC Decision (15)05は、PMR 446について446.0~446.2 MHzを共通化し、個別免許を免除し、自由な持込みと使用を認め、携帯型、一体型アンテナ、最大500 mW e.r.p.という共通条件を置いている。[3]
つまり500 mWは、
「フランスではこれだけ必要」
「ベルギーならこれだけ必要」
という一国ごとの答えではない。
異なる人口密度、異なる地形、異なる旧国内制度を抱えた国々で、同じカテゴリーの製品を使えるようにするための共通仕様でもある。
そして、その500 mWも現在見直しの対象になっている。
ECC Report 369(ECC報告書369)は2026年1月、PMR 446を1 W e.r.p.へ拡張する技術的可能性を検討した。[18]
2026年9月4日現在、CEPTの作業項目FM62_03は、ECC Decision (15)05を改定して1 W e.r.p.を可能にする作業を「In Progress(進行中)」としており、目標日は2027年2月26日である。[19]
したがって、PMR 446が現在すでに1 Wになったとは書けない。
現行は500 mW e.r.p.である。
1 Wは制度改定作業中である。
それでもこの動きは、出力が自然法則から一意に決まる数字ではなく、帯域利用状況、混信可能性、利用需要を見ながら変更される政策変数であることをよく示している。
第V部 共通していたもの、違っていたもの
17 三者が共通して受け入れた思想
ここで冒頭のグループ番号へ戻ろう。
日本の特定小電力無線、米国FRS、欧州PMR 446は、成立年代も制度範囲も違う。
しかし利用者へ与えた無線空間には共通点がある。
チャネルは共有する。
一人の利用者に永久的な専用周波数を与えない。
必要な相手はトーンやコードなどで選択受信する。
小型の機械を多数流通させる。
利用者一人一人について行政が免許審査を行う方式から距離を置く。
FCCのFRS規則は創設時から、「各チャネルを他の利用者と共有しなければならず、私的・排他的に使用できるチャネルはない」と明記していた。[2]
欧州も免許免除の理由について、有害な混信の可能性が低く、周波数の効率利用を危険にさらさない場合には個別免許を免除できる、という考え方を示していた。[7]
日本でも、機器の技術条件を確保することで個別免許を省くという行政思想が確認できる。[9]
三者とも、
「一人ずつ電波を所有させる社会」より、「共用することを前提に多数の人を収容する社会」
を選んだのである。
18 それでも三者が最適化したものは違った
似た原理から、違う制度ができた。
日本が強く発達させたのは、高密度な局地利用を細かな技術条件で収容する仕組みだった。
400 MHz帯へ小型の特定小電力トランシーバーを置き、10 mW級を基本とし、必要に応じてキャリアセンス、中継、狭帯域化、デジタル化を重ねる。
米国がFRSで解いたのは、一般消費者が安価で実用的なUHF無線を、個別免許なしに使うための市場の空白だった。
その制度はGMRSとの周波数共用を最初から組み込み、後には市場で普及した2 W級機器まで取り込んだ。
欧州がPMR 446で解いたのは、国内だけを見ていては解けない問題だった。
各国で異なっていた近距離無線に共通周波数と共通技術条件を与え、国境を越えて同じ端末を流通・使用できるようにした。
だから出力差を、
日本人は弱い電波を好む。
米国人は強い電波を好む。
欧州人はその中間を好む。
という国民性にしてしまうと、本質を逃す。
三者が違ったのは、まず何を制度上の問題として解こうとしたかだった。
出力は、その答えの一部として決まったのである。
19 結語――十ミリワットで足りる社会
無線技術の性能を考えるとき、遠くまで飛ぶことはわかりやすい長所になる。
しかし周波数を共有財産として見ると、話は変わる。
一人の電波が遠くへ届くということは、その遠方にいる別の利用者の電波空間へも入り込むということだからだ。
必要な店舗の中まで届く。
工場の構内まで届く。
学校の行事に必要な範囲まで届く。
イベント会場のスタッフには届く。
その外では次第に弱くなり、別の人が同じ周波数を使える。
足りなければ中継器を置く。
混雑すればチャネルを細かくする。
同じチャネルに別のグループがいれば、トーンやコードで必要な会話を選ぶ。
ここでは、「遠くまで届かない」という性質が、必ずしも欠点にならない。
むしろ、必要のない場所まで届かないことが性能になる。
日本がなぜ1989年に10 mWを選んだのか。
人口密度を理由として明記した制定時資料は確認できなかった。
UHFを選んだ理由を、アンテナ小型化や27 MHz帯の遠距離混信回避だと明記した制定時資料も確認できなかった。
そこを史実として作るべきではない。
しかし、確認できる制度と技術を並べれば、一つの社会像は見えてくる。
日本は27 MHz帯の市民ラジオだけに免許不要通信の将来を託さず、400 MHz帯に新しい小電力通信の領域を作った。
その領域では10 mW級の携帯機が小型化し、局地的な業務・生活通信へ入り込み、出力を大きくする以外の方法で通信範囲や混雑を処理する仕組みが積み重なった。
米国も欧州も共用を選んだ。
しかし米国は0.5 Wから2 Wへ動き、欧州は500 mWを共通仕様とし、いま1 Wを検討している。
日本だけが10 mWという数字を長く使い続けてきた背景を、一つの原因に還元することはできない。
人口密度。
局地的な用途。
UHFの伝搬。
小型アンテナ。
周波数の空間再利用。
技術基準によって利用者の手続を減らす行政。
そして、距離が足りなければ出力以外の仕組みで補う制度の発達。
これらが重なったところに、「十ミリワットで足りる社会」が成立したと読むことができる。
電波制度が決めているのは、どこまで話せるかだけではない。
一人の会話に、空間をどこまで使わせるかでもある。
十ミリワットとは、その境界について日本が長く使ってきた、一つの答えなのである。
註
[1] 国立国会図書館「日本法令索引」平成元年1月27日郵政省告示第42号、および一般社団法人電波産業会RCR STD-20。告示の公布日、STD-20の1989年4月25日策定、現行規格の10 mWおよび一部100 mWを確認。
https://hourei.ndl.go.jp/simple/detail?current=-1&lawId=0000075354
https://www.arib.or.jp/image/kikaku/kikaku_sample/sample-std-20-5.1.pdf
https://www.arib.or.jp/kikaku/kikaku_tushin/desc/std-20.html
[2] Federal Communications Commission(米国連邦通信委員会、FCC), FCC 96-215, Report and Order(報告命令), 1996年。FRS創設、数街区程度の利用像、GMRSとの共用、0.500 W ERP、選択呼出、個別免許を用いない行政方式を確認。
https://docs.fcc.gov/public/attachments/FCC-96-215A1.pdf
[3] Electronic Communications Committee(電子通信委員会、ECC), ECC Decision (15)05(ECC決定(15)05)。446.0~446.2 MHz、個別免許免除、自由な持込みと利用、携帯型、一体型アンテナ、500 mW e.r.p.を規定。
https://docdb.cept.org/document/448
https://docdb.cept.org/download/2783
[4] JVCケンウッド。UBZ-R51は「CTCSS 38波搭載」「1~38のグループ機能」を明記。UTB-10も1~38のグループモードを搭載する。メーカー公式資料であり、法令上のCTCSS搭載義務を示す資料ではない。
https://www.kenwood.com/jp/com/license-free/products/ubz-r51/
https://www.kenwood.com/jp/com/license-free/products/utb-10/
[5] Midland Radio(ミッドランド社)のFRS機資料。現行FRS製品でCTCSS/DCSを使用できる実例。
https://support.midlandusa.com/hc/en-us/articles/34050976038039-Midland-LXT600-Series-Two-Way-Radio-User-Guide
[6] European Telecommunications Standards Institute(欧州電気通信標準化機構、ETSI), EN 303 405 V1.1.1。PMR 446機器についてCTCSS/DCSを扱う。
https://www.etsi.org/deliver/etsi_en/303400_303499/303405/01.01.01_60/en_303405v010101p.pdf
[7] European Radiocommunications Committee(欧州無線通信委員会、ERC)の1998年PMR 446関連決定。ERC/DEC/(98)25は共通周波数帯、(98)26は個別免許免除、(98)27はCEPT加盟国間の自由な持込みと利用を扱った。
https://docdb.cept.org/document/777
https://docdb.cept.org/document/778
https://docdb.cept.org/document/779
[8] 臨時行政調査会「行政改革に関する第2次答申―許認可等の整理合理化―」1982年2月10日。市民ラジオについて、技術基準適合性を確保する措置を残し、開設免許を廃止するよう提言。
https://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/souron/2.pdf
[9] 第96回国会衆議院逓信委員会第7号、1982年4月14日。市民ラジオについて、周波数、電力、技術基準適合証明によって秩序を維持しながら免許を不要とする考え方を郵政省政府委員が説明。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=109604816X00719820414&spkNum=0
[10] 八重洲無線およびアイコムの公式沿革。八重洲無線は1989年に特定小電力トランシーバー販売開始。アイコムは1991年のIC-4001を「手のひらサイズ」の特定小電力9チャネル携帯機として掲載。
https://www.yaesu.com/jp/profile/
https://www.icom.co.jp/corporate/history/
[11] National Institute of Information and Communications Technology(情報通信研究機構、NICT)。HF帯の電離圏反射と、スポラディックE層による数10 MHz帯の異常伝搬を説明。UHF化後の地上テレビではスポラディックE層によるテレビ混信が解消されたとの評価もある。
https://swc.nict.go.jp/knowledge/guide.html
https://www2.nict.go.jp/spe/benchmark/pdf/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E6%8F%90%E8%A8%80%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%AE%87%E5%AE%99%E5%A4%A9%E6%B0%97%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E8%AA%BF%E6%9F%BB.pdf
[12] 47 CFR §15.235およびFCC Annual Report, Fiscal Year 1995(FCC 1995年度年次報告)。49.82~49.90 MHz帯のPart 15規定と、49 MHzコードレス電話、ベビーモニター、ウォーキートーキー等の存在を確認。49 MHz機器の性能不足がFRS創設の直接原因だったとするFCC一次資料は確認できなかった。
https://www.govinfo.gov/content/pkg/CFR-2024-title47-vol1/pdf/CFR-2024-title47-vol1-part15.pdf
https://docs.fcc.gov/public/attachments/DOC-308699A1.pdf
[13] フランスLégifrance。Radiocommunications professionnelles simplifiées(簡易業務無線、RPS)の446.950 MHz、446.975 MHz、446.9875 MHzとPMR 446への移行過程を確認。
https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000000612625
https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000000761301
[14] 英国Wireless Telegraphy (Exemption) Regulations 1999(無線電信免許免除規則1999年)。PMR 446を新たな免許免除カテゴリーとして導入。
https://www.legislation.gov.uk/uksi/1999/930/pdfs/uksi_19990930_en.pdf
[15] FCC 17-57, 2017年。FRS/GMRS複合機、2 W以下の機器のFRS再分類、FRSチャネル1~7および15~22の2 W ERP化を確認。
https://docs.fcc.gov/public/attachments/FCC-17-57A1_Rcd.pdf
[16] 総務省統計局「Statistical Handbook of Japan 2024」。2020年人口密度は日本338.2人/km²、オランダ517.8人/km²、ベルギー381.9人/km²。U.S. Census Bureau(米国国勢調査局)によれば米国は2020年93.8人/平方マイル。
https://www.stat.go.jp/english/data/handbook/pdf/2024half_1.pdf
https://www.census.gov/data/tables/time-series/dec/density-data-text.html
[17] JVCケンウッド「Demitoss Q&A」。特定小電力トランシーバーの交信距離について、市街地約100~200 m、見通しのよい郊外約1~2 kmを使用目安として掲載。
https://www.kenwood.com/jp/com/license-free/qa/
[18] ECC Report 369(ECC報告書369)“Technical Feasibility and Implications of Increasing Power for Private Mobile Radio in the 446.0-446.2 MHz Frequency Band”、2026年1月30日。500 mWと1 Wの条件を比較検討。
https://docdb.cept.org/document/28663
[19] CEPT Work Item FM62_03。2026年9月4日現在、PMR 446を1 W e.r.p.へ対応させるECC Decision (15)05改定作業は「In Progress」、目標日は2027年2月26日。
https://eccwp.cept.org/WI_Detail.aspx?wiid=862
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