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「JA10」のいた堎所

1978幎、7 MHz垯の倖瞁郚

1978幎、私は7 MHz垯を聞いおいた。

圓時の7 MHz垯を思い出すず、たず耳によみがえるのは混雑である。

呚波数を少し動かせば誰かがいる。匷い局のすぐ脇に別の局がいお、そのさらに脇からも声がする。受信機の遞択床がよくなければ、いく぀もの声が重なり、䜕を蚀っおいるのかさっぱり分からなくなるこずさえあった。

珟圚のようにスペクトラムスコヌプを眺め、空いおいる堎所を芖芚的に探す䞖界ではない。

ダむダルを回し、耳を柄たせ、少し戻す。

そうやっお䞀局ず぀声を拟っおいった。

あのころの7 MHz垯は、私には䞀皮の「声の密林」のように聞こえおいた。

そしお、その密林には境界があった。

7,100 kHz。

私はその向こう偎も聞いおいた。

そこからも日本語の声が聞こえ、その䞭で実際に耳にした呌出笊号の䞀぀が、

「JA10  」

だった。

「ゞェむ・゚む・テン」。

埌になっお昔話ずしお知った名前ではない。1978幎、私自身が受信機の前で聞いた蚘憶である。

ただし、圓時の録音や、日付、時刻、正確な呚波数を曞き留めた受信蚘録を珟圚提瀺するこずはできない。したがっお、本皿で語るJA10の様子や7,100 kHzより䞊の雰囲気は、筆者自身の回想である。

䞀方、7,100 kHzが圓時のアマチュアバンドの䞊端だったこずは、公的資料から確認できる。


7 MHzは声の密林だった

1970幎代、日本のアマチュア無線局は急速に増えおいた。

日本アマチュア無線連盟JARLの公匏幎衚によれば、日本のアマチュア局数は1975幎4月に30䞇局を超え、圓時、米囜を抜いお䞖界1䜍ずなった。[1]

もちろん30䞇局すべおが7 MHz垯に集たっおいたわけではない。

しかし7 MHz垯は、囜内通信にも遠距離通信にも䜿われる重芁なHF垯だった。その䞀方、圓時の日本の7 MHzアマチュアバンドは100 kHzしかなかった。

筆者の蚘憶では、その100 kHzに声がひしめいおいた。

隣接する局を十分に切り分けられる受信機でなければ、匷い局の音声が脇から入り蟌み、匱い局は容易に埋もれた。

受信機の目盛りは敎然ず䞊んでいる。

耳に入る䞖界は、そうではなかった。

倚くの声の䞭から䞀぀だけを聞き分けるずいう意味で、圓時の7 MHz垯はたさに密林だった。


10 Wの時代ず、声の競争

圓時の無線を珟圚ず同じ電力感芚で眺めるず、分かりにくいずころがある。

筆者の蚘憶では、10 Wを超える免蚱を受けた局は珍しかった。

この「珍しかった」ずいう郚分は筆者の回想であり、1978幎の局数統蚈によっお今回確認できた事実ではない。

ただしJARLの蚘録には、圓時の電力事情を考える興味深い蚌蚀が残っおいる。

2001幎、JARLが総務省のヒアリングで過去の免蚱情報に぀いお説明した際、

「JARL NEWSでも10 W以䞊の局のリストを出した」

こずが述べられおいる。[2]

ここで「10 W以䞊」ずなっおいるのは、JARL資料の原文である。

10 Wちょうども数孊的には「10 W以䞊」に含たれるため、本皿では匕甚箇所以倖に぀いお、10 Wを䞊回るこずを意味するずきは「10 Wを超える」たたは「10 W超」ず蚘す。

同じJARLの蚘録では、か぀おアマチュア局の免蚱情報が官報に掲茉され、それをもずにコヌルブックが䜜られおいたこず、埌に官報ぞの告瀺がなくなるず、亀信盞手の免蚱内容を確認しにくくなった事情も説明されおいる。[2]

珟圚のように、コヌルサむンを入力しおその堎で免蚱情報を怜玢する環境はなかった。

そんな時代に、倖囜局から日本局に぀いお、

“JA is all ten watts.”

ずいった調子で皮肉られるこずがあった。

「日本局はみんな10 Wだ」ずいう意味である。

免蚱䞊は10 Wだずいうが、それにしおは匷すぎないか――ずいう含みだった。

この英語衚珟そのものに぀いおは、1970幎代の公匏資料たたは同時代䞀次資料から今回確認するこずはできなかった。ここは筆者の蚘憶ずしお蚘しおおく。

䞀方、CQ出版瀟のアマチュア無線甚語集には「Japanese 10W」ずいう項目があり、免蚱状䞊は10 W局でありながら、10 Wずは思えない匷い電波を出すオヌバヌパワヌ運甚を揶揄した蚀葉だったず説明されおいる。[3]

圓時、実際にどれほどのオヌバヌパワヌ局が存圚したのかを瀺す公的統蚈は、今回確認できなかった。

それでも、そうした皮肉が通甚する背景があったこずは分かる。

そしお7 MHz垯には、パむルアップずいう別の競争もあった。

珍しい局を倚くの局が䞀斉に呌ぶ。

こちらも呌ぶ。

しかし取られない。

もう䞀床呌ぶ。

今床は匷い局にかぶされる。

盞手から返事をもらえるのは䞀局だけである。

アンテナ、䌝搬、運甚技術、タむミング。さたざたな差が結果に衚れた。

ここから先は筆者の仮説になる。

こうした競争に疲れたり、匷い局に負け続けお鬱屈したりした者の䞀郚が、憂さ晎らしのように7,100 kHzより䞊ぞ来るこずもあったのではないか。

もちろん、JA10を名乗った者たちの動機を瀺す資料はない。

ただ、正芏バンドずその倖偎で、私が耳にした人間の振る舞いには明らかな違いがあった。


7,100 kHzずいう村境

1978幎4月20日の囜䌚で、郵政省の森島展䞀説明員は、圓時の7 MHzアマチュアバンドを、

7,0007,100 kHz

ず答匁しおいる。[4]

私がJA10を聞いたのず同じ1978幎の政府蚘録である。

したがっお圓時の7 MHz垯は、

  • 䞋端 7,000 kHz

  • 䞊端 7,100 kHz

  • 垯域幅 100 kHz

だった。

7,100 kHzは制床䞊の明確な境界だった。

しかし、電波そのものに境界はない。

受信機のダむダルを回せば、

7,099 kHz、

7,100 kHz、

7,101 kHz、

ず連続しお進んでいく。

しかも筆者が圓時䜿い、芋聞きしおいたVFO匏無線機には、7,100 kHzに達したずころで機械自身が送信を止める機胜はなかった。

ここで述べおいるのは、1970幎代に存圚したすべおの無線機を調査した結論ではない。筆者が圓時扱い、芋聞きした機噚に぀いおの蚘憶である。

制床には境界がある。

VFOには、その境界を瀺す壁がない。

最埌に止めるのは運甚者だった。

珟圚の囜内向け垂販機では、受信できる呚波数範囲ず送信できる範囲を分けお制埡するこずができる。たずえば八重掲無線のFT-710は30 kHz75 MHzを受信できる䞀方、送信呚波数範囲はメヌカヌ仕様䞊、アマチュアバンド内に限定されおいる。[5]

珟代のすべおの技術基準適合蚌明機が同䞀の方法で制埡されるずいう意味ではない。

重芁なのは、1978幎の7,100 kHzの境界が、珟圚より匷く運甚者自身の刀断に委ねられおいたずいうこずである。

向こう偎は遠くなかった。

VFOの぀たみを、少し回した先にあった。


境界を越えるず、䌚話の圢が倉わった

私が蚘憶しおいる7,100 kHzより䞊の特城は、局が存圚したこずより、䌚話の圢が倉わったこずにある。

正芏バンド内にも混信はあり、マナヌの悪い局もいただろう。

それでも基本的には、

誰かが盞手を呌び、

盞手が応答し、

䞀方が話しお、もう䞀方ぞ送信を枡す。

そうした「亀信」の圢が芋えた。

ずころが7,100 kHzより䞊では、私の耳には違うものが聞こえた。

誰か䞀人が䜕かを蚀う。

誰かが反応する。

別の者が割り蟌む。

さらに別の声が、その発蚀ぞ返す。

誰ず誰が亀信しおいるのか分からなくなる。

䞀察䞀の亀信がいく぀も䞊んでいるずいうより、

ひずりがその堎ぞ投げた蚀葉に、居合わせた者たちが思い思いに反応しおいる。

そんな空間だった。

混沌ずしおいる。

しかし、互いに無関係な雑音ではない。

そこには人間同士の反応があり、その堎だけの流れがあった。


1978幎の匿名掲瀺板

珟圚の蚀葉で説明するなら、私はあの空間を匿名掲瀺板にたずえたくなる。

もちろん1978幎に、珟圚のようなむンタヌネット䞊の匿名掲瀺板は存圚しない。これは埌䞖から振り返った比喩である。

誰かが䞀蚀曞き蟌む。

誰かが反応する。

暪から別人が入る。

茶々が入る。

反論が来る。

さらに別の者が反応する。

発蚀者の玠性はよく分からない。

それでも垞連らしい者どうしには、互いが分かっおいるような気配がある。

私が聞いた7,100 kHzより䞊の空間には、それに䌌たものがあった。

正芏バンドのパむルアップでは、盞手に拟っおもらわなければ亀信は始たらない。

ずころがそこでは、誰かに遞ばれる必芁はなかった。

䜕かを蚀えば、誰かが反応する。

片方には、盞手を遞び、盞手から遞ばれる通信がある。

もう片方には、広堎ぞ蚀葉を投げ蟌む通信がある。

私には、7,100 kHzずいう境界の向こうで、䌚話の䜜法そのものが倉わったように聞こえた。


その䞭で「JA10」が聞こえた

「JA10」は、その空間で聞いた。

私は、その名称の由来には関心がない。

誰が最初に䜿ったのか。

なぜ「10」なのか。

どこで始たったのか。

本皿で知りたいのは、そこではない。

重芁なのは、どのような堎所でJA10ずいう呌出笊号が聞こえおいたかである。

そしおJA10の蚘憶は、筆者だけのものでもない。

アむコム株匏䌚瀟が2007幎に掲茉したJA7NL・菊池聖貢氏の回想には、少幎時代に「JA10  」ずいうコヌルサむンを受信したこず、その埌、自らも䞀時JA10を名乗った経隓が蚘されおいる。[6]

たたCQ出版瀟の2021幎の読者欄にも、玄50幎前の『CQ ham radio』を読み返した読者が「アンカバJAテンの話」を懐かしむ蚘述がある。[7]

いずれも行政の公匏資料ではない。

今回確認した範囲でも、1970幎代の郵政省などの公文曞に「JA10」ずいう集団の芏暡や実態を蚘録した資料は芋぀かっおいない。

したがっお、本皿でJA10の党貌を説明するこずはできない。

分かるのは、耇数の無線家の蚘憶に、その呌び名が残っおいるずいうこずたでである。


公文曞ず耳の蚘憶

公文曞は、境界を蚘録するのが埗意である。

呚波数割圓お。

局数。

行政措眮。

こうしたものは埌から確認できる。

JARLの幎衚には、1971幎1月に「7 MHz䟵入電波調査アマチュア局䞀斉停波」を実斜した蚘録も残っおいる。[8]

ただし、この調査をJA10察策だったずする公匏資料は今回確認できなかった。

1978幎の囜䌚答匁では、䞭囜の攟送波が7 MHzアマチュアバンド内ぞ入り蟌んでいた問題も論じられおいる。[4] 「䟵入電波」ずJA10を結び付けお考えるこずは避けるべきだろう。

䞀方、公文曞には残りにくいものがある。

誰かの䞀蚀に、どんな声が返っおきたか。

どんな調子でからかい合っおいたか。

垞連たちはどのように互いを認識しおいたか。

その堎にどんな空気が流れおいたか。

こうしたものは、耳の蚘憶の偎ぞ残る。

民俗孊が拟うのは、しばしばこちらである。

制床を蚘録した文曞ず、その制床の呚蟺で人間がどう振る舞ったかずいう蚘憶。

䞡方を重ねるず、呚波数衚だけでは芋えない颚景が珟れる。


倖瞁郚の生態

生物の䞖界では、生息域の䞭心ずその瞁で同じ行動が芋られるずは限らない。

森林の内郚ず林瞁では、光も颚も違う。

川の本流ず淀みでは、集たる生きものも異なる。

無線の呚波数垯を自然生態系ず同じものずしお扱うこずはできない。

それでも「倖瞁」ずいう蚀葉は、1978幎の7 MHz垯を思い出すずよく䌌合う。

䞭心郚には、倚数の局がいた。

パむルアップがあった。

盞手に拟っおもらう競争があった。

䞀定の亀信䜜法があった。

そしお7,100 kHzを少し越えたずころには、別の振る舞いがあった。

䞀人の発蚀に倚数が反応する。

暪から声が入る。

誰に向けた送信なのか曖昧になる。

その䞭からJA10ずいう呌出笊号も聞こえた。

なぜ、そのような堎所が生たれたのかは分からない。

混雑だったのか。

競争ぞの鬱屈だったのか。

仲間内で自由に話したかったのか。

その因果関係を瀺す公匏資料はない。

だから私は理由を決めない。

ただ、正芏バンドのすぐ倖偎に、正芏バンドずは異なる声の生態があったこずを、自分の蚘憶ずしお蚘しおおきたい。


境界が動いた

この話には埌日談がある。

2009幎、日本の7 MHzアマチュアバンドは、

7,0007,100 kHz

から、

7,0007,200 kHz

ぞ拡倧された。[9]

7,1007,200 kHzが日本で䜿甚可胜になったのは2009幎3月30日である。[9]

その背景には、

World Radiocommunication Conference 20032003幎䞖界無線通信䌚議、WRC-03

での囜際的な呚波数分配の倉曎があった。[10]

1978幎には倖偎だった7,150 kHzも、珟圚では日本の7 MHzアマチュアバンドの内偎にある。

7,150 kHzずいう堎所が動いたわけではない。

動いたのは、人間が匕いた境界だった。

か぀おの倖瞁郚の䞀郚は、埌に内偎ぞ線入されたのである。


「JA10」のいた堎所

「JA10」ずは䜕だったのか。

その由来を解くこずは、私には重芁ではない。

私が芚えおいるのは、その名が聞こえおきた堎所である。

1978幎。

7,100 kHzの向こう偎。

そこでは、誰かが発した蚀葉に誰かが反応し、その反応に別の声が重なった。

珟圚の匿名掲瀺板にも䌌た、発蚀ず反応の連鎖があった。

公文曞は7,100 kHzずいう境界を残しおくれた。

幎衚は、その時代のアマチュア局数を残しおくれた。

無線家の回想には「JA10」や「JAテン」ずいう呌び名が残った。

しかし、あの堎所の空気たでは蚘録されおいない。

それは受信機の前にいた者の耳ぞ残った。

生物孊者が、か぀おそこに棲んだ生きものを足跡から考えるように。

民俗孊者が、消えた習慣を人々の蚘憶から拟うように。

私も、1978幎のダむダルをもう䞀床思い出す。

7,095 kHz。

7,100 kHz。

そしお、その少し向こう。

そこには、

声の生態があった。


蚻釈・資料

[1] 日本アマチュア無線連盟JARL「アマチュア無線幎衚・1975幎1988幎」。1975幎4月、日本のアマチュア局数が30䞇局を超え、圓時䞖界1䜍になったず蚘録しおいる。JARL公匏資料。
https://www.jarl.org/Japanese/A_Shiryo/A-6_History/History-03.htm

[2] 日本アマチュア無線連盟JARL「電波の利甚状況の公衚等に関する調査研究䌚ヒアリング」。か぀おの免蚱情報公開ず、「JARL NEWSでも10 W以䞊の局のリストを出した」ずの説明を収録。JARL公匏蚘録。ここで「10 W以䞊」は資料原文である。この資料だけから1978幎圓時の10 W超局の総数や比率を確定するこずはできない。
https://www.jarl.org/Japanese/2_Joho/2-2_Regulation/hearing.htm

[3] CQ出版瀟「アマチュア無線甚語集 J」。Japanese 10Wに぀いお、10 W免蚱局によるオヌバヌパワヌ運甚を揶揄した蚀葉ずしお説明しおいる。出版瀟資料であり、行政の公匏資料ではない。たた、“JA is all ten watts.” ずいう衚珟そのものを蚌明する資料ではない。
https://www.cqpub.co.jp/cqham/amawords/word_j.htm

[4] 囜立囜䌚図曞通「第84回囜䌚 衆議院内閣委員䌚 第14号 1978幎4月20日」。郵政省の森島展䞀説明員が7 MHz垯のアマチュアバンドを7,0007,100 kHzず説明しおいる。政府公匏䞀次資料。
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108404889X01419780420/317

[5] 八重掲無線「FT-710 䞻芁定栌」。受信呚波数範囲ず送信呚波数範囲を別に蚭定する珟圚の垂販機の䟋ずしお参照。メヌカヌ公匏資料。
https://www.yaesu.com/jp/amateur_index/product/ft-710/spec.html

[6] アむコム株匏䌚瀟「JA7NL 菊池聖貢氏 No.5 菊地少幎ハムに」。「JA10」ずいうコヌルサむンを受信し、自身も䞀時JA10を名乗った経隓を回想しおいる。政府公匏資料ではない。
https://www.icom.co.jp/personal/beacon/ham_life/kikuchi/654/

[7] CQ出版瀟「読者の声CQ ham radio 2021幎8月号」。「アンカバJAテンの話」に蚀及する読者投皿。埌幎の回想であり、1970幎代の行政䞀次資料ではない。
https://ham.cqpub.co.jp/2021/07/18/reader202108/

[8] 日本アマチュア無線連盟JARL「アマチュア無線幎衚・1945幎1974幎」。1971幎1月の「7 MHz䟵入電波調査アマチュア局䞀斉停波」を蚘録。JA10察策だったずする公匏資料は今回確認できなかった。
https://www.jarl.org/Japanese/A_Shiryo/A-6_History/History-02.htm

[9] 日本アマチュア無線連盟JARL「7 MHz垯拡倧蚘念QSOパヌティヌ」ほか。7 MHz垯の7,0007,200 kHzぞの拡倧ず、7,1007,200 kHzが2009幎3月30日から䜿甚可胜になったこずを確認できる。
https://www.jarl.org/Japanese/1_Tanoshimo/1-1_Contest/7qp/7qp.htm
https://www.jarl.org/Japanese/2_Joho/2009_news-3.htm

[10] World Radiocommunication Conference 20032003幎䞖界無線通信䌚議、WRC-03における7 MHz垯の分配倉曎に関する資料。
https://www.jarl.org/Japanese/2_Joho/2-1_Digest/2003/0309-wrc03.pdf
https://www.itu.int/itunews/issue/2003/06/solutions.html


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