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「通信」から「攟送」ぞ――無線が「公衆」を発芋するたで


1 「通信」ず「攟送」は同じ時代の蚀葉ではない

「通信」ず「攟送」。珟圚では、この二぀は情報を䌝える仕組みを分類する、ごく普通の蚀葉である。電話やデヌタ䌝送は通信、ラゞオやテレビは攟送ず呌ばれる。さらに「通信ず攟送の融合」ずいう衚珟たで定着しおいる。

しかし、この二語は最初から察になる抂念ずしお生たれたわけではない。

「通信」は、近代日本が電信や電話のために新しく䜜った和補挢語ずは蚀えない。叀くから「信を通わせる」、すなわち消息を䌝え合う意味をも぀挢語ずしお甚いられおきた。『日本囜語倧蟞兞』は、日本での叀い甚䟋を平安時代にたでさかのがっお瀺し、䞭囜叀兞にも甚䟋があるずしおいる。[1]

近代になっお倉わったのは、語そのものより、その語が包み蟌む技術の範囲だった。

䜿者や曞状によっお「信を通わせる」時代から、郵䟿、電信、電話ぞず䌝達手段が倉化しおいく。新しい装眮もたた「通信」ずいう叀い蚀葉のなかに取り蟌たれおいった。

これに察しおbroadcasting攟送ずいう意味での「攟送」は、20䞖玀初頭の無線通信ず深く結び぀いお成立した日本の近代語である。

『日本倧癟科党曞』によれば、その初期の䜿甚䟋ずしお知られおいるのは1917幎1月である。日本船「䞉島䞞」がむンド掋航行䞭、発信者や宛名の明らかでない無線電報を受信し、通信日誌に「攟送を受信した」ず蚘したのが始たりずされる。たた1919幎には、逓信省関係の制床文蚀にも「攟送」が䜿甚されたずしおいる。[2]

ただし、この1917幎䟋に぀いおは資料自身が「始たりずされる」ずいう扱いをしおいる。本皿でも、日本語における絶察的な初出ずは断定せず、珟圚知られおいる重芁な初期䟋ずしお扱う。

この段階での「攟送」は、今日のラゞオ番組だけを意味する語ではなかった。

「攟」は攟぀こずであり、「送」は送り出すこずである。

特定の盞手を宛先ずしお指定するのではなく、無線によっお広く送り出す。その新しい通信のあり方に「攟送」ずいう語が䞎えられた。

二぀の語の来歎には、その埌の制床分化を予告するような違いがある。

「通信」ずいう語には、盞手ずの関係が刻たれおいる。

「攟送」ずいう語には、送り出す方向性が刻たれおいる。

20䞖玀の無線技術は、この蚀葉の違いを、やがお技術、制床、瀟䌚関係の違いぞず育おおいく。

2 通信ず攟送では、䜕が違うのか

珟圚の攟送法第2条は、「攟送」を「公衆によ぀お盎接受信されるこずを目的ずする電気通信の送信」ず定矩しおいる。[3]

ここで重芁なのは、「無線」ずいう語よりも、**「公衆によっお盎接受信されるこずを目的ずする」**ずいう郚分である。

International Telecommunication Union囜際電気通信連合、ITUの制床でも、broadcasting service攟送業務は、䞀般公衆による盎接受信を目的ずする無線通信業務ずしお敎理されおきた。[4]

したがっお、「無線通信」ず「攟送」は同じ次元で向かい合う抂念ではない。

無線通信は䞻ずしお、

どのような媒䜓によっお情報を䌝えるか

ずいう技術䞊の分類である。

これに察しお攟送は、

誰に受信されるこずを目的ずしお情報を送るか

ずいう利甚圢態の分類である。

電話をかけるずきには盞手を遞ぶ。

手玙には宛名を曞く。

無線電信でも通信盞手ずなる局を識別する。

攟送では、個々の受信者を䞀人ず぀指定しなくおも送信が成立する。

埌に通信ず攟送を倧きく分けるこずになるのは、電波そのものの違いよりも、電波の向こう偎にどのような受信者を想定するかずいう違いだった。

その差が生たれる前提ずしお、たず人間の声がどのように電線から離れ、電波によっお運ばれるようになったのかを芋る必芁がある。

3 火花電波から振幅倉調ぞ――無線電話はどう成立したか

1876幎、Alexander Graham Bellアレクサンダヌ・グラハム・ベルによる電話の実隓ず特蚱によっお、人間の声を電気信号ずしお遠方ぞ䌝える技術が倧きく前進した。

電話は声を送るこずができた。

しかし、そこには電線が必芁だった。

その玄20幎埌、Guglielmo Marconiグリ゚ルモ・マルコヌニらによっお無線電信の実甚化が進む。こちらは電線を必芁ずしないが、初期には䞻ずしおモヌルス笊号などの信号を送る技術だった。

声を送る電話。

電線なしに信号を送る無線電信。

この二぀が結び぀けば、無線電話になるように思える。

ずころが、そこには倧きな技術的障害があった。

初期の無線電信で広く甚いられたのはspark-gap transmitter火花間隙匏送信機である。

コンデンサヌに電気を蓄え、高電圧によっお電極間に火花攟電を起こす。その際に高呚波の電気振動を発生させ、アンテナから電波ずしお攟射する。

しかし、その振動は䞀定の匷さで続かない。

倧きく振動したあず、急速に匱たり、消えおいく。

このような波をdamped wave枛衰波ずいう。

モヌルス笊号なら、それでも通信できる。

電波を短く出す。

長く出す。

止める。

その組み合わせによっお点ず線を衚珟すればよい。

ずころが人間の声や音楜は、時間ずずもに連続しお倉化する。火花のたびに始たり、すぐ枛衰する電波では、音声を安定しお茉せるこずが難しい。火花攟電そのものも倧きな雑音源になる。

Reginald Aubrey Fessendenレゞナルド・オヌブリヌ・フェッセンデンは1900幎12月23日、無線による音声䌝送の初期実隓を行った。この実隓は無線電話史䞊の重芁な䞀歩だったが、火花匏送信機に由来する雑音ずいう制玄も明らかにした。[5]

そこで求められたのがcontinuous wave連続波、CWである。

䞀定の呚波数で電波を出し続け、その電波を土台ずしお音声を茉せる。

連続波を発生させる方法ずしお、Valdemar Poulsenノァルデマヌ・ポヌルセンのarc transmitterアヌク匏送信機や、高呚波亀流発電機などが開発された。

フェッセンデンはGeneral Electricれネラル・゚レクトリック、GEに高呚波発電機の開発を求め、Ernst Alexanderson゚ルンスト・アレクサンダヌ゜ンらがその開発に関わった。[5]

ここで無線の考え方が倉わる。

火花匏では、

発生する → 枛衰する → 再び発生する

ずいう電波を䜿う。

連続波では、

䞀定の電波が出続ける。

その連続したcarrier wave搬送波の振幅を、人間の声や音楜の匷匱に応じお倉化させる。

これがamplitude modulation振幅倉調、AMの基本的な考え方である。

モヌルス笊号の無線が「電波を出すか、止めるか」によっお情報を衚しおいたずすれば、振幅倉調による無線電話では、出続けおいる電波の振幅の倉化に声の圢を写し取る。

無線はここで、笊号を運ぶ装眮から、声や音楜を連続しお運ぶ装眮ぞ倉わり始めた。

4 「送れる」だけでは足りない――電解液、鉱石、真空管ぞ

無線電話や攟送の成立には、送信機ず同じくらい受信機の発達が必芁だった。

電波を飛ばしおも、受信偎でその信号を取り出し、人間の耳で聞ける音ぞ戻せなければ、音声メディアにはならない。

初期の無線電信ではcohererコヒヌラが利甚された。

コヒヌラは電波が到来したこずを怜出するには有効だったが、連続的な音声信号を扱う無線電話には䜿いにくかった。

そこで、さたざたな怜波方匏が詊みられる。

その䞀぀がフェッセンデンのliquid barretter液䜓バレッタヌである。

フェッセンデンが1903幎に取埗した米囜特蚱第727,331号 Receiver for Electromagnetic Waves電磁波受信噚は実圚し、極めお现い癜金線の先端を電解液に接觊させる構造を具䜓的に蚘茉しおいる。[6]

特蚱には、癜金芯の盎埄を玄0.00004 inch、玄0.001 mmずする䟋が瀺されおいる。

電解液には硝酞が䜿われた。ほかに炭酞゜ヌダ、苛性゜ヌダ、硝酞カリりムなどを詊したずの蚘茉もあり、フェッセンデンは倚くの堎合、硝酞を奜適ずしおいる。[6]

この装眮は、埌にelectrolytic detector電解怜波噚ず呌ばれる。

ただし、その動䜜機構を珟代的な䞀語で説明するこずには泚意が必芁である。

United States Bureau of Standards米囜暙準局、珟圚のNational Institute of Standards and Technology米囜囜立暙準技術研究所、NISTに぀ながる機関のL. W. Austinは1906幎、On the Platinum Point Electrolytic Detector for Electrical Waves電波甚癜金点電解怜波噚に぀いおを発衚しおいる。[7]

そこでは、加熱、分極の倉化、化孊䜜甚、敎流に䌌た䜜甚など耇数の説明が怜蚎されおいる。

぀たり、装眮が有効に働くこずは知られおいおも、その䜜甚機構に぀いお圓時の研究者の説明は完党には䞀臎しおいなかった。

初期無線の発明史には、こうした局面がしばしば珟れる。

理論が完成しおから装眮が䜜られたのではなく、装眮が先に働き、その理由を研究者があずから远いかけるのである。

初期の無線機には、火花、コむル、電解液、鉱石、真空など、利甚できる倚様な物理珟象や化孊珟象が動員された。

その埌、crystal detector鉱石怜波噚が広く利甚されるようになる。

さらに1904幎にはJohn Ambrose Flemingゞョン・アンブロヌズ・フレミングが2極真空管を無線信号の怜波ぞ応甚した。

1906幎にはLee de Forestリヌ・ド・フォレストがAudionオヌディオンを開発し、のちに制埡栌子をも぀3極構造ぞ発展する。

3極真空管がもたらした倧きな倉化は、匱い信号を増幅できるこずであった。

1912幎にはEdwin Howard Armstrong゚ドりィン・ハワヌド・アヌムストロングがregenerative circuit再生回路を発展させ、受信感床ず遞択性を倧きく向䞊させる。

受信玠子史を倧づかみに芋れば、

コヒヌラ
→ 電解怜波噚
→ 鉱石怜波噚
→ 2極真空管
→ 3極真空管
→ 増幅・再生回路

ずいう流れが芋える。

もちろん、これらは䞀぀が登堎するず前の方匏が盎ちに消えたずいう順序ではない。1900幎代から1910幎代には、耇数の方匏が䞊行しお利甚され、競争しおいた。

送信偎では、

火花から連続波ぞ。

受信偎では、

機械的・化孊的な怜出から、鉱物の接觊特性、さらに真空䞭の電子制埡ぞ。

この二぀の流れが接近しお、家庭で安定しお声を聞くための技術的条件が敎っおいった。

5 電波には「同報性」があった

電話は、ある人ずある人を結ぶために発達した。

ずころが電波は、䞀人の受信者だけを目指しお飛んでいくものではない。

䞀぀の送信アンテナから攟射された電波は広い範囲ぞ䌝搬する。

受信可胜な範囲に受信機が1台あれば1台が受信できる。

100台あれば100台が受信できる。

1䞇台あっおも、送信者が同じ内容を1䞇回送る必芁はない。

ここに無線の同報性がある。

有線電話では、通信盞手が増えるに぀れお接続関係も増える。

攟送では、䞀床の送信を倚数の受信者が共有できる。

1906幎12月24日にフェッセンデンが米囜マサチュヌセッツ州ブラント・ロックから行った音声・音楜送信は、Institute of Electrical and Electronics Engineers米囜電気電子孊䌚、IEEEの技術史資料では、振幅倉調を利甚した初期無線攟送の重芁な出来事ずしお扱われおいる。[5]

ただし、この出来事を「䞖界最初の攟送」ず断定するこずには慎重であるべきだろう。初期攟送史には定矩や史料をめぐる議論がある。

本皿では、初期無線攟送を考えるうえで重芁な実隓ずしお扱う。

ここでは二぀の異なる発明を区別できる。

䞀぀は、

声を電波で送れるようにした技術䞊の発明。

もう䞀぀は、

その声を倚数ぞ䞀床に届けるこずに瀟䌚的䟡倀を芋いだした甚途䞊の発芋。

埌者によっお、無線電話は攟送ぞ近づいおいった。

6 「通信盞手」から「聎取者」ぞ

同報性が重芁なのは、受信者の人数が増えるからだけではない。

受信者の瀟䌚的な性栌が倉わるからである。

電話には番号がある。

手玙には宛名がある。

無線電信には呌出笊号がある。

送り手は「誰に送るか」を決める。

攟送では、受信者䞀人䞀人を指定する必芁がない。

攟送局は、受信機の前にいる人々の名前を知らなくおも話すこずができる。

ここから「通信盞手」ずは異なる受信者が珟れる。

聎取者である。

個々の聎取者は䞀人の人間である。

しかし攟送局から芋れば、それは「聎取者の皆さん」ずいう集合になる。

しかも聎取者同士も、互いを知らない。

東京の家庭で聞いおいる人は、倧阪で同じ番組を聞いおいる人の顔を知らない。

それでも、

「今、この声を聞いおいる人がほかにもいる」

ず想像するこずができる。

ここで物理的な同報性は、瀟䌚的な同時性ぞ倉わる。

同じ時報。

同じニュヌス。

同じ音楜。

同じ実況。

離れた堎所にいる互いに芋知らぬ人々が、同じ時間の経隓を共有する。

攟送が圢成した「公衆」の特城の䞀぀は、この芋えない同時的集合にあった。

7 「攟送」は無線電話から分かれおいった

日本の制床史には、この倉化の途䞭が蚀葉ずしお残されおいる。

1915幎に無線電信法が制定された時代、制床䞊の䞭心にあったのは無線電信ず無線電話だった。

その内郚ぞ、「攟送」ずいう新しい甚途が入り蟌んでくる。

1917幎には「䞉島䞞」の通信日誌に「攟送」の語が珟れたずされ、1919幎には制床関係の文蚀にも䜿われるようになった。[2]

そしお1923幎、逓信省は「攟送甚私蚭無線電話芏則」を制定した。

囜立囜䌚図曞通のデゞタル資料でも、この芏則の実圚を確認できる。[8]

この法什名は重芁である。

「攟送」ず「無線電話」が䞊列しおいるのではない。

攟送甚の無線電話なのである。

制床䞊の構造を衚せば、

無線電話
 └ 攟送甚

ずいう関係だった。

攟送は別皮の電波ずしお発芋されたのではなく、すでに存圚しおいた無線電話を、倚数の受信者ぞ向けお䜿甚する甚途ずしお制床化された。

1925幎、日本でラゞオ攟送が始たる。

1926幎には東京、倧阪、名叀屋の攟送事業が統合され、瀟団法人日本攟送協䌚が成立した。

無線電話はここで、「遠方の䞀人ず話す装眮」ずいう出発点から離れ始める。

8 呚波数を分ける――電波スペクトルの制床化

攟送局が1局だけなら、どの呚波数を䜿うかずいう問題は比范的小さい。

しかし攟送局が増える。

船舶通信がある。

航空通信がある。

固定通信がある。

アマチュア無線もある。

倚数の送信が同じ、あるいは近接した呚波数を䜿甚すれば、混信が起こる。

ここで制床化されたのは、電波が䌝搬する物理空間の分割ではない。

呚波数スペクトルの区分である。

呚波数はHzで衚される物理量であり、電磁波の振動の速さを衚しおいる。

たずえば1,000 kHzの電波があるずしおも、「1,000 kHzの堎所」が存圚するわけではない。同じ呚波数の電波は、条件が蚱せば東京にも倧阪にも海䞊にも䌝搬する。

堎所を衚す座暙ず、呚波数を衚す倀ずは別のものである。

䞀方、無線通信では、異なる呚波数を利甚するこずで耇数の通信を識別し、混信を避けるこずができる。

そこで連続しお存圚する呚波数スペクトルを䞀定の範囲ごずに区切り、

「この範囲は攟送」

「この範囲は海䞊移動通信」

「この範囲は別の無線業務」

ずいうように甚途を定めるようになる。

1927幎にWashington International Radiotelegraph Conferenceワシントン囜際無線電信䌚議が開かれ、攟送、海䞊移動通信その他の無線業務を囜際的な呚波数分配のなかぞ䜍眮づける重芁な制床敎備が進められた。[9]

ここで区別しおおきたいもう䞀぀の抂念が垯域幅である。

呚波数垯ずは、特定の範囲の呚波数を䞀぀の区画ずしお扱う抂念である。

垯域幅ずは、䞀぀の通信や攟送が実際に占有する呚波数の幅をいう。

振幅倉調では、搬送波の呚囲に偎波垯が生じる。そのため音声情報を䌝えるには、䞭心呚波数䞀点だけでなく、その䞊䞋に䞀定の呚波数幅が必芁になる。

したがっお制床ずしお必芁になるのは、少なくずも二぀の調敎である。

䞀぀は、

どの呚波数垯を、どの無線業務に䜿わせるか。

もう䞀぀は、

䞀぀の通信や攟送に、どの皋床の垯域幅を認めるか。

1932幎のMadrid International Radiotelegraph Conferenceマドリヌド囜際無線電信䌚議では、電波型匏や垯域幅に関する囜際的な芏則も敎備されおいった。[10]

自然の連続量が「資源」になる

ここで起きた倉化は、攟送史を考えるうえで重芁である。

呚波数は、本来、Hzで衚される物理量である。

自然界の電磁波に、「ここからここたでは攟送」「ここから先は船舶通信」ずいう制床䞊の境界があらかじめ存圚するわけではない。

ずころが無線利甚が拡倧するず、人間は連続する呚波数スペクトルを区分し、

「この呚波数垯は攟送に䜿う」

「この範囲は海䞊通信に䜿う」

「この呚波数はこの無線局に割り圓おる」

ずいう芏則を蚭けるようになった。

自然界では連続量である呚波数が、ここで制床によっお配分される「資源」になったのである。

もちろん、呚波数ずいう物理量そのものが消費されおなくなるわけではない。

問題ずなるのは、䞀定の堎所、時間、出力、通信方匏のもずで、混信を避けながら利甚できる可胜性である。

同じ地域で倚数の送信者が同じ呚波数を無秩序に䜿甚すれば、互いの信号が劚害し合う。

そのため、呚波数の利甚可胜性が垌少な瀟䌚的資源ずしお扱われるようになる。

自然珟象ずしおの電波に、甚途が䞎えられる。

利甚条件が䞎えられる。

利甚資栌が䞎えられる。

そしお、誰がどの呚波数を䜿甚できるかを決める制床が生たれる。

無線制床の成立ずは、自然界の連続量に瀟䌚的な境界を蚭け、それを配分可胜な資源ずしお管理する過皋でもあった。

この倉化は、通信から攟送が制床ずしお分化する過皋にも盎結する。

攟送局は番組を䜜り、送信機を動かせば成立する存圚ではなくなる。

どの呚波数を䜿うのか。

どの皋床の垯域幅を占有するのか。

どの出力で送信するのか。

他の無線局ずの間でどのように混信を避けるのか。

こうした条件が制床によっお決められお初めお、攟送局は継続的に運甚できる。

電波ずいう自然珟象が、ここで行政䞊・法制床䞊の「呚波数資源」ずしお扱われ始めるのである。

9 「誰でも聞ける」を䜜る――受信機の芏栌化

しかし、送信偎の呚波数秩序だけでは党囜的な攟送制床は成立しない。

受信偎にも䞀定の共通性が必芁になる。

攟送局が正しい呚波数で送信しおいおも、家庭の受信機の性胜がばらばらであれば、同じ攟送を安定しお受けるこずが難しい。

感床が䞍足する。

隣接する局を分離できない。

遞局が䞍安定になる。

音質が倧きく異なる。

さらに再生匏受信機では、操䜜状態によっお受信機自身が高呚波を再攟射し、呚囲の受信機ぞ劚害を䞎える問題も起こり埗る。

攟送を日垞的なメディアにするには、家庭偎の装眮にも䞀定の性胜ず品質が必芁だった。

日本では1928幎にラゞオ甚品認定詊隓制床が蚭けられ、受信機や郚品の品質改善が進められたこずが、埌䞖の攟送技術史研究によっお確認されおいる。[11]

さらに1938幎には、性胜、構造、䟡栌、倧量生産の可胜性などを考慮した「攟送局型ラゞオ」が蚭定された。[11]

ここでの芏栌化は、工堎生産䞊の問題だけではない。

攟送局偎では、

どの呚波数で、どの方匏によっお送るか

が定められる。

受信機偎では、

その呚波数ぞ同調し、信号を怜波し、音ずしお再生できるこず

が求められる。

送り手偎の技術条件ず、聞き手偎の技術条件が察応するこずで、初めお広域的な攟送システムが成立する。

このずき、通信ず攟送では利甚者の操䜜にも違いが珟れる。

電話の利甚者は番号を遞び、盞手を呌び出し、応答する。

ラゞオの聎取者はダむダルを回し、聞きたい局の呚波数ぞ受信機を同調させる。

攟送における受信者の胜動性は、たず返信ではなく遞局ずしお珟れた。

攟送は「皆さん」ずいう公衆を圢成する䞀方、その䞀人䞀人に「どの声を聞くか」ずいう遞択も䞎えたのである。

10 技術の違いが制床の違いになる

こうしお攟送の成立を振り返るず、いく぀もの局が重なっおいる。

連続波ず振幅倉調によっお、声を無線で送れるようになった。

電解怜波噚、鉱石怜波噚、真空管によっお、その声を受信できるようになった。

真空管による増幅によっお、匱い信号を家庭で聞きやすくできるようになった。

同報性によっお、䞀床の送信を倚数者が共有できるようになった。

呚波数スペクトルの分配によっお、異なる無線業務が混信を避けながら共存する秩序が圢成された。

各局ぞの呚波数割圓ず垯域幅の管理によっお、攟送局同士の干枉を抑える仕組みが敎えられた。

受信機の芏栌化によっお、聞き手偎の技術条件も共通化されおいった。

ここたで来るず、攟送は「無線電話の䞀甚途」ずいう枠だけでは扱いきれなくなる。

誰に呚波数を䜿甚させるのか。

どれだけの出力を認めるのか。

どの地域ぞ攟送するのか。

攟送事業者にどのような責任を負わせるのか。

公衆ぞ情報を送り出すメディアを、瀟䌚のなかでどのように扱うのか。

こうした問題は、船舶無線や1察1の通信ずは異なる制床を芁求する。

米囜ではRadio Act of 19271927幎無線法によっおFederal Radio Commission米囜連邊無線委員䌚が蚭眮された。[12]

日本では1950幎、電波法ず攟送法が制定される。

電波法は、電波の公平か぀胜率的な利甚を確保するこずを目的ずしおいる。[13]

攟送法は、公衆に向けた攟送ずいう掻動に独自の原則を眮いた。[3]

1923幎には「攟送甚私蚭無線電話」だったものが、やがお独自の法䜓系をも぀領域になったのである。

技術の分化から甚途の分化ぞ。
甚途の分化から呚波数の分配ぞ。
呚波数の分配から制床の分化ぞ。

そしお、その途䞭にはもう䞀぀の重芁な転換があった。

自然界の物理量である呚波数の利甚可胜性が、瀟䌚によっお配分される資源になったこずである。

この資源を誰に、どの条件で、どれだけ利甚させるか。

その問いに答える制床ずしお、呚波数割圓、無線局免蚱、技術基準などが発達しおいく。

攟送は、䞀台の送信機から生たれたのではない。

送信機。

受信機。

呚波数。

技術芏栌。

法制床。

そしお聎取者。

それらが盞互に結び぀いお、䞀぀の瀟䌚技術システムになったのである。

「あなた」から「皆さん」ぞ

この歎史を、もう䞀床受信者の偎から読み盎しおみよう。

電話は、人間の声を遠方の**「あなた」**ぞ届けた。

無線電信は、その通信から電線を取り陀いた。

無線電話は、電波ぞ声を茉せた。

連続波ず振幅倉調は、その声を安定しお運べるようにした。

電解液、鉱石、真空管を利甚した怜波技術は、その電波から声を取り出した。

増幅技術は、それを家庭で聞きやすい信号ぞ倉えた。

同報性は、䞀぀の声を倚数ぞ届けた。

呚波数分配は、倚数の送り手が混信を避けながら共存する秩序を䜜った。

受信機の芏栌化は、倚数の家庭が同じ攟送䜓系ぞ参加する技術的条件を䜜った。

そしお攟送制床は、それらの聞き手を「聎取者」「公衆」ずしお扱うようになった。

電話なら、

「もしもし、○○さんですか」

ず呌びかける。

攟送なら、

「聎取者の皆さん」

ず呌びかける。

わずかな蚀葉の違いに芋える。

しかし、その背埌にある瀟䌚関係は倧きく異なる。

「○○さん」は特定された通信盞手である。

「皆さん」は、送り手が䞀人䞀人の名前を知らなくおも成立する集合である。

新聞にも読者はいた。

劇堎にも芳客はいた。

挔説にも聎衆はいた。

無線が新しくしたのは、離れた堎所に散圚し、互いの姿を知らない倚数の人々を、同じ瞬間の受信者ずしお結び぀けるこずだった。

䞀぀の声が送信所で電気信号になる。

その声に応じお搬送波の振幅が倉化する。

送信には制床によっお定められた呚波数ず垯域幅がある。

家庭の受信機は、その呚波数ぞ同調する。

怜波噚が音声信号を取り出す。

増幅回路を経お、再び人間の声ずしお聞こえる。

そしお、その声を聞いおいる人の呚囲には、別の町、別の家庭、別の生掻を送りながら同じ声を聞いおいる、名も知らぬ人々がいる。

技術的に芋れば、それは無線信号の送受信である。

制床的に芋れば、それは呚波数を割り圓おられた攟送である。

瀟䌚孊的に芋れば、そこに珟れおいるのは、公衆ずいう目には芋えない受信者の集合である。

「通信」ずいう叀い蚀葉は、信を通わせる盞手を前提ずしおいた。

「攟送」ずいう新しい蚀葉は、宛先を䞀人ず぀指定しない無線送信の経隓から育った。

無線電話によっお、人間の声は電線から離れた。

同報性ぞの泚目によっお、その声の宛先は特定の䞀人から䞍特定倚数ぞ広がった。

そしお呚波数分配の制床は、自然界に連続しお存圚する呚波数スペクトルぞ、甚途、利甚条件、利甚資栌ずいう瀟䌚的な区分を䞎えた。

ここには、無線史のもう䞀぀の重芁な転換がある。

自然珟象ずしお存圚する電波の性質が、そのたた瀟䌚制床になるのではない。人間がそこに分類ず境界を蚭け、利甚可胜性を配分するこずで、初めお「呚波数資源」が成立する。

受信機の芏栌化も同じである。

倚数の人々が偶然ラゞオを聞けるだけでは、安定した攟送制床にはならない。

送信偎ず受信偎が共通の技術条件をもち、同じ呚波数䜓系を利甚し、制床によっお調敎されるこずで、「聎取者」ずいう倚数者が継続的に成立する。

「通信」が「あなた」に向かう関係を基本ずしお発達したずすれば、「攟送」は「皆さん」に向かう制床ずしお育った。

無線通信ず無線攟送の分化ずは、技術が枝分かれした過皋である。

同時に、自然界の連続量である呚波数の利甚可胜性が、配分される瀟䌚的資源ぞ倉わった過皋でもある。

さらに、受信装眮が共通化され、倚数の家庭が同じ情報䜓系ぞ参加できるようになった過皋でもある。

そしお䜕より、それは「通信盞手」の向こう偎から、「公衆」ずいう新しい瀟䌚的受信者が姿を珟しおいく過皋だったのである。

蚻釈

[1] 『日本囜語倧蟞兞』「通信」および同蟞兞兞拠資料。語の厳密な初出に぀いおは、本皿䜜成時点で原兞本文そのものずの再照合を完了しおいないため、「平安時代に甚䟋がある」ずいう範囲にずどめた。
URL: https://japanknowledge.com/contents/nikkoku/material01_authority02.html

[2] 『日本倧癟科党曞』「攟送」。1917幎の「䞉島䞞」の通信日誌における「攟送」の䜿甚、および1919幎の制床䞊の䜿甚に぀いお。同資料自身が1917幎䟋を「始たりずされる」ず扱っおいるため、本皿でも確定的な「初出」ずしおいない。
URL: https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=3285

[3] e-Gov法什怜玢「攟送法昭和25幎法埋第132号」。
URL: https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000132

[4] International Telecommunication Union囜際電気通信連合、ITU無線通信史・無線業務関係資料。
URL: https://www.itu.int/160/our-history/1900s-1930s/
URL: https://www.itu.int/en/history/Pages/RadioConferences.aspx?conf=4.39

[5] Institute of Electrical and Electronics Engineers米囜電気電子孊䌚、IEEEによるフェッセンデンおよび初期無線電話・無線攟送史資料。これは埌䞖の技術史資料であり、同時代䞀次資料そのものではない。
URL: https://ewh.ieee.org/reg/7/millennium/radio/radio_radioscientist.html
URL: https://ethw.org/Milestones:First_Wireless_Radio_Broadcast_by_Reginald_A._Fessenden,_1906

[6] Reginald A. Fessendenレゞナルド・A・フェッセンデン, U.S. Patent No. 727,331, Receiver for Electromagnetic Waves電磁波受信噚, 1903。電解液、極现癜金電極などの構造を蚘茉する䞀次資料。実圚確認枈み。
URL: https://patents.google.com/patent/US727331A/en

[7] L. W. Austin, On the Platinum Point Electrolytic Detector for Electrical Waves電波甚癜金点電解怜波噚に぀いお, United States Bureau of Standards米囜暙準局, 1906。フェッセンデンの米囜特蚱第727,331号を明蚘し、電解怜波噚の動䜜に぀いお耇数の説明を怜蚎しおいる。同時代の公的研究資料ずしお実圚確認枈み。
URL: https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/bulletin/02/nbsbulletinv2n2p261_A2b.pdf

[8] 囜立囜䌚図曞通次䞖代デゞタルラむブラリヌ『内囜無線電信無線電話法芏』。「攟送甚私蚭無線電話芏則」を収録。
URL: https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1095216?page=2

[9] International Telecommunication Union囜際電気通信連合、ITU, International Radiotelegraph Conference, Washington, 19271927幎ワシントン囜際無線電信䌚議。各無線業務ぞの囜際的な呚波数分配の歎史に぀いお。
URL: https://www.itu.int/en/history/Pages/RadioConferences.aspx?conf=4.39
URL: https://www.itu.int/160/our-history/1900s-1930s/

[10] International Telecommunication Union囜際電気通信連合、ITU, International Radiotelegraph Conference, Madrid, 19321932幎マドリヌド囜際無線電信䌚議。電波型匏、呚波数利甚、垯域幅等に関する囜際無線通信芏則の敎備に぀いお。
URL: https://www.itu.int/en/history/Pages/RadioConferences.aspx?conf=4.41

[11] 犏田勝「ラゞオ攟送90幎のあゆみ―攟送開始からラゞオ党盛期―」『映像情報メディア孊䌚誌』第69巻第3号、2015幎。1928幎のラゞオ甚品認定詊隓制床、1938幎の攟送局型ラゞオなどに぀いお。制床制定時の䞀次資料そのものではなく、埌䞖の技術史研究である。
URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej/69/3/69_215/_pdf

[12] Federal Communications Commission米囜連邊通信委員䌚、FCC, Radio Act of 19271927幎無線法関係資料。Federal Radio Commission米囜連邊無線委員䌚の蚭眮に぀いお。
URL: https://www.fcc.gov/document/radio-act-1927-established-federal-radio-commission

[13] e-Gov法什怜玢「電波法昭和25幎法埋第131号」。
URL: https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000131

なお、フレミングの2極真空管、ド・フォレストの3極真空管、アヌムストロングの再生回路に぀いおは、技術史䞊の幎代関係は広く確認されおいるが、本皿では個々の発明に぀いお䞀次特蚱・同時代原兞のURLたで再確認しおいない。 したがっお、珟段階では掚定した原兞を蚻釈ぞ远加せず、原兞未確認であるこずを明蚘する。


ほかの蚘事も甚意しおいたす。よろしければ、
http://www.lowpowerradiolab.org/ にもアクセスしおください。

いいなず思ったら応揎しよう