何者にもならないままでいい
「何か大きなことを成し遂げなきゃ」
「立ち止まらずに、前に進まなければ」
世間のそんな正論に急かされて、息苦しくなってしまうことはありませんか?
ぼくも、昔はそうだった。
「人の夢は終わらねええええええええええええ!!!」
今から5年前。
安定した道を手放し、新しい挑戦へ踏み出すとき、
ぼくはノートにこんな魂の叫びを書き殴っていました。
当時のぼくは、「幸せ=何か大きなものを掴み取ること」だと信じて疑わなかった。
年齢を言い訳にして可能性を狭める大人たちに反発し、
「挑戦しない自分が一番恥ずかしい!」
「さあ、世界一の幸せを掴むために旅に出よう!」と、
自分にも周りにも、強い言葉をぶつけていました。
今振り返ると、少しエゴが強くて、暑苦しくて、恥ずかしくなります。
でもそれは、見えない未来への不安に押しつぶされそうな自分を奮い立たせるための、
必死の「強がり」だったのかもしれない。
あれから時が経ち、必死に走ってきた今のぼくは、
「幸せ」の形が少し変わりました。
幸せとは、遠くへ走って掴み取るものではなく、
「今、ここにあるもの」でした。
自分の好きな人たちと、何気ない時間を過ごすこと。
何もしていなくても、日常の中に幸せを感じ取れる「心の余裕」を持つこと。
自分の心の状態や受け取り方が豊かであれば、特別な出来事がなくても、
人はいつでも感動できるのだと気づいた。
サン=テグジュペリは『星の王子さま』の中で、こう残しています。
「大切なものは、目には見えない」
ただ目に映るものが、必ずしも真実とは言えません。
子供のように心の曇りがなく、純真な目で物事を見ることが大切であると。
どんなに高価なものも、美しい形あるものも、いつかは無くなってしまいます。
けれど、誰かと笑い合った時間、心を寄せて編み込んだ想い、愛のこもった記憶は、
形を持たないからこそ、人の心の中で一生消えずに生き続ける。
ぼくは、そのことに気づきました。
だから、もし今あなたが「何かに挑戦しなければ」と焦って、
息苦しくなっているなら。
無理に大きな夢を語らなくても、走り出さなくても大丈夫。
疲れたら、一度立ち止まって、
ただ自分の心地よいリズムが戻ってくるのを待てばいいんです。
焦らなくても、誰かと比べなくても、あなたの夢は決して終わらないから。
心の曇りをそっと拭き取って、純真な目で周りを見渡してみてください。
目には見えないけれど、あなたが今そこに「ただ在る」ことを肯定してくれる優しい愛が、
きっと見つかるはだから。
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無理のない形で、
気持ちを受け取らせてもらえたらうれしいです🌻