ミロと禅①ミロの仙崖への想いを勝手に妄想【勝手創作】【東京都美術館】
その時、1人のカタルーニャの画家は、日本の墨絵の前に立ち尽くしていた。

画家の名前はジュアン・ミロ。彼は○△□が描かれた紙に対峙していた。
仙厓義梵という日本の禅僧が描いた絵、《○△□》である。大の大人が描いた「絵」であることは間違いないだろうが、子供が描いたような、誰にでも描くことのできる○、△、□という3つの形状が並ぶのみであった。
ミロが、それまでの画業で描いてきたものもまさにそういうものだった。「自分にも描けそう」と皆が思うような、子供が自由に筆を走らせたような、悪意のない純粋な線と色彩。
彼はある日、日本、中国からくる宗教思想、「禅」に自身の思想との深い共通項を感じ、作品にそれを投影することもあった。そして今ついにこの《○△□》に辿り着いたのだ。
「私の辿るべき道の、一種の境地に辿り着いた者による問いかけである。」齢70を超えていた画家はそう感じざるを得なかった。そして、この仙厓の問いかけに、彼の人生を反映した答えを出そうと考えた。
○のモチーフは彼にとってそれは太陽であった。月と星と太陽は、彼が自然と、宇宙と繋がりを保つために必要な媒介であり、それまでの作品にも登場させていた。
△は生物にしようと彼は思った。「鳥、女、星」といった主題だったり、彼は宇宙と、それに繋がりをもつ生物の関係性を多く描いてきた。太陽の前に立つ人物の絵も以前に描いたことがあった。画家にとって、○が太陽で△を人物・私に置き換えて考えることはそれほど長い時間を要するものではなかった。
問題は□であった。ミロが見るに仙厓はこの3つの図形の中で□から描きはじめていた。そして△→○の順で描かれており、○は△に少し重なっている。○が仙厓が辿り着かんとしていた悟りの境地、△が仙厓のいる地点、□が離れるべき、彼を縛り付ける枠だろうか。
一応、ミロの絵の中に描かれた抽象化されたモチーフは何者であるかを言葉で説明できるもののみであった。抽象概念をそのまま描くことはない。彼は、自分にとっての□が何であるのか、そこに悩んでいた。
形、線、色彩、言葉、感情、意識。人間が知覚する様々なものを、今まで彼は体を通して自由に解き放ってきた。世界大戦下にでもその創造を止めることはなかった。
シュルレアリストからの評価を得て、今やスペインの巨匠となっている彼にとって、自然と繋がることを阻害する枠は何であるのか。彼は、何枚か△と○のスケッチを描いて並べ、□の行方を考えていた。
ある日、彼はついに□を発見し、○△□を完成させ、《太陽の前の人物》と名付けた。

彼にとっての□はずっと、目の前にあったのだ。今まで彼は全ての動作を自動化し、人間の意識の深層にあるものを感じとってきたはずであった。しかし、最後にはそれを意識的に描くという工程を行わなければいけないことに、彼は疑問を感じていたのだ。
彼の描いた宇宙は、人物と太陽のみを描いた時点で完成している。だから彼は太陽のそばにピリオドを打った。
1960年代のミロは、それまでより大きい□を使うことで、より宇宙に近づこうとしている最中だった。そして今の彼が対峙すべきは、完結した宇宙を内包してしまうさらに大きい存在だと気づいたのだ。つまり、そこにある画面こそが□そのものだった。
そして《太陽の前の人物》を完成させた5年後の1973年、ミロは□を焼いた。


・・・という仙厓の《○△□》からインスパイアを受けたというミロの《太陽の前の人物》はなぜ□が表されてないのかな?という疑問から勝手に妄想したことでした。ピリオドみたいな点があることも気になったのでそこについても少し触れてみた。
※確かな研究や文献によるものではありません。文章の下にそれぞれ関連のあるミロの作品を添付。展覧会を見た上でのなすにきびの勝手妄想です。以下一応参考記事↓
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