冬の寒さにシャガール・ブルー:松本竣介とどこか似ている
印象的なシャガールの青、なぜこんなにも暖かいのか、、、?

表参道・青山のギャラリーためながでやっているマルク・シャガール展に行ってきました。花束を中心とした絵画作品30点が無料で見られるのでおすすめです。
そもそも、シャガールって没後四十周年だったのかと驚き。ピカソよりも最近に亡くなったのね、と思ったけれどまずピカソよりも年下だった。
◯シャガールの青
シャガールと言えば青色と思う方は少なくないのではないでしょうか。青色と一言に言っても深みを持ちつつも粘っこくなく、瑞々しさを感じさせるシャガールの青。寒色は寒色なのに、どこか暖かさを持っています。絵本を読んでいる時のような、寒さ厳しくなるこの季節に見ると一層ほくほくする。
ピカソにも「青の時代」がある。その辺の青よりも濃い青なのにこのシャガール・ブルーはなぜか暖かく感じます。夜というわけでも早朝というわけでもないし、曇天というわけでもないし特に快晴であるというイメージも与えない絶妙なところ。明かりが灯っているようにも見えるし、吹き消した後のようにも感じられます。そう考えると青という色が、特定の自然風景や状況を指し示しているというよりかは、精神性によるところの色であるということが分かってきます。
ちなみにシャガールはピカソをめちゃくちゃディスっているらしい。
◯日本のあの人の絵も似ている?
隙間のない、厳しいと言えば厳しいとも言えるこの、「シャガール・ブルー」がこんなにも暖かいのはなぜか?そう考えていると一人シャガールに印象が似ている日本の画家の絵を思い出しました。

昭和の日本の洋画家、松本竣介。シャガールほど深く暖かい青ではないですが、緑がかったターコイズブルーが画業の中で登場し、人物像が重なったり、ふわふわ浮き出ているように描かれるのもシャガールと似たような印象を持ちます。「シャガール・ブルー」に対する「俊介ブルー」。

1911年には初期代表作である《私と村》を制作、早い時期から頭角を表して戦前から巨匠ルートを辿ったマルク・シャガールと、戦中に発表した美術倫理「生きてゐる画家」が注目を浴び、戦後に早逝したあとで評価を得た松本竣介。美術史的にも二人が双方に影響を与え合ったことは考えづらい。全く違う人生を歩んでいる二人の間に、何か共通点があるだろうか、、、?
ふと思いつくのは二人の故郷です。シャガールは東欧のヴィテブスク(帝政ロシア:現ベラルーシ)、そして俊介は岩手県盛岡(出身自体は東京で育ちが岩手)。となると、、、
もしかして広大な土地と自然、厳しい寒さが二人に青色を授けたの???
となるの時期尚早のようです。先ほども書いたように、青という色は精神的な事象を示すもの。寒さが強い青を呼び起こしたところもあるかもしれませんが、大きな要素ではないでしょう。もう少し噛み砕く必要がありそうです。
◯故郷を思う青
シャガールは1910~11にパリに移住しており、その頃から青が色のスペクトルの一部として登場し始め、1930年代以降から晩年にかけてさらに青色が全体を支配する作品がどんどん増えていく傾向にあります。↑《窓から見たパリ》や初期代表作↓《私と村》ではパリの生活と自身の間の関係性が描かれていますが、その中でも特に、故郷のヴィテブスクを思う気持ちに青色が使われている印象を受けます。
対して松本竣介。1929年に盛岡中学を3年で退学したのち上京、油絵を本格的に制作したすぐの時期から青い街と行く人の作品を描いています。シャガールの青よりは冷たく、少し距離を置いたような青に感じられます。しかし、ここでも街の情景と自分との関係性における内面の様子が青い色に現れています。
シャガールは都会(パリ)と故郷(ヴェテブスク)の間とにあくまでも自分が中心に描かれていますが、俊介の場合は町ゆく人が多く描かれているのでその青も寂しさとか疎外感などを感じるのではないでしょうか。その違いはあれど、やはり両者その青はやはり内面、さらに故郷を思う気持ちから来ています。そこでヴェテブスク、盛岡の自然と寒さから青が生まれたところはもしかしたらあるのかもしれません。
◯寂しそうな青
じっくり見ていても、松本竣介の青はやはりシャガールよりも冷たく、どこか寂しそうに感じる。故郷の温かさと今の生活という2つの存在を全面に出すシャガールの作品に比べて、松本竣介の画面は特に故郷に関する情報はなく、街の様子だけが描かれます(故郷の想いが青に現れているというのはあくまでも勝手に言っているだけ)。俊介の絵からはなんとなく「都会は忙しなく、寂しいところだけど負けずにやるぞ」という想いが取れる気がする。岩手に関わりがある人はやはりもの悲しいけど頑張っているという雰囲気を漂わせている人が多い感じがするのです。「〜にも負ケズ」の賢治イズム。

対してシャガールは故郷だけでなく、恋人を想う気持ちというテーマでも青が前面にでてくることが多いです↓。ただここでもあくまでも自分を中心とした時の作品。だからここまで内面に奥深く沈み込み、深い青を描けているのかもしれません。松本竣介の青は疎外感を感じる灰色に近い、渋い青み。
◯祈りの青
シャガールの話に戻ると、シャガール・ブルーはユダヤ教の信仰からきているとも言われます。↓
松本竣介は街の一部として教会などが描かれることはありつつも、宗教的要素が画面に現れることはありません。ただ父がキリスト教、兄が日蓮宗そしてその後生長の家といった宗教団体に関わっており、俊介自身も祈りという行為や信仰に対して考えることが何もなかったとは言えないでしょう。その要素も、もしかしたら青に含まれているのかも。

二人の画家の信仰に対しての関わり合いの違いを考えると、シャガールはやはり暖かい雰囲気を纏い、俊介の方は都会的でクール、東京の寂しさをよく映した画面と言えるでしょう。戦前・戦中の時代を考えた時、パリは芸術の都として華々しく、東京は閑散としていたという街の違いももちろんあるとは思います。松本竣介は戦争との関わりとして見られることがほとんどだし。↓
◯想いの青
祈りや記憶、人の想いが優しく青で表現されるということはよくある気がします、やはり青が深いイメージを想起させる無限の色だからなのか。ピカソの青の時代もそうですが、今年回顧展が行われたものでいえば、難波田龍起も人と人の紡がれる想いが青色・水色にじわじわ現れているように感じました。↓※龍起に関しての記事
◯それぞれの冬
という感じで松本竣介の青からシャガール・ブルーを考えてみようという試みでした。なんかふわふわしてしまったけれど個人的には最近はシャガール・ブルーに優しく包まれたい気分です。皆さんはどうでしょう。「シャガールと竣介 故郷の青」展なんていう勝手妄想美術館もいいかもしれません。
二人の青を冬に照らし合わせるとすると、シャガールの方が暖かく、クリスマスや年末の街の賑わい、家族や恋人たちが楽しむ冬。竣介は寒さの厳しい、師走の中で一人寂しい冬、といった感じでしょうか。それぞれが私の冬の気分によって寄り添ってくれるのは間違い無いでしょう。ギャラリーためながのシャガール展は12月21日まで、松本竣介の作品は故郷、岩手県立美術館で常設特集があるのと、東京では東京国立近代美術館などで見ることができます。
おわり
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