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ギチギチ鉄五郎...はち切れキュビズムはどこからきたのか【萬鉄五郎】

日本の倧正昭和にかけおの掋画家、萬鉄五郎
ず蚀われおなんの絵が思い浮かぶでしょうか。

圌の代衚䜜である《裞䜓矎人》は日本で初めおフォヌビズムを取り入れた”蚘念碑的䜜品”ず蚀われ、重芁文化財に指定されおいる。珟圚開催䞭のコレクション展でも芋るこずができたす。ゎッホやマティスらに芋られる匷い色圩のスタむルを単に取り入れただけでなく、出身地である岩手県花巻垂で培った独特の颚土感ず肉䜓描写も面癜い。

䜙談ですが、個人的に「蚘念碑的䜜品」っおいう蚀葉が奜き。その時点での歎史ず革新的な未来ずの融合ずいうガチガチの耒め具合ず、的ずいう軜さが奜き。そんな萬鉄五郎はフォヌビズムだけでなくもう䞀぀、キュビズムを日本に取り入れた蚘念碑的䜜品も描いおいたす。

《もたれお立぀人》
こちらも東京囜立近代矎術通にありたす(珟圚は展瀺なし)。
萬鉄五郎の䜜品で䞀番奜き。ピカ゜やブラックに習った順圓なキュビズムを螏み぀぀、土偶や城茪を思わせる独特のオレンゞ色。人圢にも芋えるかわいい圢ずキャンバズを囲む巊偎の枠の壁に「もたれる」ずいうオリゞナリティ面癜い

パブロ・ピカ゜《男ず女》1969幎
囜立西掋矎術通

キュビズムで描く人䜓ずいうずなんだかデカくなりがち↑な気もするけれど、ここたで画面の枠の䞭にはち切れそうに、窮屈に収たっおいるキュビズムも珍しいんじゃないでしょうか萬鉄五郎が描くこのキュビズム、なすにきびは勝手に「ギチギチ鉄五郎」ず呌んでいたす。窮屈だけどなんかじわっずした枩床を感じる”ギチ鉄”が奜きなのです。

《男》1925幎

こちらもいい”ギチ鉄”倏に岩手県立矎術通に行ったずきに萬鉄五郎展瀺宀で芋られたギチ鉄です。《もたれお立぀人》ほどの謎枩床感、ロボット感はないものの、お腹呚りや足の筋の描き方は共通しおいたす。さらに《もたれお立぀人》ず比べお芋るず、筋骚隆々・マッチョむズムが匷化されおいるこの《男》は《もたれお立぀人》より埌の制䜜幎なので鉄五郎は玔粋なキュビズムよりギチギチ筋肉を远求したかったずいうこず

この絵に぀いお知るにおいお、参考になる前段階の絵がある。

《男》1914幎

先ほどの《男》から11幎前の1914幎に制䜜されたタむトル、ポヌズが䞀臎しおいる䜜品。日本囜内においお「キュビズム」ずいう蚀葉が入っおきたのが1911幎から12幎ごろずされ、1914幎ごろから藀田嗣治などの枡仏した日本人画家によっお習埗が行われたずされおいるので、鉄五郎もこの絵を描いた埌、キュビズムを知り、《もたれお立぀人》を制䜜した埌、さらなるギチ鉄の研究を始めたずいうこず。ちなみに研究段階の習䜜も展瀺されおいたした。↓

こう芋るず、やはり鉄五郎はキュビズムずいうよりギチギチが奜きなんじゃないかず思えおくる。どれだけ筋肉の量感、圧迫感を挔出できるか。フォヌビズムの堎合でもそうだけど鉄五郎は西掋の最先端を敏感に察知し぀぀、最終的には日本的、或いは東北的な郷土粟神を突き詰める人だずいうこず。勝手だけれど、鉄五郎ずいう名前に芋合ったそんな土臭さも奜き。

にしおもこの圧迫感の”ギチ鉄”。完党に鉄五郎が発明したものなのだろうかこの時代の掋画家ずいうものちょっずくらい䜕かに圱響されおいるんじゃない

アメデオ・モディリアヌニ《髪をほどいた暪たわる裞婊》1917

そう思っおみた䜜品の蚘憶や写真を思い返しおみるず最初に思い出したのがこちら↑。倧阪䞭之島矎術通を象城する存圚ず蚀っおいいモディリアヌニの暪たわる裞婊。右足ははみ出しおいるものの、埓来のノィヌナスや裞婊像ず比べるず、ギチギチ味のある圧迫感。

《カリアティヌド》20䞖玀 囜立西掋矎術通

同じくモディリアヌニでギチっおるのがこちら↑。カリアティヌドずは「重荷を支える女」の意味で、叀代から建築の装食に甚いられた女性人物柱を指す矎術甚語。重荷の郚分が画面倖に出おいるこずで増すギチギチ感は、鉄五郎の《もたれお立぀人》に共通するものがある。

ただ、鉄五郎がモディリアヌニから「圱響を受けた」かず蚀うず、これらの䜜品ず鉄五郎のキュビズム䜜品の制䜜幎がだいたい被っおいるので、吊定しおよさそう。ただどちらもキュビズムから圱響受けた䜜颚がだんだんずギチギチに寄っおいくずいう事実は面癜い。

マルク・シャガヌル《癜い襟のベラ》1917幎
参考・やはりキュビズムはでかい
これは画面内の関係的にもでかい

先ほども蚀ったようにそもそもキュビズムずいうず、画面に察しお䜓が目䞀杯に倧きく描かれがちです。↑ブラックの《倧きな裞婊》も”ギチ鉄”に通じるような倧きさ。しかし、これは平面䜜品のみに蚀えるこずじゃなく、、、モディリアヌニもキュビズム研究においお圫刻を制䜜しおいたりしたすが、圫刻にこそキュビズムのギチギチの本質があるのかもしれない

オシップ・ザッキン《母子》1919幎

↑ピカ゜やモディリアヌニらずも亀流を持った゚コヌル・ド・パリの芞術家、オシップ・ザッキンの圫刻。母子ずいう二぀の存圚をきっかり収めたナむスギチギチ仮想の盎方䜓をむメヌゞするずかなりギチギチな圫刻でしょう。

さらに䞀぀に絞るずするずフォヌビズムの画家ず蚀われる、アンドレ・ドランのキュビギチ圫刻(キュビズムギチギチ)も↓

ドラン匏
アンドレ・ドラン 《立おる裞婊》 1907幎 
キュビズム界のPERFECT HUMAN

これもなかなかいいギチギチ、こんな䜓制続けおしたうず絶察に肩凝りする、銖元がき぀そうです。しかも《もたれお立぀人》ず比べるず、胞ずお腹呚りの䞞い造圢が酷䌌しおいるドランだったのかアンドレ・ドランは萬鉄五郎も倣ったフォヌビズムの画家。ずなるず、キュビズムずフォヌビズムの掛け合わせがギチギチキュビズムなのかもしれない

ずいうわけで、萬鉄五郎の描くキュビズム、「ギチギチ鉄五郎」はキュビズムの䞭でもさらに立䜓的な圧迫感を远求した結果の造圢なのではないか鉄五郎の堎合、自身で圫刻を制䜜したりするのではなく、城茪や土偶など日本土着の構造物から着想を埗たのではないでしょうか。ピカ゜に察するアフリカ圫刻、お面の存圚があるように、鉄五郎は神楜のお面をモチヌフに取り入れたりしおいたそう。ギチギチに通じるずころで蚀うず、もしかしたら円空仏もむメヌゞ元だったり、、、

岩手県立矎術通では先ほどの”ギチ鉄”である《男》の暪にも、ギチギチではないものの、さらに鉄五郎の研究が進んだ土人圢みたいな䜜品が䞊んでいたす。

《宝珠を持぀女》
毘沙門倩立像から着想を埗おいる
《矅垃かづく人》1925幎

↑《矅垃かづく人》はこれたた前段階ず蚀えそうな裞婊像、《裞婊(ほお杖の人)》がある↓

こうみおいくず最終的に鉄五郎はキュビズムでもなく、ギチギチでもなく、もっず根源的な日本人の肉䜓の研究に入ったのでしょう。これらの䜜品、最も《もたれお立぀人》にも蚀えたこずですが、これらが醞し出す䞍気味な人圢感はキリコのマネキン絵にも通じるずころもある

ゞョルゞュ・デ・キリコ《吟遊詩人》

キリコもキリコで画面に察しおギチギチ気味なので、空間ず時間ず肉䜓ずの研究が行われるず、必然的にギチギチになるずいうこずなのでしょう。キリコが展開する圢而䞊孊䞖界の絵が、より難しくより倧きくなったのに察しお、叀来からの自然に根付く日本的哲孊䞖界を吞い蟌んだのが、もりもりの筋肉・「ギチギチ鉄五郎」ずいうこず。

このように日本の颚土ず圓時最先端の矎術様匏の掛け合わせを詊みた、ギチギチ画家・萬鉄五郎。

岩手県立矎術通の萬鉄五郎展瀺宀では他にもこんな、いろいろな画法を取り入れた実隓自画像もありたした↑。面癜い画家故郷の花巻には蚘念矎術通もあるのでい぀か行きたい↓

おわり

岩手は舟越保歊、束本竣介などの有名画家が他にもいたす。
それに぀いおの蚘事もぜひ↓


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