不登校児へ。無理してでも学校に行け。
こんなことを書くと、多分怒られると思う。
「学校なんて無理して行かなくていい」
「逃げてもいい」
「学校だけが世界じゃない」
今はそういう言葉の方が優しいし、正しいとされてる。
それも分かるよ。
俺自身、不登校だったから。
トータルすると一年くらい。
毎日ずっと休んでた時期もあれば、行ったり行かなかったりを繰り返してた時期もある。
だから、学校に行けない人間の気持ちはそれなりに分かるつもりです。
朝になると腹が重くなる。
制服を見るだけでイヤになる。
昨日休んだから今日はもっと行きづらい。
一週間休んだら、もう教室のドアを開けるだけで大イベントになるじゃないですか。
「今さら行ったら何て思われるんだろう」
「どこに座ればいいんだろう」
「先生に何て言われるんだろう」
考えてるうちに登校時間が過ぎて、今日も休む。
で、少し安心する。
でも昼くらいになると、
「やっぱり行けばよかったかな」
って思う。いいともなんて観ちゃって。
あれ、しんどいんですよ。
行きたくないのに、行きたい。
逃げたいのに、取り残されるのは怖い。
本人の中でも矛盾してるから、外から「行けばいいじゃん」と言われても、そんな単純じゃねぇよってなる。
分かるよ。
その上で言います。
もし今の学校が、あなたの命や心を本気で壊すような場所じゃないのなら。
出来ることなら、行った方がいい。
俺は大人になって、不登校だったことを結構後悔してます。
別に「学校を休んだから人生終了しました」なんて話じゃない。
普通に大人にはなれる。
仕事だって出来る。
学校へ行かなかった一年間のせいで、その後の人生が全部ダメになるわけでもない。
でもね。
戻ってこないんですよ。
あの時間。
当たり前ですけど。
授業を受けるとか、勉強が遅れるとか、そういう話だけじゃない。
くだらないことで笑った時間とか、休み時間とか、文化祭とか、放課後とか、好きだった子が誰と喋ってたとか、どうでもいいことで友達と揉めたとか。
そういう「その年齢でしか出来なかったこと」が、ごっそり抜ける。
大人になると、それが妙に惜しくなるんです。
当時の俺にとって学校なんて、行きたくない場所だった。
でも今振り返ると、
「もうちょっと行っとけばよかったな」
と思う。
勝手なモンですよね。
あれだけイヤだったクセに。
でも本当にそう思う。
だから今、不登校になっていて、心のどこかにまだ「本当は学校へ戻りたい」が残ってる人には、その気持ちを出来るだけ捨てないでほしい。
一番厄介なのが、休めば休むほど行きづらくなることです。
最初は一日休んだだけだったのに、次の日は「昨日いなかったこと」を意識する。
三日休めばさらに気まずい。
一週間経つと、教室が知らない場所みたいになる。
一か月経ったら、
「もう今さら戻れない」
になる。
でもこれ、戻れないんじゃなくて、戻りづらいだけなんですよ。
ここはかなり違います。
行ってみると、思ったほど誰も気にしてなかったりする。
最初の一時間は地獄みたいに緊張しても、昼には案外普通になってたりする。
もちろん全部そうなるとは言わないです。
でも「行く前に頭の中で作った学校」と「実際の学校」は、かなり違うことがあるからね。
だから一回だけでもいい。
保健室でもいいし、午後からでもいい。
一時間だけでもいいし、校門まででもいい。
いきなり完全復帰しようとしなくていいから、戻る方向へ一歩だけ押してみてほしい。
ただし。
いじめられてるとか、暴力を受けてるとか、学校へ行くことで本当に心身がおかしくなる状態なら話は別です。
そんな場所へ根性論で突っ込めとは言わない。
学校より自分の方が大事です。
転校でも、別室でも、フリースクールでもいい。
「今いる教室に絶対戻れ」って話じゃない。
俺が言いたいのは、
「行けないから、もう全部諦める」
だけは出来れば早めに避けた方がいいってことです。
あと、これはかなり大事。
話を聞いてくれる大人がいるなら、絶対に話した方がいい。
出来れば親以外。
親が悪いって意味じゃないです。
親子だと近すぎるんですよ。
親も心配してるから、
「明日は行けそう?」
「何がイヤなの?」
「このままで大丈夫なの?」
ってなるじゃん?
それがまたプレッシャーになったりする。
だから学校のカウンセラーでも、保健室の先生でも、担任以外の先生でもいい。メンタルクリニックのお医者さんでもいい。
自分の人生に直接利害関係のない大人。
そういう人に、
「学校へ行きたい気持ちはある。でも行けない」
ってそのまま言っていい。
理由が自分でも分からないなら、
「理由は分からない」
でいい。
カウンセリングって、答えを教えてもらう場所というより、自分でもグチャグチャになってる頭の中を一緒に整理する場所だと思った方がいいです。
一人で考えてると、どんどん同じところを回るから。
俺は今でも思います。
あの頃、もう少し誰かに話せばよかった。
もう少しだけ無理して学校へ行けばよかった。
過ぎた時間に対して今さら言ってもしょうがないんですけどね。
だから、今まだその時間の中にいる人には言っておきたい。
学校へ行かなくても人生は終わらない。
それは本当です。
でも、
「行かなくても何も失わない」
は、違う。
行けるなら行った方がいい。
怖くても、気まずくても、久しぶりでも。
いきなり毎日じゃなくていい。
明日一日だけでもいい。
そして無理だったら、誰かに話せ。
一人で全部どうにかしようとしなくていい。
俺みたいに大人になってから、
「もうちょっと何とか出来たんじゃねぇかな」
って考えるのは、
まあまあ面倒くさいから。
