母へ
母とは昔からよくケンカをした。
いや、昔からというより
大人になってからのほうが多かったかもしれない。
「もういいよ」
何度この言葉を母に言っただろう。
母はとにかく口うるさい。
ちゃんと飯を食っているのか。
仕事はどうなんだ。
お金は大丈夫なのか。
体には気をつけろ。
俺が何歳になっても母にとって俺は子どものままだった。
それがうっとうしかった。
「もう子どもじゃねえんだから」
そう言うと、
「何歳になったって子どもは子どもだよ」
決まって同じ言葉が返ってきた。
考え方も違った。
俺が正しいと思うことを母は理解してくれない。
母が心配して言っていることも俺にはただの小言にしか聞こえない。
だから一緒にいるとイライラした。
ケンカをして
しばらく話さなくなって
それでも何事もなかったようにまた話す。
そんなことを何度も繰り返してきた。
たぶん俺たちは
すごく仲のいい親子ではない。
少なくとも俺はずっとそう思っていた。
でも――
不思議なことに昔のことを思い出そうとすると
ケンカしている母よりも
笑っている母のほうが先に出てくる。
子どもの頃。
何でもない日に一緒に出かけたこと。
くだらないことで笑ったこと。
飯を作って待っていてくれたこと。
怪我をすれば俺以上に慌てていたこと。
悪いことをすれば本気で怒られたこと。
そして俺がどれだけ大人になっても
「大丈夫なの?」
と心配してくれたこと。
あれだけ口うるさいと思っていた言葉が
今になって少しだけ違って聞こえる。
あれは全部
母なりの「大丈夫?」だったのかもしれない。
親子だからって
何でも分かり合えるわけじゃない。
血がつながっていたって
考え方は違う。
腹も立つ。
顔も見たくない日だってある。
それでも
嫌いになりきれない。
たぶん家族って
そういうものなのかもしれない。
俺はこれまで母にたくさん迷惑をかけた。
心配もかけた。
泣かせたことだって、きっと一度や二度じゃない。
なのに
「ありがとう」
なんてほとんど言った記憶がない。
近すぎるからなのか。
いつでも言えると思っているからなのか。
照れくさいからなのか。
理由は分からない。
ただ一つだけ分かっている。
いつか必ず
言いたくても言えない日が来る。
だかその日が来る前に。
ちゃんと言葉にしておこうと思う。
母へ。
今までたくさんケンカしたな。
これからもたぶんすると思う。
考え方だってきっと最後まで違う。
それでも――
俺の母親があなたでよかった。
そして
生んでくれて、ありがとう。
