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【JSL初期指導】私は教員失格です。「いちご」を通して考えた授業の進め方

国際教室で児童を目の前にした時、一番に思うことは

「この児童が早く学級で授業を受けることができるための力をつけてあげたい。」

これに尽きる。


5年生で転入してきたその子は、日本語が全くできなかった。

お父さんは日本の方なのだが、母国にいる間は仕事の都合で一緒に生活をしていなかったという。

中学生になるまでの2年間で、できる限りのことをしたい。

そんな思いを持ちながら指導を始めた。


ある日、その子が

「せんせい、みて」

と、何かをノートに書き始めた。


「苺」


まさかの、漢字の「いちご」だった。

学校で学習していない漢字なのに、あれ・・・?

話を聞くと、その子は家で好きなアニメを母国語の字幕を付けて観始めたそうで、そこで覚えた漢字だという。

書き順もバランスも、「漢字」とは正直思えないような出来栄えだった。

でも、書ききったその子の表情が、自慢に満ち溢れていた。

「すばらしいね!」


それから漢字に興味を持ち始めたが、小学校で5年生までに習う漢字の多さ、そして5年生からの漢字の難しさ。

正直、

「書き順から全て教えるのは時間が足りない。」

ここで、私は国際教室の担当になる前に先輩の先生から言われた言葉を思い出した。

「取捨選択をしていかないと、間に合わない。」

正しく教えたい気持ちは山ほどある。

でも、時間がない。漢字だけでなく、他の教科の学習もある。

だから

私は、選んだ。

「漢字は書き順やバランスよりも、書ければいい。」と。


教員失格だな・・・

漢字の書き順を正しく教えることが「教員としての正解」なのだとしたら、私は間違いなく失格だ。

でも、あの時、自分の力で「苺」と書ききった彼の誇らしげな笑顔を守れたこと、そして何より、彼が「日本語をもっと学びたい」と思ってくれたこと。

それが一番だったはずなのに。

正しさか、それともその子の未来か。

国際教室の担当を離れた今でも、あの選択が本当に正しかったのか、ふと悩むときがある。

あなただったら、どうするのだろうか。


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