花火を撮る娘と、花火を見る母
『お母さん!まずは座席の確保が先でしょう!』
夏祭りに行った時、娘によく言われた言葉である。
……はい、ごもっともです🤣
でもね。
屋台って、私を呼ぶんですよ。
ヨーヨー。
わたあめ。
見たことのない食べ物。
もう、気になるものが多すぎる。
この時、娘は中学生。
そして、この花火大会に行こうと言い出したのは私だった。
『おー!面白そうじゃん!』
娘も楽しそうに乗ってくれた。
会場に着いて、まず始まったのが場所探し。
私は、
「人が少ないところの方が、ゆっくり見られるんじゃない?」
と思っていた。
しかし娘は違った。
『こっちの方がいい!』
どうやら、花火を見る位置だけではなく、写真を撮る時の構図まで考えていたらしい。
私が少し人の少ない場所へ行こうとすると、娘が言った。
『人気がないところは穴場かもしれないけど、その分危ないかもしれないよ』
『何か盗まれたりしたら大変だし、少し人がいるところの方がいい』
………。
あれ?
どっちが親だっけ?🤣
中学生の娘に安全管理をされる母。
この頃から、我が家では役割分担ができていたのかもしれない。
屋台でも、性格の違いは出た。
ヨーヨー釣り。
私はどうしても欲しいものがあった。
マーブル模様の、青系のヨーヨー。
数が少なかったのだ。
「これが欲しい!」
そう思った私は必死。
娘からしたら、
『そこまで頑張る?( ゚д゚)ポカーン』
だったと思う。
そして、わたあめ。
娘はまず、他の人が作っているところをじっくり見ていた。
どのタイミングで巻くのか。
棒をどう動かすのか。
そして挑戦。
綺麗に作る娘。
一方、私は……
ぶっつけ本番🤣
結果。
腕のところまで綿菓子が巻きついた。
娘が一言。
『どこに巻く訳!?🤣』
……。
正論である。
そんな私たちだけど、花火が始まると別の顔になる。
私は花火が大好きだ。
あの大きな音。
夜空に上がった瞬間の、
ドン!!
という、お腹に響くような感覚。
あれがたまらない。
だから私は、写真を撮るよりも、自分の目で見ていたかった。
その瞬間を逃したくなかった。
一方、娘は違った。
デジカメを構えている。
しかも、ただ待っているわけではない。
花火が打ち上がる瞬間から、カメラを少しずつ上へ動かしていく。
自分も下を向くような形になりながら、花火を追っている。
私は後から見て驚いた。
「そんな撮り方してたの!?」
娘は呆れ顔で言った。
『どうして打ち上がる瞬間から撮らない訳!?』
『散った後を撮って、何になるのよ……』
🤣🤣🤣
いや、だって。
私はちゃんと見ていたんだよ。
カメラを構えるより先に、目で追ってしまうんだよΣ( ̄◇ ̄;)
ちなみに、娘が写真を撮るのが上手かったのは理由がある。
私の兄が、昔から写真を撮るのがすごく上手かった。
その姿を見て覚えたのか。
それとも、血なのか。
娘の構図を見るたびに、
「すげ〜」
と思っていた。
帰り道。
デジカメの写真を二人で見比べた。
私の写真。
娘の写真。
……。
違った。
全然違った。
娘の写真には、花火が一番綺麗な瞬間で残っていた。
打ち上がる瞬間。
広がる瞬間。
夜空いっぱいに咲く瞬間。
ちゃんと計算されていた。
「すげ〜」
思わず声が出た。
でも、その時思った。
娘は、瞬間を残す人。
私は、瞬間を感じる人。
同じ花火を見ていたけれど、見ていたものは少し違った。
今思えば、娘には何度も助けられていた。
何かで私がテンパると、
『お母さん、まず深呼吸しよう』
『はい、吸ってー』
『吐いてー』
『水飲んで』
と言われていた🤣
中学生の娘に落ち着かせられる母。
我ながらどうなんだと思うけれど(笑)
でも、その時の娘は本当に頼もしかった。
あの花火大会を思い出すと、最初に浮かぶのは花火じゃない。
娘の横顔。
そして、笑顔。
いつの間にか、私が手を引くだけではなくなっていた。
娘から教えてもらうことも増えていた。
同じ景色を見ても、心に残るものは人によって違う。
娘は写真として残した。
私は音や空気や、その時の気持ちを残した。
どちらも、あの夏の大切な記憶。
今でも花火を見ると、あの日の娘の横顔を思い出す。
