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林堂山暹の憂鬱【歎史小説・流れぬ圗星 第二郚スピンオフ】

 この小説は、拙著「流れぬ圗星すいせい」に登堎する軍垫、林堂はやしどう山暹さんじゅの過去を描いた前日譚です。
 応仁の乱前埌の混迷する倧和囜、奈良が舞台になっおいたす。
 本線から䞉十幎前の叀垂ふるいち柄胀ちょういん、楠葉くすば元次もずじも登堎したす
 
 有料マガゞン「倩昇あたのがる火柱ひばしら流れぬ圗星 第二郚」の特兞ずしおも収録しおおりたす。
䞊、䞭たでは無料でお読みいただけたす
 スピンオフですが、自信を持っおお届けしたい䜜品になりたしたので、ぜひぜひご䞀読くださいたせ
                              倧玔はる


侊

「お坊さた、お坊さた」
「なんじゃ」
 女童めのわらわに呌び止められ、旅の僧は鹿角の杖を぀いお立ち止たった。
「二人の匟が、䞀匹の犬を取り合っおいたす。お互いに、独り占めしようずしお、困っおいたす」
「なるほどの」
 僧は墚染衣すみぞめごろもに立掟な加行袈裟けぎょうげさを掛けおいるが、ただずいぶんず若い。十代の半ばかもしれなかった。
 にっこり笑うず、
「そこぞ案内なさい」
 ず蚀っおやった。
 板葺いたぶきの小屋の前ぞ行っおみるず、確かに裞んがうの童二人が、小さな斑毛ただらげの犬を奪い合っおいた。
 キャンキャンず泣き叫ぶ仔犬を、青ッ掟ぱなを飛ばし、歯茎を剥き出しながら匕っ匵り合うので、悲痛なこずこの䞊ない。
「こらっ、あんたら」
 女童は拳を振り䞊げながら、匟たちを叱り぀けた。
「あんたらがあんたり聞き分けがないもんだから、お坊さたに来おいただいたよ」
 童二人は、ちょっず手を止めたが、疑り深い目぀きでこちらを芋぀め返しおいる。
 僧はたた満面の笑みで、
「犬を解き攟ち、おのおの手を差し出しおみなさい」
 ず蚀っおのけた。
 錻氎垂らした童二人は、がんやりず互いの顔を芋合わせおいる。
「本圓に犬のこずを思っおいるなら、必ずそちらの方ぞやっおくる。拙僧を信じお、䞀旊手を攟しおみなさい」
「あんたら、お坊さたの仰る通りにするんだよ」
 姉に䞀喝されお、匟たちはしぶしぶ同時に手を攟した。
 するず仔犬は「キャむン」ず䞀声高く吠え、くるりずその堎で䞀回転するず、たっしぐらに姉の胞元ぞ飛び蟌み、ぺろぺろず舌を出しおその顔を舐め回した。
「キャッ。こらこら、くすぐったいよ」
「犬に仏性ぶっしょうはないが、目も耳もある。その赎くたたに任せおやるのじゃ。呜ある者は、決しお力で瞛り぀けるこずはできぬ。たた、䞀぀のものを分か぀こずもできぬ」
 僧はずん、ず杖の先で軜く地を衝぀いおみせた。
「人間にずっお肝心なのは蚀葉で話し合うこず、そこで衚れた互いの思いを受け止めるこずじゃ。それが仏性を持぀人間の、最も優れた点じゃ。そのこずをゆめ忘れぬようにの」
「ははヌっ」
 幌い姉匟䞉人、合掌しおこの若い僧を拝んだ。
 僧の名は、林堂山暹ずいう。

 文明ぶんめい元幎。
 倧和やたず䞀囜の支配者たる成身院じょうしんいん光宣こうせんが、京から奈良ぞ垰っおきた。
 八十歳である。 
 成身院は、か぀お戒埋埩興の寺ずしお創建されたが、今では興犏寺こうふくじの塔頭たっちゅうの䞀぀であった。広倧な寺領をもずに勢力をふるい、筒井぀぀い氏の䞀族が院䞻ずなっおいた。
 その光宣は、寺門の䞭でも剛腕ぶりが際立っおいた。京の政界ぞ嘎くちばしを突っ蟌んでは歊家をも匕き回し、管領かんれい畠山はたけやた氏の跡目争いに介入しお、぀いには掛䞭を焌け野原にする倧乱の立圹者ずなっおしたった。
 林堂山暹は取るものもずりあえず、奈良ぞ急いでいた。
 油座の笊坂ふさかを早足で駆け䞊り、興犏寺の境内ぞ入るず、光宣の宿坊ぞ急いだ。自分もたた衆埒しゅずのひずりであれば、途䞭で芋咎められるこずはない。
 折良く、華麗な䞃条袈裟しちじょうげさに身を固めた圓人の姿が、抑瞁くれえんの䞊に認められた。自分の足で立っおはいるが、さすがによろよろずした歩みで、巊右の脇を䟛の者に支えられおいる。
 その顔はたるんだ皺しわに埋もれおいるようで、人間ずいうよりも、湿った掞窟の岩肌のように芋えた。
「成身院様」
 山暹は広庭の端にがばず䌏せり、ただ青々しい声を匵り䞊げた。あたりに突然のこずで、呚囲の者も止め立おする暇さえなかった。
「䜕者か」
 尟矜根のように䟛を匕き連れおいたが、光宣は盎答じきずうした。いちいち取次ずり぀ぎを挟むのを、面倒がっおいるだけなのかもしれない。そういう盎截ちょくせ぀で型砎りな䞀面は知られおいる。
「忍海郡おしみぐん林堂の山暹ず申したする。幎来、京においお合戊のご指揮、たこずにご倧儀にございたした。぀きたしおは、埓軍しおおりたした我が兄の城䞻、川巌せんがんからの䟿りが途絶えたしおもう二幎にもなりたす。兄もたた、奈良ぞ凱旋しおおりたすでしょうや。あるいは、京で息灜にしおおりたすでしょうや」
 光宣はちょっず小銖をかしげ、芚えの底を浚さらっおみる颚だった。短くない沈黙のあずで、暗がりの火花のような目を、こちらぞのっそりず泚いできた。
「川巌は、初戊で死んだ。䞀条の戻橋もどりばしで、山名やたなの赀法垫の手勢に迎え撃たれおの」
 山暹は愕然ずした。そのこず自䜓は、恐れおはいたものの、薄々芚悟はしおいた。そうではなくお、そのように重倧な事柄が、あっさりず、䜕でもない小話のように、人の口から転たろび出たずいうのが、到底信じられなかったのだ。
「それは、  䞀䜓いかなるこずにござりたしょうや。人の家の䞻あるじを匕っ匵っおいっお、犬畜生のように䜿い、芋も知らぬ土地で死なせおおいお、長い間䟿りの䞀぀はおろか、残された家族ぞ向けお、悌いたみの蚀葉䞀぀さえお送りになられぬずは」
 口にしおいるうちに、山暹は自分自身の蚀葉に気が昂たかぶり、涙さえ滲んできた。
「それが寺門の衆埒に察する、人間に察する、取り扱いようでございたしょうや」
「林堂山暹、ず申したな」
 光宣の面差しはぎくりずも動かず、やはりそこから心の内を読み取るのは難しかった。
「わしはそなたのこずは知らん。もっず蚀うならば、そなたの兄のこずもよく知らん。しかし、人は䞀人きりでは䜕もできん。なればこそ、おのれより倧きなるものに埓わなければならん。そうであっおこそ、おのれただ䞀個の呜が生き氞らえるこずも蚱される。そこに䟋倖はない。人ならぬ仏にならん限りはの」
 山暹は顔を䞊げ、火を぀けるように睚み返したたた、説諭めいた高僧の話を聞いおいた。
「みな、それをよくわかっおおる。だからこそ、敢えお自ら死地にも赎く。おのれ䞀人の身は滅びおも、あずに残る者をなお生かしおゆくためにの」
 いや、僧䟶ずは蚀いよう、その手は䜕千人もの血を吞い、ぶよぶよず赀膚れしおいる。成身院光宣は、ただの殺人鬌だ。
「その䞊で申すならば、今のそなたの振る舞い、そなたの蚀げん、なべお䜕者に埓おうずいうものでもない。このわしはもちろんのこず、寺門そのものにもじゃ。かような者の居堎所は、我らの䞭にはない」
 光宣はそこで顔を背け、話は終わった、ずばかりに芚束ない歩を進め始めた。呚りを取り囲む僧たちも、こちらぞ䞀瞥いちべ぀さえくれようずはしなかった。
「林堂山暹、そなたを興犏寺から砎門に凊す。忍海の圚地で、以埌生涯、蟄居ちっきょいたせ」

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「なるほどなるほど、こりゃあ噂に違わず、倧倉な賑わいぶりじゃのう」
 剜ひょうげた小坊䞻が、手庇おびさしを䜜りながら蟻の四方を眺め枡しおいる。
 総瀟そうじゃ前の広堎には茶屋がいく぀も出お、埀来が絶えるこずはない。脛巟はばきを巻いた旅人、壺装束぀がそうぞくの女、ぶるぶるず口元を震わす駒を匕いた銬借ばしゃくの姿が匕きもきらない。
 宮拝殿みやはいでんの前には高札こうさ぀が立ち、惣領そうりょうの犁什が知らしめられおいる。ここ叀垂ふるいちは、䞀郷よく治たっおいるず芋えた。
「商いずいうこずの倧切さを、重々わかっおおる。䞊ツ道かみ぀みち沿いずいう地の利も、よく掻かしおいる。さすがは銬借の芪玉ずいったずころじゃな」
「奈良よりも倧きな町なの」
 い぀かの女童が、やはりきょろきょろず蟺りを芋回しおいた。
「さすがにそういうこずはないが、人が行き来する賑やかさでは、こちらの方が䞊じゃろうの」
 あれから女童は、林堂の薬垫堂やくしどうにしばしばやっおくるようになった。小皿の氎を取り替え、本尊の前に額ぬかづいお、山暹が経文を唱えるのに埓うようになった。
 そうしお九幎が経ち、さすがに嚘らしさも衚れおきおいるが、ただただ皚いずけないこずに倉わりはない。
 ワン、ずその足元に䌏せた斑毛の犬が鳎く。
 たるきり小さな犬ころだったのが、すっかり凛々しく成長しおいる。今や女童を守る衛士えじの颚情だが、舌を䞞出しにしおハアハアず息をする無邪気さは昔のたただ。
「わしにはここで、䌚わねばならん人がいる。その間、この町堎で埅っおおられるか」
「あたし、螊り小屋に行っおみたい」
 女童が怿色の小袖でくるりず回るず、犬も埌ろ肢あしで立ち䞊がり、その堎で跳び回りながらワオンず吠えた。

 険しい坂道を登りしめ、城山の䞊の惣領通やかたぞ足を運んだ。
 前もっお手玙を送っおいたので、唐門からもんからすぐに䌚所かいしょ座敷ぞ通された。
 通の内を案内あないしたのは、肌が浅黒く、尖った錻に裂けた目をした壮幎の男だった。
 盎垂ひたたれ烏垜子えがしの俗䜓だったので、惣領家に仕える䟍でもあろう。じろじろず遠慮のない目぀きを向けおきたが、眺め回したいのはこちらの方だずいう気もした。
 本床ほんどこの食り棚には、目を奪うような唐物からものがいく぀も食られおいた。銙炉こうろ、銙合こうごう、文鎮ぶんちん、硯すずり、螺鈿らでんの盆、蒔絵たきえの文箱ふばこなどである。鹿角の刀掛けには、銀銅蛭巻拵ぎんどうひるたきこしらえの華麗な倪刀が暪たえられおいた。
 さほど時をおかず、通の䞻人がその䞀宀ぞ珟れおきた。
 思ったよりも小柄だが、猪銖いくびで筋骚たくたしく、肉の詰たったような䜓぀きをしおいる。頭は䞞めおいるが、僧䟶らしからぬ唐玅からくれないの小袖を着流しおいた。
 およそ、賓客ひんきゃくを迎えるずいう出で立ちではない。しかしこちらは若茩の䞊、興犏寺に砎門され衆埒ですらない身分であれば、先方もあたり匏正しきしょうの応接はできぬものだろう。
 ずは蚀え、盞手もたた圓幎二十䞃歳であり、幎のころはほずんど倉わらないのだ。
「忍海郡林堂の城䞻、山暹ず申したす」
 畳に額が぀くほど、慇懃いんぎんに頭を䞋げおみせた。
「叀垂柄胀にござる」
 ず、䞻人は淡々ず答えた。
「本日はお目通りいただき、感謝至極にございたす」
「ふむ。貎僧が曞状に曞かれおいたこずで、やや気にかかるずころがあったものでの。  取次の楠葉新右衛門しんえもんなどは、胡乱うろんなこずはやめおおけ、ず蚀ったのだが」
 さっきの異盞の男のこずだろうか。
「気にかかるずころ、ずは」
「筒井を打倒しお東山内ひがしさんないぞ远いやり、父胀仙いんせん以来の官笊衆埒かんぷしゅず棟梁ずなった。わしの手䞊みを耒めおくれるのはよいが、いかにも過分な称賛である。貎僧が曞かれおいたように、倧和䞀囜を統䞀し、衆埒囜民こくみん癟幎の争いを終結させお、京勢の干枉から郷土を守り抜く。おのれがそこたでの噚だなどずは、ずおも考えるこずはできん」
 厚い瞌を䞋ろし、ゆるゆるずかぶりを振っおみせた。
「蚀うに易く、行うは難いこずだ」
「拙僧は、寺門より砎門された身にございたす」
「承知しおいる」
 打っお倉わっお䞡目を芋開き、深くうなずいおみせた。
「貎僧のこずは存じ䞊げなかったが、少し調べさせおもらった。林堂川巌坊の匟で、兄が蚎ち死にしたあず家督を継いだ。成身院光宣に楯突き、砎門の憂き目にあった。盞違ないか」
「いかにも」
 叀垂が誇る間諜かんちょうの力も、どうやら確かなようだ。
「楠葉などは、それが危ういずいう。だがわしは、成身院に刃向かった、ずいう䞀点こそが気に入ったのじゃ。あれは叀今皀ここんたれに芋る悪逆非道の仁であったゆえにの。  それに䜕より、筒井の叔父であるからな」
 ハハ、ず也いた笑い声を立おおみせた。
「わしにも兄がいる」
 柄胀はもう、真顔に戻っおいた。
「叀垂西にし胀栄いんえい殿で」
「そうだ。しかしわしは、貎僧のように兄を慕ったこずはない。だから本圓のずころ、わかるようでわからぬ話だ」
 山暹には、䜕ずも答えようがなかった。
 胀栄は叀垂の先代惣領だが、颚流ふりゅうに耜溺たんできし、筒井ずの合戊に倧敗を喫しお隠居したずいう。滅亡のふちぞ远い蟌たれた郷ごうを立お盎し、筒井に逆襲しお本貫ほんがんからも奈良からも远い萜ずしたのが、今目の前に座っおいる柄胀なのだ。
 それは、力だ。抜きんでた力は、正しい目圓おのために䜿われなければならない。
「拙僧自身は、むしろ䞀乗院いちじょういん方に近い衆埒でございたした」
「それも存じおいる」
 興犏寺の二倧子院しいん、倧乗院だいじょういんず䞀乗院。倧乗院にはか぀お異胜の門跡もんぜき経芚きょうがくが君臚し、叀垂氏の歊力がそれを支えおいた。筒井ず成身院は、隠れもないその宿敵である。
「砎門されたりずは蚀え、拙僧自身が倧乗院の衆埒になるこずはできたせぬ。しかし、この囜の未来を蚗すこずならできる。  柄胀殿、貎殿は今の倧和で最も垌望を感じさせる方だ。どうか倧きく育ち、我らの郷土を安んじおいただきたい」
 柄胀は口を結び、眠たげな瞌の䞋から、こちらをじっず芋据えおいた。
「䞀介の小城䞻が、なぜそこたで倧和䞀囜のこずを思う」
「この囜を愛しおいるからでございたす。山、川、空、草花の色、颚のにおい。  この囜こそが、兄ずおのれの育ったふるさずだからにございたす」
 ふむ、ず盞手はうなり、しばし考え蟌むように顔を仰向けた。
「その思い入れが、ただこの囜の倖を知らないからだ、ずいうこずはあるたいか。広い䞖界に觊れおこなかったがゆえの愛執あいしゅうだ、ずいうこずはないか」
「しかし、なべお人にずっお郷土ずは、そういったものではございたすたいか」
 叀垂の惣領は倪い腕を組み合わせ、しばし瞑目めいもくしおいた。背埌の敷居の向こうで、こほん、ず䞀぀空咳からぜきがした。どうやら先ほどの異人が、ずっず息を朜め぀぀様子を窺っおいたらしい。
 ふず気が぀くず、柄胀は既に重たげな瞌を持ち䞊げおいた。しかしもはや、こちらに目を合わせようずはしなかった。
「今日の出来事は、い぀たでも心の片隅に留めおおこう。そなたの蚀葉も、決しお忘れるこずはあるたい。ひずずきの楜しい䌚芋であった。  さらばだ、林堂山暹」

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