最速の精霊馬
「きみはお盆には帰るのかい?」
こっちへ来てから仲良くなった中村君に聞かれるまで、僕はお盆のことをすっかり忘れていた。
「そうだね。去年は帰らなかったし今年は帰ろうかなと思ってるよ。中村君はどうするんだい?」
「俺は…やめとくよ」
そうだった。彼の奥さんは再婚したんだった。
そうなると確かに、帰りづらくはなる。
中村君はレーシングドライバーだった。
レース中の事故で、若くしてこっちへ来ることとなった。
数年前のことだ。
まだお子さんも小さかったようだ。
「もう少し一緒にいてあげたかったな」
いつか彼が呟いた一言が、耳に残っている。
「駆くん、もう大きくなったんじゃない?」
「そうだね。今年で小学四年だよ。あっという間だね。子どもが大きくなるのは。ついこないだ入学式だった気がするのに」
中村君が父親の顔になって目を細める。
「あいつが辛い思いをしないことが一番の願いだよ。絵美のことだ、ちゃんとした男を選んでるだろう。そうすれば駆にも頼れるお父さんができる」
中村君の気持ちを、正確に推しはかることは、僕にはできなかった。
おそらく安堵とも違うし、強がりとも違うように思う。寂しさがそこに無いとはとても思えないけれど、でもそれが覆ることを望んでいる顔でもなかった。
*
こっちの世界では、時々個人宛に便りが届く。
例えば、辛いことだが「あなたがこれまで帰っていた家が無くなりました」といった内容のこともある。途中で迷子になってもいけないからだ。
幸い、僕のところに届いた便りは「これまでの日常が続いている」といった内容だった。
両親は、一昨年に比べると少し年老いたようにも感じたが。
中村君のところにも便りが届いたようだ。
それは写真付きの便りだった。
駆くんと、その新しいお父さんが、一緒に工作をしている場面。
本来なら精霊馬として用意されるはずのきゅうりを使って、かっこいいレーシングカーを作っているところだった。
「僕のお父さんはレーシングドライバーだったんだよ!すっごくかっこよかった!そろそろお盆だから帰ってくるんでしょ?お父さんは馬より断然レーシングカーが似合うから、カッコいいマシンを作りたいんだ!新しいお父さんも手伝ってよ」
「そうか、駆くんのお父さんはレーシングドライバーだったね。よーし、お父さんが誰よりも早く帰ってこれるように、めちゃくちゃかっこいいレーシングカー、一緒に作ろう!僕も早くお父さんに挨拶したいからね」
写真に声はない。
それでも僕には、そんな会話が聞こえた。
中村君はしばらく、写真を見ていた。
「これは、帰らないわけにはいかないよな」
そう言って、目を真っ赤にしながら、
ヘルメットを探し始めた。
ビンゴエッセイ参加中です。
今回のマスは「お盆」でした。
