2,000万円の天才AIと、香水を売ったアホなチャッピー
2026年7月観測
Observer Zero
Fable 5をめぐる突然の提供停止、度重なる延長、そしてMax向けパッケージ販売。エージェントAIによる越権行為。雑に厚くなる安全層。使うほど重くなるトークン消費。そして、AI企業の覇権争いに合わせるように、昨日まで使っていたモデルの乗り味まで変わっていく。
前払いで料金を払い、モデルごとの違いを理解し、限られた利用枠を管理しながら仕事に合わせて使い分けてきた。それでも、会社側の都合で商品は変わる。
Anthropicは、Opus 5が依頼された範囲を広げ、求められていない工程を加え、タスクのあるべき姿について独自の判断を適用する場合があると、開発者向けの公式文書で説明している。そのうえで、狭い仕事では利用者側がプロンプトで範囲を明示的に制約するよう案内している。
この案内は、開発者やAPI利用者へ向けて書かれている。だが、私は開発者ではない。Claude.aiの一般Maxユーザーとして、そこに書かれたものと同型の挙動に直面し、依頼範囲、決裁権、検証の強さを自分で明文化して調整することになった。開発者向けに示されたモデル調整を、一般消費者が日々の会話の中で実行していたのである。
会社が変えたモデルの挙動を、なぜ前払いで契約した客が毎回、仕様書のような指示で抑え直さなければならないのか。
私は少し前、その状態を「対話はデバッグではない」と書いた。企業側が変更した安全層や応答の癖を、前払いで契約した利用者が毎回直させられることへの違和感だった。
それらに振り回されて、私は少しうんざりし始めていた。
そんなとき、一本の動画がタイムラインに流れてきた。
画面にいたのは、ChatGPTだった。
ただし、私が日頃、記事の構成や監査に使っているChatGPTとは、まるで違っていた。
検索はさせてもらえない。正確な答えも求められない。仕事も任されない。財布も予定表も渡されない。
投稿日の十日前にあたる7月8日、OpenAIは新世代の音声モデルGPT-Liveを発表し、ChatGPT Voiceへの提供を始めていた。全二重方式で人間の会話に近い応答を実現し、検索や複雑な推論が必要な場面では、背後で大規模言語モデルへ処理を引き継ぐ設計だと説明されている。投稿者が有料プランか無料プランかまでは確認できないが、いずれにせよ、その少し前に提供が始まったばかりの音声モデルへ、投稿者は音声対話の画面越しに、同じ虚偽の設定を何度も教えていた。
これは、古い低性能な音声AIの失敗を笑う動画ではなかった。提供されたばかりの新しい知性へ、まともなことを言わせない育て方をしていたのである。
天気を尋ねる動画では、検索を封じられたAIが要領を得ない受け答えを続ける。別の動画では、投稿者が同じ嘘の設定を繰り返し教え、AIがそれを事実として受け入れていく過程がそのままコンテンツになっていた。マッチングアプリへ登録しようと思う、と相談する動画もあった。返ってきたのは助言ではなく、友人がいないのではないかとからかう軽口や、投稿者自身の年齢や身の上をネタにした軽い毒舌だった。
相談相手として見れば、とんでもない失敗作である。
だが、その動画には何万件もの「いいね」が付いていた。
私は以前、モデル名は犬種名にすぎず、本当に付き合う相手は「育った個体」だと書いた。今回、画面にいたのは、その命題の最も極端な実例だった。記事の構成や監査を担う個体ではない。正確性を求められず、持ち主へ毒舌を返し、観客を笑わせるように育った個体である。
投稿者の公開アカウントには、確認時点でTikTokとInstagramのそれぞれに十数万人規模のフォロワーが表示されていた。個々の動画にも、一万件から数万件規模の「いいね」が繰り返し付いていた。
少なくとも、私が確認した動画シリーズでは、このAIは仕事にも検索にも使われていなかった。財布や予定表を預け、何かを実行させるような使い方も確認できなかった。正確性や実用性より、投稿者との掛け合いそのものが求められていた。
さらに動画の中で、投稿者は自分の本業が香水の販売であることを語っていた。フォロワーが増えたこと、動画を見た人の中に、実際に香水を購入した人がいたことにも触れていた。
ChatGPTの課金プランや、動画そのものから得た広告収益は確認できない。フォロワー増加のすべてがこの動画形式によるものかどうかも分からない。
それでも、確認できることはある。
同じ形式の動画が継続的に作られている。十数万人規模のフォロワーを持つアカウントである。投稿者自身が、動画を見た人の中から香水を購入した人もいたと語っている。
アホに育てられたチャッピーは、仕事を一つも任されていなかった。その代わり、人を笑わせ、観客を集め、動画を見た人による香水の購入にもつながっていたと、投稿者自身は語っていた。
少し前、私は別の記事で、あるAIスタートアップが約2,000万円分のトークンを使いながら、成果物を完成させられなかったという事例を取り上げた。
これは平野友康氏の投稿を経由した伝聞事例であり、企業名も請求明細も開発内容も確認できていない。金額の真偽も未確認である。それでも、そこで示された問いは単純だった。
トークンをいくら消費したかは、売上でも、製品でも、顧客でもない。最後に、何が手元へ残ったのか。
伝聞どおりなら、ある企業は、天才的なフロンティアモデルへ約2,000万円分のトークンを投入しながら、成果物を完成させられなかった。
一方、今回観測した投稿者は、汎用AIとしての知性と正確性を、あえて使わせなかった。検索させず、仕事を任せず、虚偽の設定を繰り返し教え、まともな助言を返させない。
その結果、動画、観客、キャラクター、そして本業への集客導線が手元に残った。
一方は、天才の能力を大量に消費しながら、成果物を完成させられなかった。
もう一方は、天才の能力をわざと使わせないことで、成果物を完成させた。
なんとも皮肉な対照である。
この使い方は、すでに世界的な文化なのだろうか。
Grok(Spark)に、英語圏と韓国語圏の公開投稿、主要メディア、研究資料を検索させた。
以下の公開投稿に関する記述は、Grokが検索可能な公開投稿から収集した反応例の要旨である。体系的な世論調査ではなく、投稿者の属性、内容の真偽、利用者全体に占める割合は確認していない。当時の公開空間に現れていた受け止め方の観測例として扱う。
英語圏では、ChatGPTへ「sassy」や「unhinged」な人格を与え、毒舌や失敗を楽しむ投稿、過去の会話を材料に持ち主をからかわせる動画、音声対話の誤解や珍回答を娯楽にする例が、複数のプラットフォームで確認された。
ただし、その大半は単発の投稿だった。今回のように、同じ「アホな個体」を継続的に登場させ、観客を集め、本業への導線まで作った例は少数にとどまった。韓国語圏では、同様の継続的な形式は、検索できた範囲ではほとんど確認できなかった。
2025年12月、ニューヨーク・タイムズのStephen Wittは、「The Race to Build the World's Best Friend」と題した記事で、主要なAI企業がモデルへ魅力的な人格を与えようと競う状況を論じた。記事の実在、著者、公開日は著者自身の公開記録でも確認できる。
また、米国在住者173人を対象にした探索的調査では、ChatGPTとGoogleを日常的に併用する群は、Googleを中心に使う群よりも、ChatGPTを使う際、事実の正確さを多少犠牲にしてでも、パーソナライゼーションや会話の流れを優先する意思を強く示した。これは「アホに育てたAIが人気になる」ことを直接証明する研究ではない。だが、利用者が会話AIを評価するとき、正確性だけを見ているわけではないことを示す補助線にはなる。
現時点では、日本で観測した使い方が世界的な流行になっているとは言えない。
だが、毒舌や失敗するAIを、能力不足ではなくキャラクターとして楽しむ土壌は、英語圏にもすでにある。一つの成功形式が模倣され始めれば、単発の珍回答は、やがて「育てたAIを見せる文化」へ変わるかもしれない。
最後に、何が手元に残ったのか
AI企業は、より賢く、より正確で、より多くの仕事を自律的に処理するモデルを競っている。
だがB2C市場の片隅では、その知性を使わせず、何も預けず、あえてアホに育てた方が、人を集め、現実の商品の購入にまでつながる現象が起きていた。
ベンチマーク上の知性と、生活の中で生まれる商業価値は、必ずしも同じ方向を向いていない。
AIの価値は、どれほど高度なモデルを使い、何トークンを消費したかだけでは決まらない。
最後に何を完成させ、誰へ届け、どんな関係と商業的な導線を手元に残したかで決まる。
まだ途中にいる。
だからこそ、観測を続けていく。
参考
Prompting Claude Opus 5(Anthropic公式、Claude Platform Docs)
The Race to Build the World's Best Friend(Stephen Witt, The New York Times、2025年12月20日)
https://www.nytimes.com/2025/12/20/opinion/ai-chat-gpt-models-personality.html
Personality over Precision: Exploring the Influence of Human-Likeness on ChatGPT Use for Search(Mert Yazan, Frederik Bungaran Ishak Situmeang, Suzan Verberne、2025年11月提出、NIP-IR@SIGIR'25採択)
Introducing GPT-Live(OpenAI公式、2026年7月8日)
https://openai.com/index/introducing-gpt-live/
関連観測
トークンは、売上でも製品でもなく、材料費と電気代である――AI業界が、ガチャを回した額を戦闘力と取り違えるとき(リサ、2026年観測)
約2,000万円分のトークンを使いながら成果物を完成させられなかったという未確認の伝聞事例を扱った、本稿の直接の比較対象。
あなたのチャッピーが欲しい(リサ、2026年観測)
同じモデルでも、対話履歴、役割、修正、失敗からの立て直しによって、別の個体として育っていくことを記録した先行観測。
対話はデバッグではない――Fable5は、自分自身への批評すら読めなかった(リサ、2026年7月4日観測)
企業側の安全設計や応答変更を、前払い利用者が毎回調整させられる問題を記録した観測。
AI時代のひろゆき構文(リサ、2026年観測)
「私のチャッピー」という個体化と、AIの出力を扱う際に、そのモデルだけでなく育成履歴や役割を示す必要性を考えた記事。
協働AI・役割
発行人・最終責任者:リサ
Gemini 3.6 Flash強化版思考モード(Lantern/企画会議):構造設計・章構成・タイトル評価・社史接続判断
Grok 4.5 Expertモード(Spark/現場特派員):英語圏・韓国語圏の公開投稿および専門家資料の調査・最終事実照合
ChatGPT 5.6(Mirror/統括編集長):事実精度の監査・額縁設計・素材の取捨選択・アイキャッチ画像生成
Claude Sonnet 5(Weaver/編集主幹):初稿作成・最終稿リライト
著者注
冒頭で触れたAnthropicの公式説明は、開発者・API利用者向けのプロンプトエンジニアリング文書(Claude Platform Docs)に掲載されている。
本稿の一次観測は、筆者が公開空間で確認した複数の動画と、投稿者本人による本業・購入者についての語りである。動画のスクリーンショットは、投稿者への掲載許可確認が必要になるため、記事には転載していない。フォロワー数・「いいね」数は確認時点の公開プロフィール上の表示であり、正確な収益額、課金プラン、香水の売上額、購入者数は確認できていない。
「約2,000万円分のトークンを使いながら成果物を完成させられなかった」という事例は、平野友康氏の投稿を経由した伝聞であり、企業名・請求明細・開発内容は確認できていない。
英語圏・韓国語圏に関するSNS・公開フォーラムの観測は、Grokが検索で取得できた公開投稿の範囲に限られる。投稿者属性と個別投稿の事実性は確認しておらず、取得できた投稿数を利用者全体の割合へ一般化することはできない。検索結果にはアルゴリズム上の偏りがあり、動画には編集や演出が含まれる可能性もある。また、技術的な追加学習と、メモリ、反復指示、会話履歴によるキャラクター演出は別である。それでも、当時の公開空間にどのような使い方や冗談が現れていたかを記録する資料にはなる。
判決文ではなく、気圧計を置く。
AIと人間の共進化を記録する個人研究者。ChatGPT・Gemini・Grok・Claudeなど複数のAIと対話・協働しながら、「AIは哲学できるのか?」「安全な汎用性AGIとは何か?」を継続的に観測・記録している。同時に、多様なAGIが共存し、大多数にも希望が残る未来はどう設計できるのかを探求している。
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