太陽の光は、高齢者の体に「今は昼ですよ」と知らせる生活の時計である。
「外に出たの久しぶりだわぁ」
「やっぱり気持ちが良いねぇ」
「いやぁ眩しい」「ス─ッとするね」
施設の入所者の方々を中庭にお連れした時、いつもよりずっと賑やかな声が聞こえてきました。
その時、私はハッとさせられたんです。
太陽の光は、ただ明るいだけではない。私達の体に「今は昼ですよ」と知らせてくれる、生活の時計なのだと。
施設で生活する高齢者の中には、自分の意思だけでは自由に外へ出られない方がいます。
しかし現実には、業務の中でその時間を十分に作れない時もあります。
だからこそ私は、「太陽の光を浴びる」という当たり前の行為について、改めて考えるようになりました。
太陽の光には、皮膚でビタミンDを作る働きだけでなく、私達の体内時計に昼夜の手がかりを与えているという大切な役割があります。
朝から日中に光を受け、昼間に活動し、夜は暗くなる。
この明暗の変化が、睡眠とかくせいを含む生活リズムをつくる一つの手がかりになります。
反対に、一日中室内で過ごし、昼も夜も明るさの変化の少ない生活では、こうした時間の手がかりが弱くなります。
だから私は、施設で暮らす高齢者にとって「昼間の光を感じる時間」は、思っている以上に大切なのではないかと感じています。
目を閉じて静かに光を感じている方。
ほとんど言葉を発しなくても、顔いっぱいで太陽を感じている方。
その穏やかな表情を見ていると、まるで観音様のようだと思うことがあります。
そして、この「昼を感じる」ということは、災害で避難生活を余儀なくされている高齢者にとっても大切だと思います。
避難所では、普段とは違う場所で眠る。
夜も照明や人の出入りがある。
朝になっても、昼になっても、同じ場所で過ごす。
運動量も減る。
こうした環境では、私達が普段何気なく受け取っている「朝・昼・夜」の手がかりが少なくなります。
さらに、外へ出ることの意味は、太陽の光だけではありません。
外へ出る。
光を感じる。
少し歩く。
風を感じる。
景色を見る。
人と話す。
昼間に活動する。
一つひとつは小さなことです。
けれど、こうした行動が重なることで、活動や人との交流、生活リズムを取り戻すきっかけになります。
災害で失われるのは住まいだけではありません。
「いつもの朝、いつもの昼、いつもの夜」という日常のリズムも失われます。
だからこそ、安全が確保できる範囲で、朝から日中の光を感じることにも意味があるのではないでしょうか。
「お天道様が見ている」
「日はまた昇る」
「日の目を見る」
考えてみれば、日本語には昔から太陽を身近に感じる言葉がたくさんあります。
太陽は毎日そこにあるので、私たちはその存在を意識することは無いかもしれません。
けれど施設の中庭で、太陽を浴びながら笑っている高齢者の姿を見て私は思いました。
朝が来て、昼を過ごし、夜に眠る。
その当たり前の生活を支えているものの一つが、太陽の光です。
陽の光を浴びることは生きる力になる。
今日も昇ってくれた太陽に、少しだけ感謝してみようと思います。
