もうひとつのフランケンシュタイン城へ
思いつきでローカル線に乗って訪れた、山あいの小さな町フランケンシュタイン。そこの廃城「フランケンシュタイン城」に行ってみる。
前回の記事にも書いたが、こちらはあのメアリー・シェリーによる小説「フランケンシュタイン(Frankenstein; or, The Modern Prometheus)」の舞台ではない、別の場所だ。
(物語に紐づくフランケンシュタイン城についての情報をお探しでここに辿り着かれた方、すみません…)
ちょうど電車を降りるころには止んだにわか雨。とはいえ、時折ぽつりぽつりと落ちてくる。人口1000人に満たない小さな町、駅にも人の気配はない。

線路沿いの道を少し行くと、山側にのびる小道がある。お城はちょっとした山の上にある。

「フランケンシュタイン」の名は、西暦1146年に記された文書の中に出てくる。遅くともこの年にはあったということだ。
長いあいだ、修道院、ライニンゲン家、フランケンシュタイン家あたりで所有権が移ったり、共同所有になったりする。「部屋割りはくじ引きで決められた」という記録もあるらしい。なお、質入れされたりもした様子。
その後、この地域ではしばしば紛争が起こる。貴族同士の戦いあり、農民の襲撃ありと、心が沈むような出来事が繰り広げられたようだ。
さらに時代が進むと、今度はスペイン軍、フランス軍もやってくる。
かくかくしかじかを経て廃墟となった城は、19世紀の終わりから州のものとして修復、保存されているという。
こういった気の毒な運命を辿る城は多い。
さて、お城までの山を登る。写真はわりに端正な階段だが、上がるにつれてワイルドになっていった。故に、以降の道の写真はない。

それは「適当に置いた大きな石」状になっていたり、かろうじて階段という様相をとどめたものも下向きに傾斜していたりする。しかもにわか雨のあと。上りはいいが下りが心配だ。

距離としてはそれほどでもなく、2月に行った京都の大文字山火床までよりはずっとラクに感じたが、もう少し整備してほしいところだ。
最後の大きな一段を上がると、目の前にどーんと廃城が現れる。

こちら、海でいうと岬、というように張りだした山の端に建てられている。要塞としての機能が大きかったことがうかがえる。
写真右下に見える入り口からさっそく中へ。
中央の三角(台形か)に見える部分は暖炉の跡とのこと。
床は全部落ちているが、元は4階建てだったのだろうか。

一番下の覗き窓/射撃穴から外を写してみた。
ここにも、防御を前提とした作りが見られる。

この鉄格子のはめ込まれてあるふたつの開口部の間には床があったのだろう。上の階段は中庭に続いている。


こちら、下の開口部のアーチは、比較的最近になって修復されたものに見える。


岬状に張りだしたところはこうなっている。こちらにも要塞らしさが感じられるものの、おそらくここから眺めを楽しんだりもしたのだろう。(だといいな)

下を走る列車が通り過ぎると、静寂が戻る。
800年近くに渡って、ここに生きた人たちがいた。
かまどに火が焚かれ、大勢が食卓を囲み、子どもたちは駆けまわり、愛が語られたかもしれない。そして、誰かが殺し誰かが殺された。
そんなことをぼんやり思いながら、廃城をあとにした。

と、半日旅のメインの部分はここでおしまい。
明日は、おまけ編!
まさかの苦行になるフランケンシュタイン駅までの帰り道のあれこれを。
岩の階段から転げ落ち……ではないのでご安心を!
