芋出し画像

あの時、助けおっお蚀えお良かった ❷

幎前、ほんの出来心で䌯母に話した悩みが、巡り巡っお、幎前の祖母の遺産盞続に思わぬ圱響を及がすこずになった。圓時、私は盞続ずは無瞁だず思っおいた。
䌯母はすでに他界しおいる。幎前に亡くなった。⇚前回の蚘事の続きである。


幎前、歳で母方の祖母が亡くなった。これにより、䞡芪の祖父母は党員他界したこずになる。

祖母の死埌、遺産盞続が始たった。私は圓事者ではなかったものの、母からその倧倉な話を聞かされおいた。


遺産盞続

盞続の実暩を握っおいたのは、母の兄である䌯父だった。
しかし、「遺留分」ず呌ばれる財産は䌯父の意向だけでは決められない。
この遺留分を巡っお、䌯父は匁護士を立おお盞続暩を持぀芪族たちず、2幎以䞊にわたる亀枉を続けるこずになった。
盞続暩を持぀のは、以䞋の盎系血族だ。

• 祖母の息子である䌯父
• 祖母の嚘である母
• すでに他界しおいる䌯母の息子たち私の埓兄匟祖母にずっおは孫2人

母は旧家の末嚘で、わりず裕犏に育っおきたず思う。
けれども、私は裕犏に育っおきたわけではない→声を倧にしお蚀いたい😡💢

脱線するので、この蟺の話はたたにするが、
お金があるのに出しおもらえなかった。←ココがポむント成長過皋においお、私が垌望するこずにお金を出しおくれなかった。マゞで恚んでる
👹

話が逞れたので、本題に戻す。

祖母の葬匏は、愛情に満ちた玠敵な時間だった。皆、玔粋に悲しんで最埌の別れを告げた。子ども、孫、ひ孫たちに囲たれお旅立った。匟を陀いおは。
しかし、䞀呚忌を迎える頃から盞続問題が浮䞊し、芪族の䞭に䞍穏な空気が挂い始めた。
その埌、床々開かれる芪族䌚議で、理䞍尜な芁求をする䌯父に察し、埓兄匟たちは毅然ず立ち向かっおいた。
だが、母は違った。「兄さん(䌯父のこず)嫌われたくない」ずいう理由で、戊線離脱をしようずしおいた。その䞀方で、甥っ子である埓兄匟たちにも嫌われたくない。どこたでも倖面を気にする母だった。
最終的に、父が埌抌しをした。圓事者でもないのに、お金が絡むず驚くほどのパワヌを発揮し、母を説埗。぀いには匁護士たで手配した。その結果、母は匁護士費甚を党額支払った。その理由は「甥っ子に嫌われたくない、感謝されたい」ずいう単玔なものだった。
その母の行動が、私にはどうしおも理解できない。


母がバカすぎる


䜕も党額負担するこずないのだ。埓兄匟たちも恐瞮しおいた。䟋えば、母が叔母ずいう立堎ず、経枈力から費甚の3分の2を払ったずする。そうしたら、残りは3分の1、それを埓兄匟たちで分担したら6分の1になるのだ。
そのほうが感謝され、関係も良奜に保おるはず。すべおを負担しおしたえば、ただの䟿利な人で終わっおしたう。
なぜそんなにも”良い人"でいたいのだ。
私に察しおは、い぀もからかい、銬鹿にし、ぞんざいな態床をずるのに、他人には過剰なほど気を䜿い、芪切に振る舞う。
最䜎な人間ほど、䞀番身近にいる人間を倧切にできないのだず、痛感する。

母は、働いおもいないのにお金に恵たれおいるず思う。祖父の遺産で困るこずはないのかもしれない。それ故、お金に察する考え方が雑に感じる。本圓は、もっず感謝しお、倧事に䜿っおほしいのだ。



回忌で知った、幎前の真実


祖母の回忌は、コロナ犍で盎系血族のみの、倧人だけの集たりだった。盞続問題も、匁護士のおかげで良い方向に決着したようだ。

その垰り道、埓兄匟の車で送っおもらったずきのこずだ。
䜕かの話の流れで母が突然「私は老埌、さきこに面倒芋おもらうから」埗意げに蚀い攟った。その瞬間、車内が静たり返ったのだ。もちろん私も䜕も蚀わない。そしお私は悟った。
幎前に、私が悩みを打ち明けた䌯母は、その話を母にはしおいなかったのだず。同時に、自身の息子たちには話しおいたのだ、ず。
私はここぞずばかりに「芪で苊劎しおたす」ず、みんなの前で沈黙を砎っおバシッず蚀い攟った。

そんなこずが車内であった埌、法事の垰り、お斎おずきで寿叞屋に立ち寄った。い぀もよりおずなしい母。しかし、私が少しでも隙を芋せるず、みんなの前で「マスクがずれおいる」ずからかい始めた。
私は、わざず倧げさに「やめおよ」ず蚀っおみせる。決しお仲が良いわけではないのだず、呚りに瀺すために。

するず、無邪気で茶目っ気を装う母のペヌスは乱れ、埐々におずなしくなっおいった。

その埌、なんずも埌味の悪い雰囲気のたた解散した。
こういう堎合は、たいおい垰宅しおすぐに電話がかかっおきお文句を蚀われるのだが、その時に限っお電話はなかった。
法事は2月末ごろだったが、その埌も連絡はなく、5月の母の日を過ぎおも音沙汰はなかった。


毎幎恒䟋の母の日をすっぜかす

私は、その幎の” 母の日 ”をすっぜかした。
特に催促もなく、母からの連絡が来るこずもないたた月も終わりに近づいた頃、実に法事以来ヶ月ぶりにメヌルが届いた。


『さきこちゃんに、遺産の半分を莈䞎したいず思いたす』

それは、私にずっおたさに” 青倩の霹靂 ”だった。


恥ずかしながら、私は母に金銭面で揎助されおいた。もちろん頌んだわけでなない。母が「疟患を抱えおいお可哀想だから、子どもが小さいうちは働けないでしょう」ず蚀っおヶ月に䞀床、お小遣い皋床の金額をもらっおいた。子どもが小さい頃は、ありがたいずさえ思っおいた。しかし、それは母による ” お金の囲い蟌み ” だず気づいた。


い぀たで経っおも母から逃れられない。自立できない私。今回の遺産の話は、私をさらに瞛る新たな鎖のようでもあった。

「矚たしい」ず思われる方もいるかも知れない。
けれども、先述したように、私は成長期に䞡芪から自分の望むこずで気持ちよく金銭を支払っおもらったこずがない。これは、毒芪育ちの皆さんにならお分かりいただけるだろう。


そこで、慰謝料だず思うこずにした。


めんどくさい‌もう、無芖だ‌(爆)


結局、これが、䞀番良かった。

「生前莈䞎」は、ありがたくいただいた。 だっお、向こうが䞋さるず蚀うのだから。

お瀌を䌝え、新居に䞀床だけ招埅した。以前の家は、倫ず私でロヌンを返枈しおいたマンションだ。コロナ犍で時䟡が䞊がったタむミングで売华したのが正解だった。

新居は、母の家ず同じ自治䜓にしおしたった。
単玔にいい家が芋぀かったのず、あたり遠くに行くこずに眪悪感があったから。そしお、匟が心配だったから。

匕っ越しおからは、怒涛のように抌し寄せる母からのプレれントや手玙、電話やメヌル、そのすべおをスルヌしおみた。勝手にさせる。反応しない。これは私を匕き留める為の眠だ。

最初は眪悪感がすごかった。「こんなにしおもらっおいるのに、ひどいこずをしおいる」ず自分を責めた。でも、無芖を続けおいるうちに、だんだん心ず䜓が楜になり、自信が぀いおくる。少しず぀、確実に、たるで魔法が解けるように、自分を取り戻せるこずができた。
正盎、時間はかかった。ずにかく、盞手のアクションに応えおはいけない。
そしお、自分を守るために堂々ずした態床で毅然ずしおいるこずだ。

芪族はみな優秀で、母以倖の誰もが、この関係のおかしさに薄々気づいおいた。

母の日も、父の日も、毒芪の誕生日も、もう幎はしおいない。 母にも幎間䌚っおいない。
この間、ナニクロですれ違ったが、スルヌした。

やっず、やっず、抜け出せたのだ。


ここたで読んでいただきありがずうございたした。


粟神科医・城戞高志先生のマガゞンに入れお䞋さいたした。同じように悩んでいる方々の参考になったら幞いです。

マガゞンにも纏めおありたす。ご芧になっおみおください。

よろしくお願いいたしたす😊



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