傅役「じい」の悲劇 〜「いたたたた…」で終わらない男たちの葛藤〜
目次
はじめに:テレビの「爺」と現実の「爺」
傅役とは何か?〜当家最大の投資先〜
大殿と若殿の間で
【事例①】石川数正の場合
【事例②】飯富虎昌の場合
【事例③】平手政秀と織田信長
当家一の忠義者ゆえの悲劇
令和を生きる私たちへ
今回は少し、変わった切り口で、、、
テレビの時代劇を見ていると、こんなシーンがありましたよね。
若君と傅役の爺が剣術稽古。
バシッ!
「ほっほっほ、じいの勝ちでございますな!」
「若もまだまだ、つめが甘もうございます!」
「いたたたた…腰が…」
若、大げさに転がる。
「若様!大丈夫でございますか!?」
心配して駆け寄ったじいに——
ポカッ!
「隙あり!じいはまだまだ甘いな!」
「いやあ、若に一本取られましわい!」
二人で大笑い。
…いやいやいやいや。
現実はそんな甘いもんじゃなかったのかも??
傅役とは何か?〜当家最大の投資先〜
戦国時代、男児の夭折率は非常に高かった。
無事に成人できる保証などどこにもない。
だからこそ——
嫡男をはじめ、息子たちがどれだけ優秀に育つかで、家の興隆が決まる。
これは決して過言ではありません。
嫡男の教育は、当家にとって最大の投資だったのです。
では、その教育係である傅役には誰が選ばれるのか?
一流の武将であること
一流の内政家であること
一流の教育者であること
そして実績が抜群であること
つまり——
家中で最も優秀な人材が傅役に選ばれた。
これが悲劇の始まりでした。
大殿と若殿の間で
傅役の苦悩は、単なる上下関係の板挟みではありません。
大殿(現当主)と若殿(次期当主)。
この二人の間に立つということ。
それは血で繋がった父と子の間に、赤の他人が入るということ。
大殿には大殿の想いがある。 若には若の想いがある。
その両方を理解し、両方に仕え、両方を繋ぐ。
これがどれほど難しいことか。
しかも若君は傅役を慕う。
どうしても傅役とはいえ、息子のように思ってしまう。
結果どのようなことが起こるか。
【事例①】石川数正の場合
徳川家康の懐刀として知られる石川数正。
家康の嫡男・信康の傅役を務めました。
ここで悲劇の構造が生まれます。
徳川家中が「家康派」と「信康派」に分裂。
さらに追い打ち——
織田信長から「信康が今川と内通しているのでは?」と疑いをかけられる。
家康は同盟者・信長の圧力と、愛息・信康への情の間で苦悩。
結果:信康切腹
そして数正は後に徳川家を出奔し、豊臣方へ。
「若を守れなかった…」
傅役として、これ以上の無念があるでしょうか。
【事例②】飯富虎昌の場合
武田信玄の重臣にして、嫡男・義信の傅役。
「甲山の猛虎」と呼ばれた歴戦の勇将。
ところで「赤備え」といえば井伊直政や真田幸村が有名ですが——
飯富虎昌こそ元祖・赤備えだった可能性があります。
『甲陽軍鑑』には虎昌の部隊が赤い装備を用いていたとの記述があり、弟の山県昌景がこれを継承したとされています。
※ただし『甲陽軍鑑』は後世の編纂物であり、一次史料での確認は難しい部分もあります。
さて、義信には今川義元の娘が嫁いでいました。
つまり今川家は義信にとって妻の実家。
ところが——
桶狭間で義元が討たれ、今川家は急速に弱体化。
信玄はこれを好機と見て、今川領への侵攻を決断します。
「今川を攻め滅ぼす」
義信にとっては、妻の実家を滅ぼすということ。
当然、義信は猛反対。
ここから親子の関係は急速に冷え込んでいきます。
そして義信は謀反を企て——傅役の虎昌は連座。
「わしは若を守っただけじゃ…」
切腹。享年六十余歳。
最強の武将が、傅役という立場ゆえに命を落としたのです。
【事例③】平手政秀と織田信長
これぞ傅役悲劇の古典。
若き日の信長——
悪がきを連れ立って暴れる
奇抜な服装で城下を練り歩く
父の葬儀で位牌に灰をぶん投げる
「うつけ」と呼ばれた問題児。
傅役の平手政秀は必死に諌めます。
「若、もう少し落ち着いて…」 「うるさい爺だ!」
そして——
平手政秀、諌死(かんし)。
自らの命をもって若君を諌めたのです。
信長はその後、政秀寺を建立。
「爺、すまなかった…」
だから生きてる間に聞けよ!!
当家一の忠義者ゆえの悲劇
こうして——
家中で一番優秀で、一番忠義深い者が傅役に選ばれ、
そして誰よりも苦しんだ。
皮肉なことです。
能力が高いから選ばれる。 人望があるから若君に慕われる。 忠義深いから大殿にも尽くす。
その双方の想いがずれた時全てが、苦悩の原因になる。
令和を生きる私たちへ
子供のころ、バカ殿に出てくる爺や、時代劇の爺を見て思っていました。
「大変だなぁ」と。
若君のわがままに振り回され、「いたたたた…」と転がされ、それでも笑顔で仕える爺。
でも今なら分かります。
戦国時代、家中一の実力者として傅役に選ばれた爺たちは、本当に凄い人だった。
そんな人が、大殿と若の間で苦悩し、時に命を落とした。
あのコミカルな「爺」の裏には、こんな重い歴史があったのです。
戦国時代から500年。
事業承継の難しさは、何も変わっていません。
中小企業の後継者不足、農家の廃業、伝統産業の消滅…
ニュースでよくみます。
そして今も、組織の中できっと誰かが「爺役」を担っている人がいます。
先代と後継者の間に立ち、 両方の想いを背負い、 両方に気を遣いながら、 自分の心と身体をすり減らしている人がいる。
そのご苦労は、いかほどばかりか——。
でも、だからこそ——
大切なのは、あなた自身が健やかであること。
よろしかったら、タケストレッチで体と心をしなやかに!!
最後までお読みいただきありがとうございました。
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