障害とは。デンマーク留学を通して考えたこと
こんにちは!休学して3カ国🇲🇹🇩🇰🇮🇩に留学するはのんです🌿
上智大学で社会福祉を学んでいて、トビタテ留学JAPAN!の奨学金をいただき、1年間の留学に挑戦しています。私は6月まで、デンマーク独自の成人教育学校で、障害のある人とない人が生徒として一緒に学び、暮らしていました。
半年間のデンマーク留学を終えた今、率直な思いを書き残しておこうと思います。
詳しいエグモント生活については、以下の発信をご覧ください👀❣️
結局、障害とは何なのだろう。
エグモントに行く前の私は、障害のある人たちと接し、一緒に生活すれば、「障害とは何か」に対する答えを少しは見つけられると思っていた。
自分の目で見て聞いて、障害について理解できれば、これまで感じてきたもどかしさの答えを出せるような気がしていた。
でも、障害の境界線がない環境で過ごしても、障害が何なのかは最後まで分からなかった。
ただ、エグモントでの半年間を通して、より強く思うようになったことがある。
それは、「障害があってもなくても、その人はその人だ」ということだ。
結果的にしっくりきたのは、思っていたよりもシンプルなことだった。
エグモントでは、障害のある人もない人も一緒に生活して、学んでいた。それが当たり前の環境だった。
一緒にご飯を食べ、授業を受け、毎日色々なことを話した。そこにはたくさんの青春があった。
時に言葉ではなくても通じ合えるものを感じたり、くだらないことで笑い転げたり。
毎日一緒に暮らしていると、「障害のある人」というより、性格や好きなこと、嫌いなこと、その人らしさが見えてくる。
そして、似たような特性があったとしても、環境によって、捉え方や生きやすさは大きく変わることを身に染みて感じてきた。たとえば、修学旅行でドイツに行った時に、「エグモントのバリアフリーは、本当に質が高い」というのを強く思い返すこともあった。
障害の有無で、その人の幸せや人生を決めつけることはできない。そして誰かと関わるとき、私たちは少なからず、自分自身の経験に基づくバイアスを持っている。
エグモントで過ごした日々は、障害をどう見るかより、その人自身を見ることが大事だと教えてくれた。







立場性を受け入れてみる
振り返ると、幼い頃は、障害にまつわる出来事の一つひとつを、今よりずっと重く捉えていた。
でも、エグモントでさまざまなご家族とも出会って、「本人や家族が幸せなら、それでいい」
以前より素直に思うようになった。
私のお母さんも、自分の人生を楽しみ、全うしていて、それって素敵だなと思ってる。
ただ、今でも怖いことが一つある。
それは、私が思う「障害」と、他の人が思う「障害」が同じではないこと。
いつか新しい家族ができたとき、自分の言葉で、母の障害や家族について話す時が来ると思う。
私にとっては普通だと思っている家族を、周りの人がどう受け止めるかは分からない。
子どもの頃から漠然とした不安を感じていたのは、障害そのものではなく、自分と他者の「障害」に対する見方の違いだったのかもしれない。
そう気づいたエグモントで、やっと自分なりに解釈できたと思っていたけど、ジャカルタに来た今も、「障害って何なんだろう」が頭の中でよぎる。
同時に、これまで感じてきたことや考えてきたことは、自分にとって大切な経験の一つだとも気づけるようになった。
私は障害のある当事者ではない。
障害者就労について学ぶ中で、そのことに後ろめたさがあった。
一方で、私は、障害のある家族と20年間生きてきて、その環境は、たくさんの気づきを与えてくれた。
そして、今までの学びを将来にどう活かしていくかは自分で選べるということ。これからは、経験したことをほどよく原動力にしていきたい。
そう思うようになってから、自分の立場性に段々と向き合えるようになった。
答えのない問い
結果的には、エグモントに行っても、「障害とは何か」という答えは見つからなかった。
でも、自分がどんな立場から障害を見ているのかが少し分かった。そして、他者が障害をどう見るかは、コントロールできないという現実を、自分なりに少しずつ受け入れられるようになってきた。
障害の定義を調べて、いくつもの理論や言葉を組み合わせれば、もっとそれらしい説明ができるのかもしれない。ただ、その「分からない」にも、何か意味があるのかなと感じているから、今はそのまま受け入れてみようと思う。考えないようにするのは、それはそれでとても難しいし。
分からないからこそ、目の前の人を知ろうとすること。自分とは異なる見方があることを知り、すぐに決めつけないこと。そして、自分なりに問い続けること。
今の私にできるのは、大きなことではないと思う。この半年間で心境は大きく変わった。シェアしたい経験が沢山あって、下書きに溜まっているnote記事もある。ただ、まだエグモントでの出来事や感じたことを言語化することがうまくできない。
でも、確信しているのは、「エグモントは、答えのない問いにどう向き合っていくかを教えてくれた場所」だということ。ここで経験した全てを忘れず、残りの留学生活を全うしたい。
