青年司祭の、赦しを乞わぬ恋
「貴方は何故、青年司祭になろうと思ったの?」
私はそうアダムに訊ねたことがある。
ある夏の昼下がり、田舎町の波止場を友人たちと散歩していた時であった。北欧の短い夏は、淡い陽光でゆっくりと歩く私たちを包んでいた。
そしてその夏の一時は、アダムとその妻にとっては、束の間の平和な日々であった。

アダムの顔の口元と雰囲気は俳優のレイフ・ファインズに似ていた。いつも俳優を引き合いに出して申し訳ないが、正確な雰囲気を感じて頂きたいのだ。すなわち、なんとなくつかみどころのない輪郭を。
「続かなかったんだ。どの仕事も」
アダムは自嘲的な笑いを浮かべてそう答えた。
「司祭になる前は、百科事典を訪問販売していたんだよ。どこへ行っても歓迎されて、何時間も話し込んでしまうんだけどさ、肝心な事典はさっぱりと売れなくてね。それで考えたんだよ、僕の天職はおそらく人の話を聞くことなんだろうってね」
その説明は、理由のようでいて理由になっていなかった。
そのことを悟った彼は、教会の暗い懺悔室においても人の話を聞くことを続けた。老若男女、多くの彼らの告白、懺悔、愚痴、あるいは世間話を聞き続けた。
おそらく破門されるその日まで。

アダムは、異国で暮らし始めた私にとって、数少ない、話の通じる人間だった。私の拙いスウェーデン語にも耳を傾け、訂正も急かしもしなかった。
アダムの住んでいる田舎町からストックホルムに移り、数年も経ったころのことである。
夕食の用意をしている時、当時の夫がボソッと告げた。
「アダムが逮捕された」
彼の言葉を咀嚼するためには、多少の時間を要した。
「どのアダム?」
アダムという知人を複数有するわけではないが、逮捕という語彙が司祭という職とはどう考えても結びつかない。さらに、善人を絵に書いたような人と犯罪という言葉が、まったく嚙み合わなかったのだ。

「アダムは未成年と関係を持ったらしい」
前夫は淡々と言い放った。その言葉に抑揚は無かったが、敢えて言えば失望の響きがあった。
包丁を持った私の手は止まる。
アダムの自嘲的な笑い。
教会のパイプオルガンで『別れの曲』エチュードを静かに奏でる彼の妻。

様々な想像が高速で脳裏を駆け巡る。
テレビも新聞も、どこそこの警察官が、教師が、俳優が、政治家が――誰かの裏切りを、飽きもせず毎日のように掘り返している。
青年司祭が不倫をすることがあり得ない、というわけでもないであろう。
しかし、
何故、あのアダムだったのだろう。
何らかの事件が起きたあと、人は言う。
「感じの良い人だったのに」
しかし、人の心の底は暗く、深く、見えない。

そこは田舎の教会の懺悔室。教会の職員はほとんどが帰ったあとである。
教会の窓からは夕焼けが差し始め、座席をじきに紅色に染めてゆく。誰も残っていないと思われた教会には、実は二つの影が残っていた。
懺悔室で向かい合う二人。
十五歳の少女と、二十九歳の青年司祭である。
少女は悩んでいた。死を切望し始めるほど悩んでいた。
二十九歳の青年司祭は、彼女の悩みを聞き、彼女の境遇に同情し始めていた。
少女は毎日、下校後に、あるいは学校をさぼって教会を訪れた。
青年司祭は毎日、彼女を待ち、彼女の話を聞いた。
やがて彼女を可憐に思うあまり、懺悔室を出てきた彼女の肩を抱いた。
その瞬間を、帰りの遅い娘を心配して教会に来た母親が目撃し、激怒する。いや、もしかしたら母親ではなく、これが彼の妻であったらどうであろうか。
いずれにせよ、修羅場とはなる。
私が想像できるシナリオはおおよそこのようなものであった。
そして、実際に起きたこともこのシナリオに類似した程度であれ、と願っていた。 すなわち、これはアダムの親切心が招いてしまった周囲からの一種の誤解だったのではないか、と。

二十九歳が十五歳を愛したり結婚したりすることは、例えば中世ではさほど珍しいことではなく、投獄されるほどのことではなかったであろう。
アダムが法的に裁かれているのは、未成年との関係に関する罪であるが、倫理的にはさらに二点の不道徳が糾弾され得る。 聖職者としてのモラル、そして夫としてのモラルである。

それから十年後、この界隈では再び、教会コミュニティを巻き込む事件が起きた。今度は殺人にまでエスカレートした。その出来事はドラマ化され、この静かな村の名は広く知られることになった。悪名をスウェーデン中に轟かせて。
その報せに触れたとき、私はふとアダムのことを思い出した。
アダムは、私のスウェーデンでの最初の友人だった。
しかし今、彼がどこで暮らし、どのような思いで日々を送っているのか、私にはわからない。裁判と、服役という判決までは公式記録として残っているが、その先は途切れている。
だが、仮に彼を探し当てたとして、私は彼に何を伝えるつもりなのか、何を伝えられるのか。
二年間の服役を経た彼は、もう私の知っているアダムではないだろう。
けれど、私の記憶の中のアダムは、いまもあの夏の光の中に立っている。 拙い私のスウェーデン語に、ただ静かに耳を傾けていた青年司祭として。
彼の罪は、世間が裁くべきものだ。
私は、彼を赦すわけでも、忘れるわけでもなく、ひとつの記憶として胸にしまっておく。

教会の写真はイタリア・ローマのバシリカのもので、この事件とは関係がありません。
今度はいつ書けなくなってしまうのかわからないので、(勤務状況が)小康状態の今、書き進めております。しばしお付き合いをお願いいたします。
