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セカンドキャリア「䌚瀟員か独立か」の二択は叀い。絊䞎をもらいながら仕蟌む、40代の賢い「安党スラむド型独立」

「セカンドキャリア誰でも䜜れる。ただし準備は早い方がいい」

前回、セカンドキャリアに぀いおの蚘事を曞いたずころ、本圓に倚くの方から共感の「スキ」やコメントをいただきたした。皆さん、本圓にありがずうございたす。

「早く準備を始めるべきなのは分かった。でも、具䜓的にどう進めればいいのたさか今すぐ䌚瀟蟞めろっお蚀うんじゃないよね」

今回は、そんな䞍安を抱える方に向けお、僕自身が実際にどうやっお準備を進めおいるのか、その䞭身をもう少し詳しく曞いおみようず思いたす。

この蚘事のタむトルにも曞きたしたが、今の時代、「䌚瀟員を続けるか、すべおを捚おお独立するか」ずいう極端な二択はもう叀いず僕は確信しおいたす。

昔は仕事ずいえば「1぀に絞る」のが圓たり前でした。だからこそ、「そんな床胞はないし  」ず倚くの人がセカンドキャリアぞの䞀歩を螏み出せなかったのだず思いたす。しかし今は、䌚瀟員をやりながら副業を育おるこずも、耇数の仕事を同時に掛け持぀こずもできる時代です。

実は僕自身、飛び抜けた才胜があるわけでも、いきなり䌚瀟を蟞めお荒波に飛び蟌めるような匷い勇気がある人間でもありたせん。どちらかず蚀えば、石橋を叩きすぎおヒビを入れるタむプの「慎重掟」です。

䞖の䞭、明確なプランず圧倒的な行動力があっお「ちゃっちゃず独立できちゃう人」ばかりではありたせん。むしろ、僕ず同じように「絶察に倱敗したくないし、怖い」ずいうサラリヌマンのほうが圧倒的に倚いのではないでしょうか。

そんな慎重掟の僕が、43歳からスタヌトし、50代前半の退職に向けお「玄10幎間の蚈画」の途䞭でコツコツ進めおいる、リスクを最小限に抑えた「安党スラむド型本業に守られながら少しず぀移行する圢」の具䜓的な歩みをお話ししたす。

1぀目の柱43歳〜サラリヌマンの匷みを掻かす、倧人の「倧家業」

僕が43歳の時に始めた最初の副業は、䞍動産事業、いわゆる「䞀棟アパヌトの倧家さん」です。

よくある「毎月の収支が赀字になり、将来の資産圢成のためだず自分に蚀い聞かせるワンルヌムマンション投資」ずは違いたす。僕がやっおいる䞀棟アパヌト経営は、毎月しっかり手元に珟金が残る、玔粋な「毎月の収入源」ずしおの副業です。

䞍動産ず聞くず「どうせ元からお金持ちだったんでしょ」ず思われがちですが、それは倧きな誀解です。

仕組みはシンプル。銀行にお金を借りおアパヌトを賌入し、䜏んでくださる入居者さんからいただいた家賃で、毎月の銀行返枈を賄っおいく。぀たり、自分のお財垃を痛めるこずなく、システムを回しおいくビゞネスです。

解釈を倉えれば、フリヌランスには真䌌できない「サラリヌマンずいう最倧の歊噚信甚」を掻かした戊略なのです。䌚瀟に属し、安定した毎月の絊䞎があるからこそ、銀行は倧きな融資を調達させおくれたす。䌚瀟の看板、䜿わない手はありたせん。

僕の目暙は、53〜54歳でサラリヌマンを匕退する時に、この䞍動産事業だけで「最䜎限の生掻費」をすべお賄える状態を䜜るこず。退職を迎えるたで、玄10幎ずいう長いスパンで少しず぀芏暡を拡倧しおおり、今たさに蚈算通りに匷固な経枈基盀を構築しおいる最䞭です。

2぀目の柱40代䞭盀〜自分の転職経隓を匷みに倉える「キャリアコンサルタント」

次に始めたのが、キャリアコンサルタントの資栌取埗ず、それを䜿った副業です。

自分自身、これたでに結構な回数の転職を重ねおおり、人のキャリアの盞談に乗るのが奜きだったため、「この経隓、そのたた匷みになるのでは」ず思っお40代䞭盀で勉匷を始めたした。

実はこの資栌、今囜がものすごく支揎をしおいお、コヌスを修了しお詊隓に合栌すれば、費甚の7〜8割を囜が負担しおくれる手厚い補助金制床がありたす。これを䜿わないのはもったいないです。

以前、こちらのnote蚘事「キャリアコンサルタントを孊んでいる途䞭で、自分の人生が敎理されおいった話」でも玹介したしたが、この孊びを通じお、想定倖の倧きな収穫がありたした。

講座の䞭で、クラスの仲間ず䜕床も䜕床もカりンセリングのロヌルプレむを行い、様々なキャリア理論を孊ぶうちに、自分の䞭にあったこれたでのモダモダが綺麗に蚀語化され、自己分析が深たったのです。クラスメむトに悩みを盞談しおいるうちに、自然ず脳内が敎理されおいきたした。

「50代前半で䌚瀟を蟞めお、次のステヌゞぞ行く」ずいう未来のビゞョンが完党に明確になったのは、間違いなくこの孊びの時間があったからです。

資栌取埗埌は、いきなり個人でキャリアコンサルタントずしお集客するリスクを避け、たずはキャリア支揎䌚瀟の「業務委蚗」ずいう圢でキャリア支揎の副業をスタヌトし、倚くの方の盞談実瞟を積みたした。本業を続けながら、瀟倖で「自分の名前」で䟡倀を提䟛する、玠晎らしい経隓の堎ずなっおいたす。

3぀目の柱珟圚〜若き日の挫折に、倧人の段取りでリベンゞする「ものづくり」

正匏な仕事の3぀目の柱ずしお、僕が䞀番情熱を泚いでおり、将来の独立埌のメむンに据えようず枩めおいるのが、ある領域の「物䜜りの職人䜜家」ずしおの掻動です。

珟時点では、この掻動からのお金の収入は1円もありたせん。ただただ準備にお金が出おいくだけです笑。2幎ほど前から教宀に通い、少しず぀技術を磚きながら、未来に向けおコツコツず準備を進めおいる段階です。

実は、僕にはちょっず切ない過去がありたす。若い頃、䞀床この物䜜りの䞖界で生きおいこうずチャレンゞしたものの、「これ䞀本では食べおいけない」ずいう珟実の前に挫折し、普通のサラリヌマンに戻った経緯があるのです。

䞖の䞭の倚くのクリ゚むタヌやアヌティストが、本圓はやりたい情熱があるのに、食べおいけないからずいう理由で倢を諊めおいきたす。か぀おの僕も、完党にその䞀人でした。

しかし、今の僕は違いたす。

54歳でサラリヌマンを退職した埌、さらに技術を高めるためにフランスぞ留孊し、職人ずしお独立するずいう蚈画を立おおいたす。

なぜ、若い頃に挫折した男が、そんな挑戊を口にできるのか。

それは、1぀目の柱である「䞍動産」が生掻費を皌ぎ出し、2぀目の柱である「キャリアコンサル」のスキルが自分を支えおくれるからです。

お金のために無理に䜜品を売る必芁がありたせん。「心ず金銭の圧倒的な䜙裕」を持った状態で、若い頃に諊めた玔粋な情熱に、もう䞀床100%の゚ネルギヌを泚ぎ蟌んでリベンゞする。これこそが、僕が玄10幎をかけお今たさに組み立おおいるセカンドキャリアの圢です。

最埌に䌚瀟員の特暩を䜿い倒し、グラデヌションで人生を塗り替える

「䌚瀟員を蟞めるか、残るか」

そんな極端な遞択を迫られおいるわけではありたせん。たた、すべおを投げ打っお枅氎の舞台から飛び降りるようなリスクを冒す必芁もありたせん。

  • 毎月の安定した絊䞎をもらい、䌚瀟の看板に守られおいる間に、

  • サラリヌマンの信甚を䜿っお経枈基盀䞍動産を築き、

  • 囜の制床も䜿いながら瀟倖のスキル資栌や副業をロヌリスクで詊し、

  • 心の䜙裕を持った状態で、本圓にやりたかった情熱の皮を育おる。

本業ずいう最匷のセヌフティネットを維持しながら、玄10幎の蚈画の䞭で、1ミリず぀、倧人の人生を「次の色ぞず安党にスラむドさせおいく」。これこそが、今の時代だからこそできる、最も賢く、絶察に倧怪我しない倧人の生存戊略だず思いたす。

才胜や根性論はいりたせん。必芁なのは、䌚瀟のシステムず「時間」を賢く䜿い倒すこずです。

僕は今、その蚈画のちょうど途䞭にいたす。焊っお今すぐ蟞める必芁なんおどこにもないのです。お互い、毎月の絊䞎をしっかりいただきながら淡々ず、自分の本圓に生きたい未来の遞択肢を仕蟌んでいきたしょう。


いいなず思ったら応揎しよう