医学部の人体解剖実習は「きつい・つらい」のか——新1年生が知っておきたい、本当のこと【リーフェ医学情報】
はじめに
「解剖実習って、やっぱりきついの?」「自分、耐えられるかな……」
医学部への合格が決まった瞬間から、あるいは入学を目指して勉強している今この瞬間から、そんな不安が頭の片隅にある人は少なくないはずです。
人体解剖実習は、医学部教育の中でも特に「先行イメージ」が強い授業のひとつ。
ドラマや先輩からの話、ネット上の体験談……さまざまな情報が混在し、実際のところどうなのか、わからないまま不安だけが膨らんでいく。
この記事では、医学部新1年生・現1年生に向けて、解剖実習の「きつい・つらい」の実態を、感情や気持ちに寄り添う形で丁寧に解説します。
怖がらせるためでも、無理に励ますためでもなく、ただ「本当のこと」を伝えることを目的に書きました。読み終えたとき、少しでも心が軽くなっていたら嬉しいです。
この記事から分かること
解剖実習の「きつさ」は、事前のイメージとは異なる——気持ち悪さや恐怖よりも、知的な没入感や感謝の気持ちなど、複雑で深みのある感情が生まれる体験であることがわかります。
実習中・実習後に感情が揺れるのは自然なこと——気分が悪くなったり、しばらく気持ちが落ち込んだりすることは弱さではなく、命と真剣に向き合った証であり、適切なサポートや対処法があることがわかります。
解剖実習は、医師としての原点と土台になる——ご献体への感謝の気持ち、立体的な解剖知識、そして命と向き合う感性は、国家試験・臨床・患者対応のすべてにわたって一生涯生き続けることがわかります。
著者:原田
所属:株式会社リーフェホールディングス 経営企画室 部長
資格・経歴:
法学部卒|政治学研究科 修士・博士|政治学者、政治学教員、学生指導歴20年以上
医学生に特化した個別指導塾「医学生道場」のファウンダー
自己紹介:
幼少期より病気がちで、こんにち無事に生活できているのは、医療とそれに関わる人たちのお陰です。将来の医師として、社会に貢献できる医学生の方を積極的にサポートしていきます。
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結論:解剖実習は「きつい」が、あなたが思っている「きつさ」とは少し違う
まず最初に、結論をお伝えします。
解剖実習は、確かにつらい経験を含む場合があります。しかし、ほとんどの医学生が「思っていたのと違った」と感じるのもまた事実です。
事前に想像する「きつさ」の多くは、「気持ち悪くなったらどうしよう」「怖くて動けなかったらどうしよう」という、未知への恐怖から来るものです。
ところが実際に始まってみると、多くの学生が体験するのは、その恐怖よりもはるかに複雑で、深みのある感情です。
「気持ち悪い」より先に、「すごい」と思う瞬間がある。 「怖い」と思いながらも、「これが医師になるということなんだ」と腑に落ちる瞬間がある。 「つらい」けれど、それは成長の証でもあるーー
もちろん、全員が同じように感じるわけではありません。
実際に体調を崩す学生もいますし、精神的に重くなる時期もあります。でもそれは、あなたが弱いからじゃない。命と向き合う場所に立ったからこそ、生まれる感情なのです。
では、具体的に何がどうきついのか、どう乗り越えていけるのか——順番に見ていきましょう。
① 「きつい」と言われる理由の正体を知る
嗅覚・視覚への刺激
最もよく語られる「きつさ」のひとつが、感覚的な刺激です。
ホルマリンなどの防腐剤の匂い、そして解剖体そのものの見た目。これが、最初の関門として多くの学生の頭にあります。
正直に言うと、最初は違和感を覚える人がほとんどです。「平気だった」という人も一定数いますが、「少し気分が悪くなった」「頭がくらっとした」という経験をする学生も珍しくありません。
ただ、多くの場合、これは慣れるものです。2回目、3回目と授業が続く中で、感覚的な慣れが生まれてきます。初日だけが特別に重い、という声は非常に多いです。
「人の体に触れる」という心理的重さ
感覚的な刺激より、実はこちらの方が長く残る場合があります。目の前にあるのは、かつて生きていた人間の体です。そこに医療器具を入れる。その行為の重さは、言葉では説明しきれません。
「なんとなく申し訳ない気持ちになった」 「夜、布団の中でいろいろ考えてしまった」 「ご遺体の顔を見た瞬間、急に涙が出た」
これらは、実際に医学生が語る言葉です。そしてこれは、あなたが感情豊かで人間らしいからこそ生まれる感情であり、医師として働くうえで大切にしてほしい感覚でもあります。
② 感情の変化のリアル——実習が始まってから何が起きるか
第一段階:覚悟と緊張の中で迎える初日
最初の実習日、多くの学生は「覚悟」と「緊張」を抱えて実習室に入ります。白衣を着て、マスクをつけて、手袋をはめる。その一連の動作の中で、「ああ、本当にやるんだ」という実感が来ます。
ここで大切なのは、「平気でなくていい」 ということです。初日に平然としている人の方が、むしろ感情を遮断しているだけで、後から揺れが来ることもあります。「怖い」「緊張する」「複雑な気持ち」——それでいいんです。
第二段階:集中が生まれてくる
実習が進むと、不思議なことが起きます。「怖い」「気持ち悪い」という感覚が薄れ、代わりに「知りたい」「確かめたい」という知的な集中が生まれてくるのです。
「教科書で見た神経が、本当にここにある」 「こんな構造になっているのか」 「これが正常なら、病気のとき何が変わるんだろう」
解剖実習は、医学の学びが一気に「立体的」になる体験です。その没入感の中に入っていける学生が多い。これは、多くの先輩が証言していることでもあります。
第三段階:感謝と、医師としての自覚
実習の後半、または終わりに近づいたとき、多くの学生が感じるのは感謝の気持ちです。
ご献体(医学教育のために体を提供してくださる方)という存在の意味が、実習を通じてリアルに感じられるようになります。
「この方のおかげで、自分は医師になれる」
その実感は、医師としての原点のひとつになります。
実習が終わった後、解剖実習を振り返って「医師になって本当によかった」という気持ちが生まれたと語る医師は非常に多い。それほど、深い経験なのです。
③ 精神的に「重くなる」ことへの向き合い方
「引きずる」ことは弱さじゃない
実習後、自宅に帰ってから気分が落ちる。夢を見る。なんとなく食欲がない。——こういった状態になることは、珍しくありません。
「こんなに引きずってしまう自分はダメなんじゃないか」と思う必要はまったくありません。
これは、あなたが命と真剣に向き合った証拠です。医師になるということは、死と隣り合わせで生きることでもあります。その重さを感じ取れる感性は、大切にしてください。
ただ、あまりに長く続く場合、特に眠れない、食べられない、学校に行けないという状態が続くときは、一人で抱え込まず、誰かに話すことをおすすめします。
大学の学生相談窓口、カウンセラー、友人、家族——話す相手は誰でもいい。言葉にするだけで、ずいぶん楽になることがあります。
同級生とのコミュニケーションが支えになる
解剖実習はグループで行います。
班のメンバーと同じ経験を共有するということは、それだけで強い連帯感を生みます。
実習後に班のみんなで「今日しんどかったね」と話し合えるだけで、気持ちはずいぶん違います。
医学部の同期というのは、特別な絆を持つ関係です。
解剖実習はその絆を深める場でもあります。「つらかった」という記憶が、後に「あのとき一緒に乗り越えたよね」という共通の財産になる。そういう経験です。
④ 「ご献体」という存在について——知っておいてほしいこと
解剖実習で向き合うのは「ご献体」と呼ばれる方々です。
これは、生前に「医学の発展のために自分の体を使ってほしい」と意思表示し、亡くなった後に大学へ体を提供してくださった方々です。
この制度は「白菊会」などの献体登録団体によって支えられており、日本の医学教育の根幹を担っています。
ご献体の方々は、見ず知らずの未来の医師たちのために、自らの体を教材として捧げてくださっています。
これを知った上で実習に臨むと、「怖い」という感情の質が変わります。「恐怖の対象」ではなく「自分に命を教えてくれる師」として見えてくる。多くの大学では実習の前後に黙祷を行い、感謝の意を表します。それは形式的な儀式ではなく、医師としての倫理観と感謝の気持ちを育てる時間です。
あなたがつらいと感じることも、怖いと思うことも、ご献体の方々はきっと想定した上で、それでも「頼んだよ」と言ってくださっているのだと、私は思います。
⑤ 実習を乗り越えるための、具体的な心構えと準備
事前に「知識」を入れておく
未知なものへの恐怖は、「知ること」で和らぎます。
解剖実習がどんな流れで行われるのか、使う器具は何か、グループの構成はどうなっているのか——事前にある程度把握しておくだけで、初日の心理的負荷はかなり下がります。
また、解剖学の教科書を事前に読み込んでおくことも有効です。
「これが教科書で見た構造だ」という知的な発見が、感情的な衝撃を和らげるバッファになります。
「完璧に平気」を目指さない
「絶対に動じてはいけない」「医師になるなら平然としていなければ」という思い込みを手放しましょう。
実習中に気分が悪くなったら、正直に申し出て外に出ていい。それは恥ずかしいことでもなんでもありません。多くの大学では、そういった場合のサポート体制が整っています。
自分の感情に正直でいることが、長期的には精神的な健康を保つことにつながります。
睡眠・食事・休息を大切に
当たり前に聞こえるかもしれませんが、これが最も重要です。
解剖実習のある日は、心身ともに普段より消耗します。前日はしっかり眠り、当日の朝食もしっかり食べる。実習後は、軽い運動や好きな音楽、友人との会話など、自分なりのリセット方法を持っておくと良いでしょう。
「気持ちの切り替え方を知っている」ことは、医師として働く上でも一生使えるスキルです。解剖実習の時期から意識しておく価値があります。
⑥ 解剖学が「生きた知識」になる瞬間——臨床・国試との深い繋がり
解剖実習は、感情的な体験であると同時に、医学の学びにおいて最も重要な「土台」を作る時間でもあります。
今はまだ1年生で、臨床の世界は遠く感じるかもしれません。でも、医師国家試験や臨床実習に進んだとき、解剖の知識がいかに重要かが、じわじわと身にしみてわかってきます。
たとえば外科手術の術式を理解するには、どの血管がどこを走っているか、どの神経がどの臓器を支配しているかを正確に把握していなければなりません。
画像診断——X線・CT・MRI——を読む際も、正常な解剖構造を「体で知っている」かどうかで、異常を発見するスピードと精度が大きく変わります。内科系の診断においても、症状がどの臓器・神経からきているかを推測するためには、解剖の土台が必須です。
実習で自分の手を動かし、神経を分け、血管を確認し、臓器の重さと質感を感じた記憶は、教科書の図を眺めるだけでは決して得られない「立体的な理解」を作ります。
そしてその記憶は、驚くほど長く残る。国試の勉強をしているとき、ふとあの実習の感触が蘇ってくる——そういう体験をする先輩は非常に多いです。
患者さんと向き合う場面でも、解剖実習の経験は確かに生きます。
「この方の体の中で何が起きているか」をリアルにイメージできる力は、診断の精度を上げるだけでなく、患者さんへの説明をわかりやすくする力にも直結します。
「先生の説明は、なぜかスッと入ってくる」と患者さんに感じてもらえる医師の多くは、解剖の知識が体に入っているのです。
「解剖をちゃんとやっておいてよかった」——これは、国試直前や研修医時代に、多くの先輩医師が口にする言葉です。今この瞬間の「きつさ」や「大変さ」は、数年後の自分への、確かな投資になっています。
⑦ これから入学するあなたへ——今できる、たったひとつのこと
入学前のこの時期に、解剖実習のことを調べているあなたへ、最後に一言伝えさせてください。
「怖い」と思いながら調べているなら、それはとても真剣に医師という仕事と向き合っている証拠です。
何も感じずに「まあなんとかなるだろう」と思っている人より、今この段階で向き合おうとしているあなたの方が、実習本番でも自分の感情と丁寧に付き合えると思います。
今できることは、難しい準備ではありません。
ただ、「自分がどんなことに不安を感じているか」を、ノートに書き出してみてください。「匂いが心配」「ご遺体を見ることへの抵抗感」「班になじめるか」——どんな小さなことでも構いません。不安を言語化するだけで、漠然とした恐怖はずいぶん輪郭を持ちます。輪郭があるものは、対処できます。
入学後には、きっと同じ不安を持つ同期がいます。あなたは一人じゃない。そしてその不安は、実習を終えたあと、きっと誇りに変わります。
⑧ 解剖実習が終わったあとに残るもの
解剖実習を終えた先輩医師・医学生の多くが語ることがあります。
「人体の構造を、本当の意味で『知っている』という自信が生まれた」 「患者さんの体に向き合うとき、ご献体の方のことを思い出す」 「あの経験があったから、今の自分がある」
解剖実習は、ただの授業ではありません。
命と、死と、人間の体の神秘と向き合う、医師人生の原点とも言える体験です。つらかったとしても、それはあなたの中に確実に何かを残します。
その「何か」が何であるかは、終わってから少しずつわかってきます。今はただ、「この経験は無駄にならない」ということだけ、信じておいてください。
FAQ:解剖実習についてよくある質問
Q1. 解剖実習で気分が悪くなったら、どうすればいいですか?退室しても大丈夫ですか?
A. 大丈夫です。
無理をする必要はまったくありません。
気分が悪くなったときは、周りの人(班のメンバーや担当教員)に声をかけて、実習室の外に出ましょう。
多くの大学では、こういった状況を想定した対応マニュアルや、休憩スペースが用意されています。
「退室した=弱い」では決してありません。
自分の状態を正確に把握して申し出ることは、むしろ医師として大切な判断力のひとつです。
実習が始まる前に、大学の担当教員やTAに「体調が悪くなったらどうすればよいか」を確認しておくと安心です。
Q2. 実習後、しばらく気持ちが落ち込んだり、食欲がなくなったりするのは異常ですか?
A. 異常ではありません。
多くの医学生が経験することです。命と向き合う体験をした後に、心が揺れるのは自然な反応です。
ただし、その状態が長く続く場合——特に2週間以上眠れない、まったく食べられない、授業に出られないといった状態が続く場合は、一人で抱え込まずに大学の学生相談室やカウンセリングサービスに相談することをおすすめします。
「そんなことで相談するのは大げさ」と思う必要はありません。そのための窓口が大学には存在します。あなたの心の健康は、医師になる上でも最優先事項です。
Q3. 解剖実習が怖くて、医師になることへの自信がなくなってきました。これは向いていないということでしょうか?
A. そんなことはありません。
「怖い」「自信がない」という感情は、解剖実習を前にした多くの学生が経験するものです。
医師になることへの迷いや不安は、この時期に出てきやすいですが、それはあなたが医師という仕事を真剣に考えているからこそ生まれる感情でもあります。
解剖実習への苦手意識と、医師としての適性は別の話です。実際に、実習前は「自分には無理かも」と思っていた学生が、実習を終えて「医師になりたいという気持ちが強くなった」と語るケースは非常に多いところです。
今の気持ちを否定せず、まずは一歩一歩進んでみてください。
もし気持ちの整理が必要なら、信頼できる先輩や教員、あるいは学生相談窓口に話してみることをおすすめします。
まとめ
解剖実習は、「きつい」という言葉が先行しがちな体験ですが、実際には多くの医学生が「想像と違った」「あの経験が自分を変えた」と語るものでもあります。
怖くていい。不安でいい。つらくなっていい。
それでも、あなたはその場所に立ちます。ご献体の方々があなたを待っていて、あなたの班のメンバーも同じ気持ちで隣に立っていて、先生たちもそばにいます。
解剖実習は、医師になる旅の中の、とても大切なひとつの関門です。乗り越えた先に、必ず何かが待っています。
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