見出し画像

「サルに恋する5秒前」 12最終回「花火大会の夜」

くるみは喫茶店「羊雲」で鈴村朔を待っていた。
彼を待ちたかったから、1時間早く来て絶品だと聞いたケーキを食べ終えていた。



会社帰りでスーツ姿の鈴村朔が店内に入って、くるみを見つけた。
くるみは立ち上がり、頭を下げた。

「丁寧にお辞儀されたら、振られるってわかったよ」

「さっくんに好きって言われてないから、振るも振られるも……」

「気づいてたよね?」
「……」
「最後だから困らせてしまった」

鈴村朔は無理に笑顔をつくった。
くるみに席に座るよう促し、コーヒーを注文した。

「悟流さんと付き合うことになった?」

くるみは頷いた。

「良かったな。気持ちが通じて」

「さっくんが支えになってくれて心強かった。ありがとう」

鈴村朔は小さな声で何か言って唇を動かした。

「え?」

鈴村朔は人差し指でくいっと自分を指し、くるみに顔を近づけるよう促した。
くるみが向かいの席から顔を近づけると、彼も顔を寄せた。

「サルより俺の方がいいけどな」
「……」
「俺にしろよ」

鈴村朔は至近距離で、くるみを熱い視線で見つめた。




ものすごいイケメンが全力で口説いて、いつもの鈴村朔ではないので、くるみは心臓が撃ち抜かれた。

「さっくんって、そんなキャラなの?破壊力がすごい」
くるみは手で赤くなった顔をパタパタあおいだ。

「気持ち動いた?」

「なんとか持ちこたえた」

「持ちこたえるなよ」
鈴村朔は切なそうに視線を逃がした。

くるみはリボンをかけてラッピングした物を、鈴村朔に差し出した。

「恥ずかしいから、くるみが店を出てから見てね。感謝の印に手作りしたの」

鈴村朔は包みを触った。
「ぷにぷにする」

「さっくんを喜ばしたくて作ったの。でも自分でも呆れるくらい不器用で、出来上がった物を見て方針を変えちゃった。さっくんに笑ってほしい」
「……」
「きっと、さっくんのお部屋は整然としていると思うの。そこに、この変てこな物があったら、違和感ありまくりで笑っちゃうと思う。3回くらい笑ったら捨ててね」

くるみは立ち上がった。

「もう行くのか?」

「お手紙が入っているから」

くるみは立ち上がり、深々とお辞儀して店を出て行った。

鈴村朔は包みを開けた。

飛車のぬいぐるみだった。

縫い目がガタガタで恐らく家庭科の成績は2だと思われ、苦労して作ったのが想像できた。
飛車の文字の縫い取りも不格好だ。

鈴村朔は呼吸を整え手紙を読んだ。

鈴村朔 様

さっくん
あなたには感謝してもしきれません。
将棋を教わった時間も、一緒に薔薇を見た時間も、お喋りも全て尊くて楽しかった。
飛車のぬいぐるみが手に入らないプレミアで、真似て手作りしたけど見ての通りです。
今、笑ってる?
本当はずっと将棋を教わりたいけど、くるみに教えてもメリットないものね。
ぬいぐるみを作ったあと、メルカリでプレミアの飛車のぬいぐるみを買えました。



会える機会があれば、手作りのぶきっちょなぬいぐるみと交換します。
でも男の人がぬいぐるみなんていらないよね。
3回くらい笑ったら捨てちゃってください。
ありがとうを伝えるのは難しいな。
心より感謝しています。

          桜野くるみ

鈴村朔は(笑えるわけないじゃん)と呟いた。

目から熱い水分が一滴つーと流れて、鈴村朔は動揺した。

羊雲の老店主が席に来て、
「コーヒーとケーキのお代を、お連れ様からいただいています。お持ちしますか?」と聞いた。

「15分後に持ってきてください」

店主が下がった後、鈴村朔は右手で自分の顔を隠して感情の流れるままにした。


✨✨✨

木山悟流は緑子の木登りを公園でスケッチした。
悟流はきょろきょろして「あ、来た」と手を振った。
すると40歳の緑子と同年代のワイルドな感じの男性が小走りに来た。
緑子は木の上できょとんとした。

「彼は動物園の飼育員さんで香坂さん。こちら緑子さんです」

悟流は双方を紹介した。

「絵の印象と違ってお綺麗ですね」

香坂は照れたように言った。

「香坂さんは、木登りの絵を三枚も買ってくださったお得意様なんだ。飼育している猛獣と、絵の緑子さんが似ているんだって。ぜひ制作現場を見たいってお願いされて」

「無理言ってすみません」
笑顔が爽やかな香坂に、緑子はぽおっとなった。

緑子は木の上から悟流を手招きした。
「彼、独身なの?」
「さあ?」
「なんで聞かないの?」
「お見合いじゃないから」
「聞いて!」

悟流は香坂に近寄り、
「奥様は絵を気に入ってくださってますか?」と聞いた。
「独り身なので」

悟流は緑子に駆け寄り「独身」と小声で言った。
緑子は笑顔になった。

木登りを再開したが、緑子が上品な表情と振る舞いをする。

「香坂さんのお気に入りは猛獣の顔」
悟流が囁くと、緑子はいつもの猛獣の表情でダイナミックに木登りをした。
拍手して見惚れる香坂。

✨✨✨

悟流とあおいは公園を懐かしく歩いた。
二人の恋はこの公園で始まり、会社帰りのあおいは毎日のように、木の上で絵を描く悟流とお喋りした。



「別れたのに会って欲しいって、どうしたの?」

「サプライズ」
悟流はいつも絵を描く大木の前に、あおいを連れて行った。

すると大木の上で、カッキーがスケッチブックに絵を描いていた。
びっくりするあおい。

カッキーはスケッチブックを抱えて、木から飛び降りた。




1,2,3,4,5

🎵カッキーに恋しちゃいそうな約束の5秒前🎵

歌って踊って、あおいにスケッチブックを見せた。
膝まずいて花を渡すカッキーの絵が描いてある。

カッキーは膝まずいて、あおいに花一輪を渡した。  



悟流はあおいの背中を優しく押した。
あおいは花を受け取って胸に抱いた。
悟流とあおいの出会いと同じシーンを、カッキーが塗り替えたのだ。

すると木の後ろからギターを背負ったくるみがぴょこっと顔を出した。
悟流が照れくさそうに笑う。

くるみはあおいの前に走って行き、深々と頭を下げた。
あおいはくるみの髪をぐしゃぐしゃにした。
くるみはボサボサの髪の間から憧れの先輩を見ると、
「お茶にしましょうか?」
あおいが微笑んだ。
「アリスのティーパーティーにようこそ」
くるみはアリスのドレスを着ているつもりでスカートをふわっとさせた。
くるみとあおいはハイタッチした。



「さあ、くるみん、ライブ聞かせてもらうからな」
カッキーの合図で、くるみはギターを鳴らして「サルに恋する5秒前」を歌った。





「彼と話をしたくて彼の親友に近づき 恋人ごっこのゲームを持ちかけてみたりした」
のところで、カッキーが泣き真似をして、あおいが頭を撫でた。

くるみが歌い終わると、カッキーが悔しまぎれに悟流のお尻を蹴っ飛ばした。
めっ!とあおいは叱った。

悟流はくるみに近づいた。
「何度聞いても心に響く」
「何度でも響かせてあげる」

カッキーが悟流に言った。
「コンクールは引き分けやったけど、鈴村くんが大人気やったから鈴村くんの力やな」

「勝手にヌードを描いちゃう奴に言われたくないな」

裸体画のコンクールの審査は木山悟流と柿本潤平の絵で争って、二人とも金賞受賞となった。

「海で飛車になる」は将棋界隈で類い希なるイケメンということで東大将棋部主将の鈴村朔だと特定され、ネットでも話題になり、全国からその絵を鑑賞したいと展覧会に多くの客が訪れた。

彼は水着を着てモデルになったと悟流は受賞インタビューで答え、鈴村朔の名誉は守られた。

鈴村朔の人気沸騰の展覧会後に、最終審査会があったので、カッキーはそれが影響したと主張している。

「今後の活躍を祈る」
カッキーが言うと、
「お互いに」
悟流が言った。

彼らはまだ親友に戻るには難しい複雑な感情を乗せて、力強くハイタッチした。

二組のカップルが違う方向へ歩いて行く。

花一輪を持ったあおいが、カッキーに聞いた。



「カッキー。23時55分におやすみって電話してくれる?」

「毎日電話します」

優しい笑顔のカッキーに、あおいはとろけそうになった。

✨✨✨

鈴村朔は悟流に飛車の飾り駒を返すために公園に来た。

すると手を繋いで歩く緑子と飼育員の香坂に出会った。

「鈴村くん!」
緑子が手を振った。

「彼、私の友達なの」
緑子が自慢げに香坂に言った。
香坂は鈴村朔の前に行った。

「香坂です。緑子さんとお付き合いすることになりました」
「純粋な人なので、よろしくお願いします」

緑子は笑顔で手を振った。
「鈴村くん、またボウリング行こうね!」
鈴村朔は手を振って応じた。

大木へ歩いて行くと、くるみと悟流が並んで来た。
よっ!と手をあげる鈴村朔。

くるみは鈴村朔の近くに走って来た。
「あれ、笑えた?」
「笑えた」
「もう捨てちゃった?」
「やっと笑えるようになったばかりだからな。毎朝会社行くのダルいなと思ってあれ見ると笑える。だから捨てたりしない」
「プレミアの飛車と交換してあげようか?」
「交換しない。あれがいい」
「じゃもう会えないのね。今までありがとう」
くるみが頭を下げて行こうとするのを、鈴村朔は呼びかけた。

「くるみ。俺はメリットがあるかどうかで行動する人間じゃないんだ」
「……」
「また将棋を教えてやるよ。将棋友達として」

くるみが嬉しそうな笑顔になった。

鈴村朔は悟流に近づき、飛車の飾り駒を返した。
「祖父の形見は孫が持て」
「鈴村くん、またモデルを…」
「断る。二度とやらない」
「将棋は指そうね」
「俺に飛車落ちで勝てて満足だろ? 悟流さんとの勝負は落着した」
鈴村朔は立ち去る。

「まだ落着していない」
悟流の呼びかけに振り返った。

「平手で勝ってない」

「はあ? 自惚れるなよサル。俺にハンデ無しの平手で勝てるはずないだろ!」

「もし平手で一度でも勝てたら」
「その手には乗らない」
「負けるのが怖い?」
「平手では絶対負けない!」
「よし勝負だ!」

悟流はサル可愛い笑顔で、鈴村朔に手を振った。



(あいつのペースに乗るものか)
(俺には全国にファンがいる)

孤高に歩き去る鈴村朔。



✨✨✨

【半年後】

一部上場企業の大手スーパーの東京本社ビルの応接室に座る木山悟流。
慣れないスーツ姿で緊張している。

「お待たせしました」

メガネをかけて颯爽とした早瀬亜子23歳が入ってくる。
名刺を渡す早瀬亜子。

イメージ戦略部  早瀬亜子

「部長の鈴村に代わり、私がご説明します」

「鈴村くん、25歳で部長なんですね。驚きました」

「鈴村の部下は私の他、四十代の課長と、新卒の男性社員だけです。広報部長が鈴村の仕事ぶりを高く評価して幹部役員へ働きかけて、イメージ戦略部が創部されました」

「仕事を依頼してくださるそうで」
「木山さんを海へお連れしますね。鈴村は現地におります」
「海ですか?」
「海で飛車になる、を鈴村をモデルに洋服を着た姿で描いて欲しいんです」

早瀬亜子の説明はこうだ。

東京の自由が丘にスーパーマーケットの新店舗ができた。
鈴村朔の視点で自由にイメージ戦略することになった。

広報部長としては「海で飛車になる」の話題性と鈴村朔のアイディア豊富な仕事の辣腕ぶりを生かし、自由が丘の新店舗をブランド化したい。

鈴村朔は、まず「海で飛車になる」のヌードのイメージを払拭したい。
洋服を着た凛々しい姿で、改めて木山悟流に描いてもらう。

自由が丘店舗にしか売っていないプレミアなお菓子や酒のつまみを「海で飛車になる」の絵をパッケージにして販売する。

「海で飛車になる」CMも創る。
実写の鈴村朔と、木山悟流の描いた絵をミックスしたCMにして、通販で全国に販売する予定。

✨✨✨

早瀬亜子の運転する車の助手席に、木山悟流は乗っていた。

「大きな話をいただき緊張しています」

「リラックスしてください。サルさん」
「え」
「緊張されると仕事が停滞するから、サルと呼んでやればいいと、鈴村先輩に言われたもので」

「鈴村先輩?」

「東大将棋部の後輩なんです私。鈴村先輩に強く望まれて、入社試験を受けました。新卒の23歳です。あ、サルさんとお呼びしても?」

「はい。サルと呼んでください」
悟流はリラックスして微笑んだ。

「サルさんの彼女は可愛い方ですね」

「くるみを知ってるんですか?」

「イメージ戦略の一つとして毎月、鈴村による将棋の多面指しをします。お得意様向けだけど、くるみさんを末席に座らせてるんです」

「知らなかった。僕とは全く指してくれないけど」

「サルさんはくるみさんの彼氏だから複雑なのでは?」

「そんな事情まで知ってるんですか?」

「私、鈴村先輩に俺の右腕と言われてるので。サルさん、お疲れならサービスエリアで休憩しますか?」

「いえ大丈夫です」

「寄らずに向かいますね」

悟流はハッとした。
「早瀬さんが運転してお疲れですよね。気が効かなくてすみません」

「優しいんですね、サルさんは」

早瀬亜子は微笑んだ。
柔らかい表情をすると女性らしい人だな、と悟流は思った。
サルさん呼びで、緊張から一転、距離が縮まった。

✨✨✨

海へ着くと、鈴村朔がスタイリッシュな服装で海岸で待っていた。

「イメージ戦略部の鈴村と申します」
悟流に名刺を渡した。
「大きな仕事をお声がけくださり、ありがとうございます」
悟流も名刺を渡すと、
「前にいただいたのと同じですね」
鈴村朔は名刺を返した。 

「さっそくですが、『海で飛車になる』の絵コンテを書いていただけますか」

悟流は、飛車駒を持った鈴村朔を描いた。

「食品なので奇抜は狙わず、爽やかで凛々しいイメージでお願いします」

悟流は何枚か描いた。

鈴村朔は職人に創らせた飛車駒を持ち、絵コンテ通りのポーズを決めた。

凄いオーラがあり絵になる、と悟流は鈴村朔の美しい立ち姿に画家として興奮し、情熱を持って描いた。

悟流の熱のこもった仕事ぶりを、早瀬亜子は見つめた。

✨✨✨

海岸近くの旅館に車をつけ、鈴村朔は木山悟流をおろした。

「こちらの宿泊代は弊社が持ちます。何泊でもして描いてください。今後の仕事の窓口は早瀬になります。私への直の連絡はお控えください」

「お気軽にご連絡くださいね」
早瀬亜子は笑顔で挨拶した。

✨✨✨

金曜の夜、思いがけず海の近くの旅館に泊まり、悟流は浴衣でくつろぎながら、くるみに電話し事情を話した。

「くるみちゃん、泊まりに来ないか?」
「えっ」
「海が近くて綺麗な街なんだ。くるみと宿泊したい」

「会社の経費でしょう」
「くるみの経費は俺が払うから」
「……」
「初めての大きな仕事なので、くるみとお祝いして過ごしたい。ぜひ来て欲しい」

悟流は旅館の名前と場所を伝えて電話を切った。

くるみは突然の申し出に迷った。

「ゆっくりしたペースで付き合いたい」という、くるみとの約束を悟流は守り、半年後の今もキスまでの関係だ。

この機に関係を深めたいという情熱を、宿泊の誘いの声に感じた。
くるみと呼び捨てにされたのも初めてだ。

悟流は優しく真面目に接してくれる。断る選択肢は無い。

くるみは宿泊の準備をした。

準備を終えて、くるみは自分の感情に気づいて震えた。

恋のトキメキを感じないのだ。

旅館の同じ部屋に布団を並べて、深い関係を求められることを考えると、怖くて憂鬱になる。
嫌と言えば無理強いする人ではないのに、心が晴れない。

なぜそんな心理になるか知っている。

この半年間、他の男性のことを幾度となく想ってしまうから。

こんな時、彼だったらどうするだろう? なんて言ってくれるだろう?と『彼だったら』の感情が何でもない時にふっと浮かんでくる。

許されるはずがないし戻れるはずもない。

いろんな人を巻き込んで、自分が恋の嵐を起こしたのだから。
悟流と付き合っていくべきだ。

なのに明日、彼の待つ海の近くの旅館へ行くのが憂鬱で怖かった。

✨✨✨

土曜日の朝、くるみは悟流の待つ海辺の旅館へ出発した。

(一緒に食べるお菓子を買おう)
のろのろする理由を思いつく。

くるみは自由が丘のスーパーへ寄り道した。

鈴村朔の会社の新店舗で、ブランド化した商品が取り揃えられている。
将棋の多面指しに参加させてもらっているので、時々買い物している。
けれど旅行に行く朝、立ち寄る必要はないと知っている。

店に向かって歩くと、あおいが男性と親しげに腕を組んで歩いてきた。

あおいはくるみと違う部に異動になり、アリスのティーパーティーはできなくなった。
あおいと一緒の彼は社内で人気の男性社員だ。

あおいは見られて困った顔をした。
くるみはカッキーのことを疑問に思いつつ、挨拶してすれ違った。

あおいが走って戻って来た。
「くるみん、お茶に付き合って」

あおいに連れられ、くるみは近くのカフェに入った。

「彼のこと知ってる?」
「同じ会社のファンクラブのある人でしょう?」
「同じ部で告白されて付き合っているの。三回目のデート」
「……」
「カッキーとは別れたの」
「そうなのね」

「カッキーのこと、すごく好きだったけど深い関係まではいかなかったの。彼、忘れられない人がいるみたい」

あおいはじっと、くるみを見つめた。

「カッキーは私のヌードを勝手に描いた罪悪感で、誠実に接してくれたの。でも彼の気持ちは私に向いてないなって感じちゃって。異動した職場が慣れなくて、カッキーに愚痴をたくさん聞いてもらって解放してあげたの。今はさっきの彼が好き」

あおいが幸せそうで、くるみも微笑んだ。

「会社に秘密にしてくれる? うちの会社はカップルが同じ職場にいると、業務に支障が出るって考えで、一人を異動させるでしょう? 恋人の場合、総合職の彼は全国どこに異動になるかわからないの」

「喋らない。安心して」

「ありがとう! もし結婚する時は、くるみん、歌を創って歌ってね」
「えっ」
「だって、くるみんは私に借りがあるでしょう?」
あおいはウインクして、
「彼を待たせているから。私の分のケーキも食べてね」
はずむように店を出た。

くるみは煌めくあおいを見送りながら、あおいの中に、そして自分の鍵をかけた深い場所に恋心を感じた。




✨✨✨

悟流は朝の海で絵を描いていた。

昨日、くるみから電話があり「ごめんなさい」と言われた。
来れない理由は教えてくれず、くるみの情熱が失われたのを感じた。

電話が鳴った。早瀬亜子だ。
「サルさん、いい絵が描けてますかぁ?」

「3パターン描いています」
「どんなの?」
「酒のつまみは鈴村くんの凛々しい姿で、お菓子はアイドル的な可愛さが出る絵にしました」
「もう一枚は?」
「子供向けの商品も面白いと思って、愛らしい人魚を描きました。人魚が飛車を持つ鈴村くんに恋して、彼の頬にキスする絵です」
「子供向けの商品は未定ですが、メルヘンぽくて素敵ですね」
「鈴村くんに奇抜な絵はいらないって言われたので、早瀬さん、先に見てくれますか?」
「了解。お戻りになったらご連絡くださいね」

10月の多摩川の花火大会には東京に戻ろうと思った。
くるみは約束を覚えているだろうか?

✨✨✨

花火大会の夜、くるみのアパートに悟流が来た。
日に焼けて凛々しくなっていた。

「一緒に花火見たくて帰ってきた」

玄関先でキスを求められ、拒否する理由もなく、くるみは受けた。

多摩川は、くるみのアパートから徒歩圏内だ。
くるみは悟流と河原へ歩いた。
悟流は饒舌に仕事のことを話した。
なぜ旅館に来なかったか聞くのを避けているように感じた。
真の理由を言えるはずがない。
彼をふりまわしたのは、くるみなのだから。

河原に近づくにつれ、ものすごい人出となり、悟流がくるみの手を握った。
「座れるかな?」

悟流はくるみを連れてすばしっこく二人分のスペースを見つけ、レジャーシートを敷いた。
「これで一安心」
笑顔を見せる悟流に、くるみはお手洗いに行くと言い、席を立った。

女性のお手洗いは長い列で、花火の開始までに順番が来そうにない。
くるみは特にそれを求めていないことに気づいた。
では、なぜ席を立ったのか?

旅館に誘われたのを機に、悟流への恋心は消えていると気づいた。
好きなのは別の彼。

そんな気持ちで、旅館に来なかったことを責めない優しい悟流と寄り添い、夜空を彩る花火に興じることが苦しくなった。

くるみは急ぐ人の流れに押され、遠くへ運ばれるように歩いた。

悟流から電話があった。
「もうすぐ花火始まるよ」

「迷子になったの」



「え、迎えに行くよ」

「どこにいるかわかんない。一人で花火見るね」

くるみは電話を切って息を吐いた。

✨✨✨

悟流はじっとしていられなくなって、くるみを探して歩いた。

すると早瀬亜子と会った。
「あ、サルさん。どうかされたんですか?」
悟流の様子が変なのを気遣った。

「彼女が迷子になって」
「私も捜しましょうか?」
「早瀬さんは誰かと?」
「一人です。家が近所なの」

花火が始まる合図の音があった。
悟流は我に返った。くるみはきっと一人で見たいのだ。

「良ければ一緒に見ませんか?」

悟流は自分のいた場所へ広瀬亜子を案内した。

✨✨✨

柿本潤平カッキーは先輩画家の来るのを、シートを敷いて待っていた。

先輩にはコンクールの時、ヌードモデルを紹介してもらったり、何かと恩義を感じているので、花火大会の場所取りを買って出た。

仕事帰りの先輩が彼女を連れてやってきた。
「カッキーありがとう。一緒に見よう」

「お邪魔虫は退散します。また飲みに連れてってください。ロマンティックな夜を!」

柿本潤平は彼女にも笑顔で挨拶し、さっと立ち上がり退散した。

木陰でも行って立って見るか、と考えると、くるみを遠くに見つけた。
どこかに座りたいらしく、きょろきょろしている。
柿本潤平は人をかき分けながら、くるみの近くに走った。

「くるみん」
声かけると、くるみはびっくりした顔で柿本潤平を見つめた。
「カッキー何で?」

「一人か? 話は後や」

「はぐれるから」と、くるみの手を握り、二人で座る場所を探して歩いた。



会社の宴会ぽい中高年たちの広大なシート前のスペースに、ぎりぎり二人座れそうだった。

柿本潤平は愛想の良い笑顔で声掛けた。
「お兄さんがた、すみません。前に座らせてもらえますか?」

宴会の中高年たちは渋る。
「目の前でイチャつかれてもねぇ」
「彼女やないです」

「俺たち、ずいぶん前から場所とってるんだけどね」

「なんか芸しますんで」
「芸?」
「花火あがる前の余興で歌います」

柿本潤平はくるみを自分の前に立たせ、ミセスグリーンアップル「僕のこと」を歌った。

周りを注目させる声量で熱唱した。
ものすごい歌唱力で、くるみに向けて情熱的に歌い上げる。



🎵ああなんて素敵な日だ🎵

くるみに愛を伝えるポーズを大げさにパフォーマンスして熱唱。

宴会の彼らは冷やかすように口笛を吹き、大いに受けた。
くるみは真っ赤になっている。

「愛の告白かい?」
「頑張れよ!」

激励のお菓子とビールを貰った柿本潤平は、
「振られてるんで」
「とっくに振られてまーす」
と笑いをとって、無事に前のスペースを確保して、くるみを座らせた。

恥ずかしくて高揚したくるみを、柿本潤平は笑顔で見つめた。

「真っ赤になった顔も可愛いな」

貰ったビールをくるみにも渡して乾杯した。
「久しぶりやな。くるみん」

✨✨✨

悟流は早瀬亜子を自分のシートに案内した。
早瀬亜子は、「彼女の場所に直に座るのは悪いです」と自分のシートを、悟流のシートの上に乗せて座った。

「早瀬さんは行動的ですね」

「私モテないんです。彼氏なんていたことないから、花火くらい一人で見ますよ」

「本当に?」

「中高一貫校は東大合格率の高い女子校だし、東大でも全くモテなかったです。東大生ってアイドル好きが多くて、可愛い女の子が好まれるんです」
「……」
「男ばかりの将棋部に、鈴村先輩目当ての女子が入部すると、『早瀬、面倒だから俺の彼女のふりしてくれ』って頼まれて、『私に恋人ができなくなります』って言ったら『早瀬も恋人が欲しいのか』って言うんです。ひどいでしょう?」

早瀬亜子が明るく話すので、悟流も笑顔で聞いた。

「『鈴村先輩が恋人になってくれたら解決します』って言ったら、『聞かなかったことにする』って言われました」

自虐ネタを笑って話す。
悟流は彼女がこんなに面白い人とは思わなかった。

「将棋部の団体戦の強化合宿で、私一人が女子なのを誰も気にしてなくて、鈴村先輩が、もう一部屋取った方が良いか?って聞くから、経費がかかるので大丈夫ですって言ったら、『俺が早瀬の隣に寝てやる。120%安心だ』って言って、実際私の隣に鈴村先輩が背中向けて寝て、瞬殺で爆睡してました。120%の先輩の背中を見ました」

二人の関係はコントみたいだが信頼しあっているんだな、と悟流は思った。

「サルさんはすごいです!」
「え、何が?」
「鈴村先輩に飛車落ちで勝ったんでしょう? 先輩は全国の大学将棋部でトップの実力ですよ! 私は飛車落ちでやっと勝って団体戦メンバーに選ばれたんです。サルさんは頭が良いんですね」
「本気で挑んで一度勝てただけです」

「私、自分の相手は頭が良い人でなくても構わないんですけど、相手が気にしちゃうから、頭の良い人が理想です。その点サルさんはちょうど良いです」
「え?」
「あ!」

早瀬亜子はシートから草に転がり出て顔を赤らめ、悟流に向かって正座して頭を下げた。

「失礼しました! サルさんは彼女がいるのに、私の相手にちょうど良いなんて上から目線で図々しいことを!」
「いや、びっくりしたけど光栄です。でも困ったな。聞かなかったことにします」

早瀬亜子は草の上にぺたんと座って泣きべそをかいた。

「『聞かなかったことにする』を2人連続で食らうとは!」

「え、ごめん」

「私って本当にモテないですね」

「モテないのは俺も同じ」

「怒りますよ。あんなに可愛い彼女がいて」

「結局、選んでもらえない。迷子と言っても彼女はストレイシープなのだろう」

え?と悟流を見つめる早瀬亜子。

花火大会の始まる合図の段雷があがった。

元のシートに戻る早瀬亜子。
メガネを外す。
裸眼の方が花火の煌めきが感じられるのだ。

不意打ちの早瀬亜子の美しさに気をとられる悟流。

視線を感じ、きょとんとして悟流を見る早瀬亜子。 

「目が綺麗ですね」

悟流が正直な感想を言うと、早瀬亜子は真っ赤になって草に転がり出た。

✨✨✨

柿本潤平とくるみは、それぞれ自分のシートを並べて座った。

花火が始まり、夜空が華やかに彩られた。

「悟流とはどうなったんや?」
「はぐれたの」
「そうなんや……」

「わあ綺麗!」



くるみは夜空のきらきらの美しさに歓喜し、同意を求めようと柿本潤平を見た。
彼はくるみを見つめていた。

え?とくるみが思うと、柿本潤平は慌てて花火へ視線をやった。

連続で打ち上がる花火に感動したくるみが柿本潤平を見ると、彼はまたくるみを見つめていた。

「カッキー花火見ないの?」

柿本潤平はふくれて開き直った。

「俺が何を見ようと自由やろ」

「だって花火を見に来たのに」

「先輩のデートの場所取りに来ただけや」
「見るためのシート持ってるじゃない」

柿本潤平はくるみを熱く見つめた。

「花火は来年も見れるやろ? けど、くるみんを見ることはできんから」
「……」
「今夜くらい好きなだけ見てもいいやろ?」

くるみは困った顔をした。
本音を言えば、彼の視線や言葉が打ち上がる花火の響き以上に、心臓を揺さぶった。

「カッキー、友達になろうなって言ってくれたのに、一度も電話してくれないのね」

「無理やったから」
「……」
「くるみんと友達になるなんてできん。今でも好きや」

くるみは真っ赤になり、花火もカッキーも見れなくなった。

「困らせてごめんな。くるみんの顔を見なくてすむ方法があるんやけど」

柿本潤平はくるみの真横に移動して、身体をくっつけて座った。
二人で花火を見上げながら話した。

「悟流と付き合って半年やな。結婚に向かってんのか?」
「まだ全然」

無言になった。

「そう言えば俺、将棋始めたんや」
「えっ?」
「ぴよ将棋。どんどん強いひよこを倒せるようになってる」
「へえ、カッキーと将棋したかったな」
「悟流は上手いやろ?」
「うん。公園や将棋カフェで対戦するの」
「家でやらんの?」
「家では会わないから」
「何で?」
「悟流さんがくるみとの約束を守ってくれてるの」

柿本潤平は心が騒がしくなるのを感じた。
空振りするに決まっている期待を打ち消すように、明るい話題を振った。

「俺、鈴村くんと友達になったかもしれん」
「えっ」
「鈴村くんから突然、連絡があってな。彼、部長さんなんやな」
「そうなの。びっくり!」
「悟流と仕事してるんやろ? 第二弾は俺と組みたいって言ってくれて」
「本当に?」
「俺の絵の方が色彩が綺麗で楽しいからお菓子に向くって」
「そうかも」
「仕事の話を会ってして、後日、電話して飲みに誘ったんや。そしたら来てくれて飲み明かした」
「へえ」
「鈴村くん、俺のことを好きかもしれんな」
「カッキーのことは誰でも好きになるよ」
「くるみんは好きになってくれんかったやろ」
「好きって言ったじゃん!」
「1番じゃなければ男女は離れるしかないんや」
「……」
「最初っから友達やったら別やけど」
「なら友達が良かった」
「俺が無理なんや」

10月の冷たい風が吹き、くしゃみしたくるみの肩を、柿本潤平は抱いた。
身体が密着して互いに意識してしまう。
花火は二人の目に映るが心に映るものは別だった。

「鈴村くんにな、絵のモデルになってくれって頼んだんや」
「何て?」
「俺より部下の早瀬を描いてくださいって言われたわ」

「早瀬さん、将棋のイベントで初心者に駒の動かし方を教えてた。メガネをかけてキリッとした人。鈴村くんの東大将棋部の後輩だって」

「女子の東大将棋部か。メガネかけたまま、ビキニのちっさい水着着せて、飛車を持って海に立たせるか。色っぽいかもしれん」

くるみが柿本潤平の腕をバシッと叩いた。

「なんでくるみんがやきもちやくんや。彼女でもないくせに」

「カッキーがエッチなこと言うからでしょ!」

「本当はやきもちやいてんやろ?」

くるみはカッキーの胸を両手で交互にバンバン叩いた。

柿本潤平は笑って、テニスの時もそうやって叩かれたなと思い出し、急に淋しくなった。

✨✨✨

花火が打ち上がる中、早瀬亜子は悟流をきつく見つめた。
悟流は彼女の綺麗な目と、静かな迫力にたじろいだ。

「サルさん」
「はい」
「びっくりさせることを急に言わないでください」
「え?」
「メガネを取った時、言ったことです」
「正直な感想でした。もう言いません」
「論点がズレています」
「……」
「びっくりさせることを言わないでとは言ってません。『急に』言わないでくださいと言ったんです」
「……」
「びっくりさせることを言う時は、『びっくりさせます』と前置きが必要です。以上です」

早瀬亜子は視線を花火に移した。

俺にびっくりさせて欲しいのだろうか?と、悟流は思った。

前置きが必要だ、と彼女は言った。
でも、これは必要ないだろう。

「早瀬さん」
「はい?」

花火をまとって、彼女の顔に煌めきの光が当たっていた。
悟流は正直に言った。

「綺麗な目ですね」

早瀬亜子はびっくりして草に転がり出た。 
「前置きしてください!」

「二度目でもびっくりするんだ」

悟流は笑って早瀬亜子の手を握り、シートに引っ張りあげようとした。

「これも前置きが必要です!」

早瀬亜子は真っ赤になりながら、経験したことのない感情が起きた。

サルに恋する5秒前🎵

1,2,3,4,5



✨✨✨

花火がクライマックスのナイアガラになり、出口が混雑するので帰る人たちが出始めた。

「花火もおしまいやな」

悟流から、待ち合わせについてラインが来た。

「くるみんと会えて嬉しかった」

柿本潤平に見つめられ、くるみは目をそらした。
クライマックスの花火は二人の中で興味の外だ。

くるみは自分が泣いていることに気づいて動揺した。
顔を見られないように反対側を見た。
柿本潤平が回り込んで、くるみを見た。
「何でくるみんが泣くんや」
「…知らない」
「俺のことを好きなんやろ?」
「……」
「否定しないってことはそうなんやろ?」

くるみは胸中を吐露した。

「もう会えないなんて嫌」
「……」
「ずっと会いたかった。何度もそう思ってしまった」

柿本潤平は覚悟を決めて言った。
「戻ろう、俺たち」

「カッキーのこと、あれだけ傷つけて、戻るなんて許されるはずないでしょう。そんなの自分勝手すぎる」

柿本潤平はくるみの涙を指で拭って微笑んだ。
「あれだけ傷つけた男をさっきバシバシ叩いたやろ?」
「……」
「傷つけられて絶望して泣いた俺が叩かれて笑ったやろ?」
「……」
「それが俺たち二人なんや。許すとか許されないとか、そんなんどうでもいい」
「……」


「くるみんがいないと、つまらない。花火が終わって真っ暗な道をひとりぼっちで歩くような、そんな気持ちになるんや」

柿本潤平は立ち上がり、くるみの手を引いて立たせた。

「迷子になろう。ふたりで」

柿本潤平はくるみの手を握り、人の流れと逆へ歩いて行った。




どこまで行くのか、どこへ向かうのかわからず、くるみはついて行った。

真っ暗な人のいない場所で柿本潤平は立ち止まって、くるみを見つめた。

「どうしたの? こんなところ」

柿本潤平は照れたように言った。

「知らん。チュウしにきた」

「は?」
「初めてのチュウや」
「初めてじゃないでしょう」

「恋人ごっこやないのは初めてやろ」

柿本潤平がくるみにキスしようとすると、視界に人がいた。

さっきの宴会の数人がニヤニヤしていた。
「これ忘れてるよ」
二人が置き去りにしたシートやリュックを持ってきてくれた。

「すんません」
柿本潤平が頭を下げた。

「うまくいったんだね。お幸せに!」
去って行く彼らに柿本潤平は、
「お兄さんがた、待ってください」
追いかけて笑顔で名刺を渡した。

「画家の柿本潤平です。新人賞とってます。愛する彼女の絵を描いて個展を開くんで、ぜひ来てください」

柿本潤平はもう一度、声を張り上げて今の気持ちを歌った。

🎵ああなんて素敵な日だ🎵


観客たちは拍手し、一人が名刺をくれた。
「個展、連絡しろよ」

「速攻で実現させます!」
柿本潤平は笑顔で答えた。

くるみは照れて真っ赤になっていた。

「カッキーといると感情が忙しい」



柿本潤平はたっぷりの愛をこめて、彼女を見つめた。

「くるみん。めっちゃ好きや!」 

くるみの全てがメロメロに溶けて彼の全てと混じり合った。

恋を祝福するように、花火の残りが打ち上がった。

柿本潤平カッキーは「恋人ごっこやない初めてのチュウ」を、大好きなくるみにした。

(了)






初めての連載の恋愛小説を読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ感想をくださると嬉しいです!

ご要望があれば、本作のスペシャルや続編を書くかもしれません。



イラストを描いてくださったクリエイターさんです。


ラブソングを作曲してくださったクリエイターさんです。





この記事が参加している募集