ひたすら奔るループ① まだ見ぬ世界へ
車で四国を時計回りに巡った、忘れがたい旅の記憶を書きます。

夜明けの澄んだ静寂が、まだ残る時間。
私は車で自宅を後にした。
いきなり阪神高速の渋滞に巻き込まれ、神戸を抜けるまでに二時間以上を費やした。
四国へ渡りたい気持ちが逸るが、夏の朝らしい清々しい陽気だった。
ようやくノロノロ運転から解放され、明石海峡大橋を渡り、淡路島へ。
橋上から視界いっぱいに広がる明石海峡の大パノラマは、何度見ても見飽きることがない。
今日はとことん奔るつもりだ。
淡路島を縦貫するうちに、鮮やかな緑は次々と後ろへ流れていく。
車は高速を快適に進み、先ほどまでの渋滞が嘘のようだ。
タコメーターが、軽快に跳ね上がる。
やがて大鳴門橋に差しかかる。
対岸に徳島の姿が見え始めると、胸が少し高鳴る。
さらに小鳴門橋を渡るころ、その南端に見える大塚グループの巨大な広告に迎えられ、いよいよ四国へ入った。

徳島に入り、高速はそのままに、高知へ進路を取る。
しばらく行くと美馬を通過する。
このあたりから、吉野川が彫り込んだ深い谷が、三好のあたりまで左手に続いていく。
峡谷が織りなす里山の、なんと美しいことか。
どこか、日本の胎内へ帰っていくかのようでもある。
川之江東JCTで、車を南へ向ける。
深い山間を、ほとんど車の見当たらない高速が伸びている。
その道を、車は滑るように奔っていく。
空間を切り裂くように、ひたすらに、ただ前へ。
いくつかのトンネルを抜け、南国インターが近づくころ、視界がふいに開けた。
燦々たる高知平野だ。
けれど、車は止まらない。
高知市も過ぎ、さらに南西へ進む。
そして須崎で、ようやく高速を降りた。
再び山間部を縫うように、国道56号線をひた走る。
途中、給油のために立ち寄ったガソリンスタンドで、何かを口にした気もするが、記憶は曖昧だ。
ただ先へ、先へと心が向かっている。
自分の鼓動が逸るのがわかる。
やがて、ふたたび眼前が眩しく開けた。
陽光にきらめく太平洋が、目の前に迫ってくる。 表情を変えながら寄り添う海の景色は、黒潮町に入るころには、長い浜辺の全体を見渡せるほどに広がっていく。
波間に見え隠れするサーファーたちの姿が、この土地の海洋性を、いっそう明るいものにしていた。
海に別れを告げ、背を向けるようにしばらく走ると、四万十市に入る。
かつて土佐の小京都と呼ばれた旧中村市。その面影を受け継ぐ町である。
とうとう来た。
まだ見ぬ貴方に、やっと会える。
恋慕にも似た感覚を抑えながら、四万十市街を横目に国道441号へ入る。
進路は北西へ。
まだ現れないのか。
まだ見えないのか。
視界を遮り、まるでベールの役割を担っているかのような高い藪が、少し恨めしい。
直進していた車が、大きくノーズを右に入れるカーブに差しかかる。
タイヤが路面をしっかりと掴み、視界が一気にスライドする。
その瞬間、初めて目にする碧翠の姿に、なぜか遠い懐かしさを覚えた。
四万十川が、待っていた。
車を停め、エンジンを落とす。静まり返るコックピット。
ドアを開け、川辺の空気の中へ降り立つ。
川は、思っていたよりもずっと静かだった。
大きく、深く、それでいて押しつけがましさがない。
ただ、そこに在る。
青緑の抱擁。
沈下橋の上に立つと、川面を渡る風が優しく頬を撫でた。
水は碧く、光をいっぱいに含みながら、ゆっくりと流れていく。
ずっと会いたかったものに、ようやく会えた。
そう思うのに、不思議と高揚よりも、深い安堵が先に満ちていく。
長い時間、何も考えずに川を見ていた。
ケケケ……と、いつの間にか鳴き始めていたヒグラシの声で我に返り、時計を見る。
思っていた以上に、贅沢な時間が過ぎている。
薄暮が忍び寄っていた。

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次回、【ひたすら奔るループ② 逢魔時】へ続きます。
光から闇へ、一気に表情を変える次回の旅路も、ぜひ助手席でお付き合いください。
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