「日本が世界に贈った、見えない人のための道しるべ」―四人のおばさんの井戸端会議―
東京の街を歩いていると、黄色い線や、見慣れた人の形をしたマークが目に入る。 駅の案内、トイレ、出口、乗り換え……。 言葉が分からなくても、「ああ、ここだ」と分かる。
「そういえば、こういうマークって、いつからあるのかしら?」 ある日、四人のおばさんが、そんな何気ない話を始めた。
すると話は、1964年の東京オリンピックへ。 日本語が分からない外国の人にも、ひと目で意味が伝わるように工夫された「ピクトグラム」。 そして、その先には、目の見えない人のために生まれた「点字ブロック」があった。
考えてみれば、日本が世界に贈ったのは、便利なマークや道具だけではなかったのかもしれない。 「分からない人がいるなら、分かるようにしてあげよう」 そんな、小さな思いやりを形にする知恵。
今日は四人のおばさんが、そんな「見えない人のための道しるべ」について、 いつものように、ああでもない、こうでもないと話し始めます。
帝国ホテルのラウンジ。
四人はいつものように、窓際の席でお茶を飲みながら、外を行き交う人たちを眺めていた。
しばらくして、節子さんが窓の外の歩道に目をやった。
節子さん
「ねえ、あの黄色いボコボコって、昔からあったっけ?」
麗子さんが、節子さんの視線の先を追った。
麗子さん
「ああ、それそれ。点字ブロックのことね。昔からあったような気がするけど……」
美咲さん
「そうそう。駅なんかにもあるわよね。あれ、日本で生まれたものなんですって。」
節子さん
「えっ、日本なの?」
美咲さん
「そう。目の見えない人が、安全に歩けるようにするために考えられたものなのよ。」
遥さん
「そう考えると、すごいわよね。普段は何気なく踏んでいるけれど、あれは『ここを歩いてください』って、目の見えない人に道を伝えているんだもの。」
節子さん
「なるほどねえ。目で見なくても、足の裏で分かるようにしたわけね。」
麗子さん
「そうなのよ。しかも、日本で考えられたものが、今では世界中の街で使われている。」
節子さん
「日本って、そういうものを作っていたのね。なんだか、ちょっと誇らしいわ。」
遥さん
「実はね、こういう『言葉がなくても伝わる』という発想って、1964年の東京オリンピックともつながっていると思うの。」
美咲さん
「ああ、あのときのピクトグラム?」
遥さん
「そう。外国からたくさんの人が来るでしょう。でも、みんなが日本語を読めるわけじゃない。だから、言葉ではなく、形や絵で『ここはトイレ』『ここは競技場』と分かるようにした。」
節子さん
「ああ、あの人の形をしたマークね。今でも駅や空港で見るわ。」
麗子さん
「言葉が違っても、絵なら分かる。そう考えると、ずいぶん画期的だったのね。」
遥さん
「そうなの。1964年の東京オリンピックでは、こうしたピクトグラムが大きな役割を果たしたのよ。」
美咲さん
「そして、その少し後に、今度は目の見えない人に向けて、道を伝える仕組みが生まれた……。」
遥さん
「そう考えると、面白いでしょう?」
節子さん
「何が?」
遥さん
「『どうしたら、この人にも分かるだろう』っていう発想よ。」
四人は、しばらく黙って窓の外を見た。
遥さん
「外国から来た人には、言葉が分からなくても伝わるようにする。目の見えない人には、目を使わなくても道が分かるようにする。」
美咲さ
「なるほど……。相手によって、伝え方を変えたのね。」
麗子さん
「そう考えると、単なる便利な道具じゃないわね。」
節子さん
「『相手の立場になって考える』ってことかしら。」
遥さん
「私は、そう思うの。」
美咲さん
「でもね、点字ブロックって、目の見えない人だけのためのものじゃない気がする。」
節子さん
「どういうこと?」
美咲さん
「あの黄色い道しるべを見れば、目の見える私たちだって、『ここには、この道を必要としている人がいるんだ』って気づくでしょう?」
麗子さん
「ああ……そういうことね。」
美咲さん
「目の見えない人には道を教えて、目の見える私たちには、その人の存在を教えているの。」
節子さん
「そう言われると、ちょっと見え方が変わるわね。」
遥さん
「だから、日本が世界に贈ったのは、ピクトグラムや点字ブロックという『モノ』だけじゃなかったんじゃないかしら。」
麗子さん
「じゃあ、何を贈ったの?」
遥さん
「『どうしたら、この人にも分かるだろう』って考える発想。」
美咲さん
「目の前にいる人だけじゃなくて、自分には見えていない人のことまで考える。」
節子さん
「それって、案外大事なことなのに、普段は忘れているわね。」
麗子さん
「そうよ。世の中って、自分が困らないと、誰かが困っていることに気づかないもの。」
節子さん
「耳が痛いわねえ。」
美咲さん
「あら、節子さんだけじゃないでしょう。」
四人が顔を見合わせて笑った。
しばらくして、麗子さんが少し真面目な顔で言った。
麗子さん
「でも、私たちにも、もう一つ道しるべが必要だと思うわ。」
節子さん
「何それ?」
麗子さん
「最近の若い人の言葉よ。『エモい』とか『タイパ』とか……。」
美咲さん
「ああ、それは私も分からない。」
遥さん
「私も。」
節子さん
「じゃあ、私たちも『分からない人』の気持ちが分かるようになったってことね。」
美咲さん
「そうね。今日の話、最後はそこにたどり着くのね。」
四人はまた笑った。
窓の外では、黄色い道しるべが、静かに歩道の先へ伸びている。
誰かのために作られたものが、別の誰かに何かを教えている。
「自分には見えていない誰かが、そこにいるかもしれない。」
そんなことを、黄色い道しるべは、今日も静かに教えてくれているようだった。
結び
考えてみれば、私たちは毎日、 たくさんの「道しるべ」に囲まれて暮らしている。
駅の案内表示も、トイレのマークも、信号も、点字ブロックも。 その一つひとつの向こう側には、「どうしたら、この人に伝わるだろう」 「どうしたら、この人が安心して歩けるだろう」と考えた誰かがいる。
1964年の東京オリンピックをきっかけに広がったピクトグラム。 そして、日本で生まれ、世界へ広がっていった点字ブロック。 どちらも、言葉や視覚の違いを越えて、人と人をつなぐための工夫だった。
日本が世界に贈ったもの。 それは、目に見える「モノ」だけではなかったのかもしれない。
自分には見えていない誰かの存在を想像すること。
そして、その人の立場に立って、伝わる方法を考えること。
それこそが、日本が世界に贈った、もう一つの「道しるべ」だったのではないだろうか。
そして今日も、黄色い道しるべは静かに街の中を伸びている。 私たちに、「少しだけ、周りを見て歩きませんか」と語りかけるように。
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