【人生いろいろ】個性という贅沢ー今だから理解できる、人の魅力と奥深さ
はじめに
これまでの人生で、本当にさまざまな仕事を経験してきた。
そのたびに、多くの人と出会い、多くの価値観に触れてきた。振り返ってみると、どの職場にも、実に個性豊かな人がいた。
正直に言えば、若い頃は苦手だと感じる人も少なくなかった。
考え方に強い癖がある人。
仕事の進め方に独特の流儀を持つ人。
融通が利かず、一緒に働くには少々骨が折れる人。
当時は、「どうしてこんなに面倒なのだろう」と思ったこともある。
しかし、年月を重ねた今だからこそ分かる。
あれは「扱いにくさ」ではなかった。
その人が長い時間をかけて育ててきた、譲れない価値観だったのだ。
不器用でも、頑固でも、そこには一本の筋が通っていた。
学ぶべき視点も多かった。
だからこそ、その人らしさがあり、不思議な魅力があった。
長く付き合うほど、その人が何を大切に生きてきたのかが少しずつ見えてくる。簡単には揺るがない信念があった。
その姿から学ばせてもらったことは、今でも数え切れないほどある。
個性を見せにくい時代
歳を重ねるにつれ、若い頃には見えなかった景色が少しずつ見えるようになった。その一方で、今の時代には少し寂しさを覚えることがある。
個性が失われたというよりも、個性を表に出しにくい時代になったように感じるからだ。
平等や多様性が尊重されることは、とても大切なことである。
しかし、その一方で、人と違うことを表現することには以前より慎重さが求められるようになった。
目立たないこと。
波風を立てないこと。
周囲と歩調を合わせること。
そうした価値観が、いつの間にか「正しさ」として共有される場面も少なくない。
もちろん、それが悪いと言いたいわけではない。
ただ、その空気の中では、人それぞれが持つ癖や偏り、少し扱いにくいくらいの個性までもが、静かに削られてしまうことがあるように思う。
人は本来、もっと凸凹した存在である。
考え方に偏りがあり、好き嫌いがあり、譲れないものを抱えて生きている。そうした不完全さが、その人だけの魅力を生み、人間としての奥行きを形づくっていくのではないだろうか。
均(なら)された正しさよりも、凸凹の残るその人だけの生き方のほうが、不思議と人を惹きつける。
私は、そんな人たちと出会えたことを幸運だったと思っている。
それでも、自分らしく
個性とは、時と場合によっては、
周囲と衝突することもある。
理解されず、誤解されることもある。
それでも、自分なりの信念や美意識を持って生きる人には、言葉では説明しきれない魅力が宿る。
人生を重ねるほど、人は少しずつ角が取れていく。
それは決して悪いことではない。
しかし、その一方で、最後まで削りたくない「角」が一つくらいあってもいい。
かつて出会った個性豊かな人たちを思い出すたび、そう感じる。人は誰かと同じになるためではなく、自分だけの人生を歩むために生きている。
だからこそ、これからも自分なりの「こだわり」を大切にしながら、少し凸凹したまま歳を重ねていきたいと思う。
(随筆随想)
