第26話 創設者の名
静寂。
誰も言葉を発せなかった。
天城総一郎は意識を失い、巨大な記憶同期システムも停止している。
貨物船を揺らしていた振動も消えた。
終わった。
そう思った。
だが。
R-0の一言が全員を凍り付かせた。
「思い出した」
少年の顔は青白い。
額には汗が浮かんでいる。
蓮がゆっくり近付いた。
「誰なんだ」
R-0は震える声で答えた。
「PROJECT-Rを作った人」
神代も真壁も息を呑む。
天城ですら違う。
さらに上がいる。
誰も想像していなかった。
少年は目を閉じた。
そして。
ゆっくりと名前を口にした。
「御堂誠一郎」
全員が顔を見合わせる。
聞いたことのない名前だった。
神代だけが反応した。
「まさか……」
蓮が振り向く。
「知ってるのか」
神代は険しい顔をする。
「都市伝説みたいな話だ」
真壁も眉をひそめた。
「俺も聞いたことがある」
「何者なんだ」
神代は小さく息を吐いた。
「表に存在しない男だ」
その言葉に空気が重くなる。
「戸籍もない」
「写真もない」
「年齢も不明」
「生きているかすら分からない」
蓮は呆然とした。
そんな人間が存在するのか。
R-0は頷いた。
「いる」
「僕は見た」
その声は確信に満ちていた。
⸻
貨物船から脱出した蓮たちは、神代の新しい隠れ家へ移動した。
古い山荘だった。
街から離れた場所。
人目につかない。
神代はノートパソコンを開く。
「調べてみる」
真壁も手伝う。
だが。
数時間が経っても何も出てこない。
御堂誠一郎。
検索結果ゼロ。
データベースにも存在しない。
住民記録もない。
会社情報もない。
まるで最初から存在していない人間だった。
神代が舌打ちする。
「おかしい」
R-0は窓の外を見ていた。
何かを考えている。
蓮は近付く。
「思い出したこと全部話してくれ」
少年は頷いた。
「御堂は研究者だった」
「天才だった」
静かな声。
だが全員が聞き逃さない。
「人間の脳を研究してた」
「記憶」
「感情」
「人格」
「人間そのもの」
神代が聞く。
「何のために」
R-0は答えた。
「死なないため」
沈黙。
誰も意味が分からなかった。
だが少年は続ける。
「御堂は人間の身体じゃなく」
「記憶こそ本体だと思ってた」
真壁が顔をしかめる。
「つまり?」
「記憶を移せば生き続けられる」
全員が絶句した。
不老不死。
それが目的。
PROJECT-Rの原点。
天城が作ろうとしていた世界よりも恐ろしい。
R-0は静かに言う。
「天城も黒崎も」
「高瀬も」
「みんな利用された」
蓮の背筋が冷たくなる。
天城ですら駒だった。
なら御堂は何者なのか。
⸻
その夜。
山荘の外は激しい雨だった。
蓮は眠れなかった。
窓から外を見る。
家族のことを考える。
美咲。
娘。
平穏な日常。
守りたい。
その気持ちは変わらない。
だが。
敵は想像以上に大きかった。
その時。
コンコン。
扉を叩く音。
蓮が開ける。
神代だった。
缶コーヒーを差し出す。
「飲むか」
蓮は受け取った。
二人は廊下の椅子に座る。
しばらく沈黙。
やがて神代が言った。
「怖いか」
蓮は笑った。
「そりゃな」
正直だった。
神代も笑う。
「俺もだ」
少しだけ気持ちが軽くなる。
神代は続ける。
「でもな」
「何だ」
「ここまで来たら最後まで行こう」
蓮は頷いた。
逃げられない。
なら進むしかない。
⸻
翌朝。
事態が動いた。
R-0が神代を呼んだ。
「これ見て」
ノートを開く。
そこには記憶の断片を描いた地図。
誰も見たことがない場所だった。
だが。
一箇所だけ赤く丸が付いている。
神代の顔色が変わる。
「ここは……」
真壁も驚く。
「嘘だろ」
蓮が聞く。
「何なんだ」
神代はゆっくり答えた。
「廃病院だ」
「病院?」
「三十年前に閉鎖された」
R-0は頷く。
「そこにいる」
空気が張り詰める。
「御堂が?」
「うん」
神代は首を振った。
「そんなはずない」
「もう何十年も前の施設だぞ」
だが。
R-0は迷わない。
「絶対いる」
その目は真剣だった。
嘘ではない。
何かを思い出している。
その時だった。
突然。
山荘の照明が消えた。
真っ暗になる室内。
「停電か!?」
神代が立ち上がる。
だが違った。
窓の外を見る。
近隣の家には明かりがある。
この山荘だけ。
狙われている。
次の瞬間。
スピーカーからノイズが流れた。
ザーッ……
ザーッ……
全員が凍り付く。
聞き覚えのない声。
老人でもない。
天城でもない。
高瀬でもない。
低い男の声だった。
『ようやくここまで来たか』
空気が凍る。
R-0が青ざめる。
「この声……」
蓮は息を呑む。
まさか。
男は静かに笑った。
『蓮』
『会いたかったよ』
神代が叫ぶ。
「誰だ!」
数秒の沈黙。
そして。
男は答えた。
『御堂誠一郎だ』
誰も動けなかった。
ついに。
PROJECT-Rの真の創設者。
全ての始まり。
そして。
全ての元凶が姿を現した。
『君達には感謝している』
御堂は続ける。
『天城を止めてくれた』
『高瀬も消えた』
『黒崎も役目を終えた』
その口調は穏やかだった。
だが。
底知れない恐怖があった。
まるで全てを見透かしているような。
そして最後に言った。
『次は私の番だ』
通信が切れる。
静寂。
誰も言葉を発しない。
その時。
山荘のモニターが勝手に起動した。
画面に映るのは古い病院。
朽ちた建物。
その入口。
そして赤い文字。
【ようこそ】
蓮は拳を握った。
敵が待っている。
なら行くしかない。
家族を守るために。
全てを終わらせるために。
――第26話
