新ハイドン論の視点 #04 【ハイドン傑作50選】(1)-創作前期-
新春企画連載開始
ハイドン(1732-1809)が本領を発揮した傑作を選び抜いてお届けします。半世紀を超える長い創作期を、前期(1750~60年代)、中期(1770年代)、後期(1780年代)、晩期(1790年代~)に区分し、四回にわたって連載します。
※追記、晩期を2期に細分し、「傑作50選」とします。
今日の世間一般での評価は考慮に入れていません。作曲家の真の全体像を示すには、商業主義バイアスは邪魔なだけだからです。「ハイドンが手掛けた主要ジャンル全作品を四十五年以上かけて聴き尽くした一愛好家による選集」と受け止めてください。
傑作選その1 前期作品(1750~60年代)
1 オルガン協奏曲 ハ長調(Hob.ⅩⅧ:1) 1756年
ハイドンの全作品中、今日、演奏機会に恵まれている最も古い器楽曲です。自筆譜が現存しており、1756年の作と判明しています。初期作品とはいえ、彼はすでに24歳になっていました。ちなみにこの年には、最も有名な同時代人、モーツァルト(1756~1791)が生まれています。
変声により聖シュテファン大聖堂を追われ、大きな世界へ足を踏み出したハイドンは、クラヴィーアの個人レッスンで糊口をしのぐほか、教会でヴァイオリンやオルガンを弾いたり、礼拝に歌手として加わったり、時にセレナーデの演奏に参加したりして、不安定ながら音楽漬けの生活を謳歌していていました。この協奏曲は、そうした若き日のハイドンを偲ばせる数少ない作品の一つです。
かなり規模は大きく、演奏時間はバッハ(1685-1750)やヘンデル(1685-1759)の協奏曲を上回ります。風格ある大作に仕上がっているのは、前世代に協奏曲というジャンルが成熟期を迎えており、その遺産を最大限活用できる時代に生まれあわせたおかげです。
それでも、この作品の突出した規模と内容には、彼の個人的事情も無関係ではなかったのかもしれません。当時の彼の生徒の中に、ケラーというかつら師の2人の娘たちがいました。ハイドンはそのうちの妹の方、テレーゼに対して好意を抱いたのですが、この恋は成就せず、彼女は修道院に入ってしまいます。このオルガン協奏曲は、その折にテレーゼのために作曲され、彼自身の演奏により初演されたとされています。ちなみに、自筆譜に記されている作曲年の筆跡は、彼の晩年、作曲されてから半世紀近くも後のものとされているそうです。おそらく、生涯にわたって大切に手元に残しておいた作品だったのでしょうね。
ハイドンは作品中に個人的感情を込めることを滅多にしなかった人とされていますが、この若き日の記念碑的作品は、数少ない例外なのかもしれません。この曲の随所にみられる複雑な表情には、そのような夢想を誘うだけの魅力があると思うのです。
2 チェロ協奏曲第1番 ハ長調 (Hob.Ⅶb:1)1761~65年頃
作曲後、約二百年も存在が知られていなかった作品。1961年に発見されたのち、難曲にもかかわらず、瞬く間に世界中のチェロ奏者が好んで弾くようになりました。疾走感ある第3楽章は、まさしく本領発揮の快作です。
3 交響曲第31番 ニ長調《ホルン信号》(Hob.Ⅰ:31)1765年
ハイドンの創作前期に属する四十曲ほどの交響曲中、どれを選ぶかは悩みます。この作品より精巧な作品は、第4番、第15番など、いくつかあります。でも、交響曲とは大向うを唸らせることを宿命づけられたジャンル。最も聴き映えのする第31番を選びました。4本ホルンの咆哮は効果抜群です。
ホルンだけでなく、ほぼ全パートにソロが組み込まれているという点で、ハイドンの前期交響曲の特質をよく伝える作品でもあります。第4楽章のコントラバス・ソロは必聴。それ続く終幕には、時代を百年先取りした驚きの仕掛けが待ち構えています。
4 カプリッチョ ト長調(Hob.ⅩⅦ:1) 1765年
あまり知られていないかもしれませんが、特にお薦めしたい逸品。冒頭に提示した主題を、あらゆる作曲技法を駆使して変奏し、展開します。ハイドン自身、実験作とみなしたのか、作曲後20年以上も発表しませんでした。盛期古典派の進むべき方向を指し示すかのような、創意あふれる意欲作です。
5 《聖母マリアをたたえるミサ・チェレンシス》 ハ長調 (Hob.ⅩⅫ:5)1766年
ハイドンが初めて書いた本格的なミサ曲。演奏に一時間以上かかる大作なので聴きどころをピックアップしてリンクを貼りますが、全曲は起伏に富み、どの部分をとってもハイドンの名に恥じない出来栄えとなっています。特に選んだのは「よみがえられた」の部分。ほとばしる喜びの表現では、ハイドンに近づける者はありません。
6 クラヴィーアソナタ 変イ長調(Hob.ⅩⅥ:46)
1767~70年頃
以前は円熟期の作品と考えられていたため、「第46番」という大きな番号が付されています。たしかに、盛期古典派、いやロマン派を思わせさえする細やかな感情表現を聞き取れます。若いころにこんな作品を書いていたとは、驚きです。対位法を駆使した第2楽章の幻想的な美しさは比類なし。フォルテピアノによる名演で、どうぞ。
7 交響曲第48番 ハ長調《マリア・テレジア》(Hob.Ⅰ:48)1769年以前?
作曲年代研究の進展により、いわゆる「疾風怒涛」期でも比較的初期の段階に位置づけられるようになったものの、すでに過激な作風を示しています。豪壮な響きと祝典的な明るい曲調のなかに愁いを帯びた感情表出も織り込まれていて、実に魅力的。
有名ではなくとも……
いかがでしたか。ハイドンの若いころの作品をコンサート会場で耳にする機会は稀かもしれません。それでも、達意の文章のような見事な筆致、気取りのない誠実な語り口といった彼の美点は、ここに掲げた諸作にすでにはっきり表れています。
現役のころ、仕事を終えてその日の出来事を振り返るひとときに、私はよくこのような音楽を聴いたものです。
皆様の明日も、良い一日でありますように。
