「老害」になるか、「長老」になるか ― 経験を、贈り物に変える境界線
月曜の朝です。
新しい一週間が、始まりました。
最近、私の中で静かに置いている、ひとつのチェックポイントがあります。
それは、自分の経験を誰かに語るときに、 そっと自分に問いかける、ひとつの問いです。
「これは、自分語りになっていないか」
50代に入ってから、 この問いの重みを、前よりずっと強く感じるようになりました。
旧友の、忘れられない言葉
先日noteで「黄昏研修」の話を書いたとき、 旧友がもうひとつ、印象的なことを言っていました。
「自分の経験談を語るだけだと、ただの老害になる。 でも、普遍的な原理原則を語れたら、長老(メンター)になれるかもしれない」
私は、この言葉に唸りました。
50代以降の人生を考えるうえで、 これはとても大事な分岐点だと思ったからです。
「老害」と「長老」を分ける、たったひとつのこと
過去の成功体験を、そのまま語る。
「自分の若いころはこうだった」 「昔は、こうやって乗り切ったものだ」 「君も、これくらいやらなきゃダメだよ」
これは、自分語りです。
語っている本人は、よかれと思って言っている。 ためになると信じて、語っている。
でも、聞かされている側にとっては、 ただの「過去の話」でしかありません。
時代も、状況も、本人の立場も違うのに、 それを「正解」として押し付けられる。
それは、相手にとっては学びではなく、ノイズです。
一方で。
自分の経験を、一段抽象化して、 「世代を超えても通用する原理原則」 に昇華して語れたら、どうでしょうか。
たとえば、 「20代に深夜残業で頑張れ」ではなく、 「自分の若いうちにしか出せない行動量があって、それは未来の選択肢を増やしてくれる」。
たとえば、 「俺の頃はもっと厳しかった」ではなく、 「人は誰でも、自分の限界だと思っていた一歩先に、まだ余白がある」。
具体的な体験談を、普遍的な原理に翻訳しなおす。
それができたとき、それは "自分語り" ではなく、 「次の世代への、贈り物」 になるのだと思います。
なぜ、多くの50代がこの境目で躓くのか
ここで、ひとつ正直なことを書きます。
50代以降、なぜこの境目で多くの人が躓くのか。
理由は、シンプルだと思います。
自分の経験を「抽象化」する練習を、 これまであまりしてこなかったから、です。
会社の中では、 具体的なプロジェクト、具体的な指示、具体的な数字、 そのすべてが「具体」のままで回ります。
抽象化しなくても、仕事は進む。 むしろ、抽象論を語ると「具体的に何が言いたいの?」と返される。
その世界で30年、40年と過ごしてきた人ほど、 自分の経験を、一段引いた視点で眺める習慣がないのです。
だから、退職後や、肩書きが外れたあとに、 急に「自分の経験を、これからどう活かしますか」と問われると、 うまく語れない。
具体エピソードしか出てこなくて、結果として「自分語り」になってしまう。
これは、その人が悪いわけではありません。
ただ、抽象化の練習を、これまでしてこなかっただけ。
そして、抽象化の練習は、何歳からでも、始められます。
アウトプットして、初めてわかること
抽象化の練習は、頭の中だけではできません。
声に出すか、書くか、誰かに語るか。
つまり、アウトプットすること でしか、磨かれないのです。
これは、私自身が痛感していることです。
私は今、毎週ブログを書いて、メルマガを書いて、noteを書いています。
そのプロセスの中で、何度も気づくのです。
「あれ、これ、自分の体験談で終わってないか」 「これを、どう抽象化すれば、誰かの役に立つだろう」
書きながら、何度も書き直す。
そのたびに、自分の経験が、少しずつ「自分のもの」を超えていきます。
そして、そうやって書いた言葉が、 ときどき、思いがけない誰かに届く。
「同じことで悩んでいたので、救われました」 「自分の状況にも、当てはまります」
そういう反応をもらうたびに、思うのです。
ああ、私の体験は、ようやく「贈り物」になり始めたのかもしれない、と。
アウトプットしないと、自分の願いすらわからない
ここで、もうひとつ大事なことを書きます。
アウトプットの本当の意味は、 「誰かに何かを伝えること」だけではありません。
「アウトプットして初めて、 自分が本当に何を考えていたかが、見えてくる」
これが、本質だと思います。
頭の中でぐるぐる考えているうちは、 自分の思考は、輪郭がはっきりしません。
でも、声に出した瞬間、書き出した瞬間、 「あ、自分はこういうふうに思っていたのか」と、 自分自身が驚くことが、何度もあります。
つまり、アウトプットは、 他人のためだけのものではなく、 自分自身を知るための、最強のツール なのです。
月曜の朝の、3つの実践
新しい週の始まりに、ぜひ試してみてほしいことを、3つ書きます。
1. 「会社の肩書き」を外した自己紹介を、書いてみる
名刺に書かれた役職や社名を使わずに、自分を紹介してみる。 「私は〇〇が好きで、△△を大切にしている人間です」
そう言えたとき、それがあなた自身の「ストック」です。
2. 「会社の外」で壁打ちできる相手を、ひとり持つ
社内の人間関係だけだと、視野はどうしても狭くなります。 業界も年齢も違う人に、自分の考えをぶつけてみる。
そこから、思いもよらない化学反応が生まれることがあります。
3. 「やりたいことリスト」を、口に出してみる
頭の中で考えているだけでは、何も始まりません。 言葉にして、人に話す。
不思議と、そこから道が開けていきます。
アウトプットしないと、自分が本当は何をしたいのかすら、 わからないままなのです。
「老害」ではなく、「長老」になっていく
過去の成功体験を、そのまま振りかざせば、それは自分語り。
でも、その経験を一段抽象化して、原理原則に昇華できれば、 それは次の世代への、確かな贈り物になります。
そのためには、自分自身も、進化し続けなければなりません。
新しい知識を吸収し、 新しい理屈を組み立て、 自分なりの発見を、言葉にしていく。
それが、「老害」と「長老」を分ける境界線なのだと、 私は思っています。
人生のリーダーシップを取り戻すというのは、 ただ自分のために生きる、ということだけではない。
自分の経験を、誰かの未来のために、贈り物に変えていくこと。
それも、含まれているのだと思います。
明日のnoteは「動けない理由は、意志の弱さではない ― あなたを止めているのは、構造です」を書きます。
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