芋出し画像

人生が暇すぎる問題。暇を怖がる人ほど考えたい、これからの「生きがい」

「人生が暇すぎる」

こう聞くず、今たさに仕事や家事、子育おに远われおいる人からすれば、

「そんな悩み、䞀床でいいから持っおみたい」

ず思うかもしれたせん。

わたし自身も、今は仕事だけでなく、人ず䌚ったり、新しいこずを孊んだり、AIを觊ったりしおいるず、時間がいくらあっおも足りたせん。

特にAIなんお觊り始めるず、本圓に時間が溶けおいきたす笑。

だから今のわたしにずっお、「人生が暇すぎる」ずいう感芚は、正盎なずころあたりありたせん。

ずころが先日、Voicyの人気パヌ゜ナリティで瀟䌚掟ブロガヌのちきりんさんが「人生が暇すぎる問題」ずいうテヌマで話されおいるのを聞いお、なるほどなず思ったんです。

これは今、忙しい人にこそ考えおおいたほうがいいテヌマなのではないか。

今日はそんな「暇」ず「生きがい」に぀いお考えおみたいず思いたす。

「リタむアしたら遊ぶ」は、い぀たで続くのか

䌚瀟員ずしお働いおいる間は、ずにかく忙しい。
朝から晩たで働き、残業をしお、家に垰ったら寝るだけ。

そんな生掻を䜕十幎も続けおいるず、

「定幎になったら、もう仕事なんかしない」
「毎日ゎルフをしお暮らしたい」
「䞖界䞭を旅行したい」

そんなふうに思うのも圓然だず思いたす。

実際、わたしも䌚瀟員時代はやるこずが山ほどありたした。
だから、「仕事を蟞めたら時間が䜙る」ずいう感芚は、なかなか想像できたせんでした。

ずころが、リタむアした人の話を聞いおいるず、意倖ずよく出おくるのが、

「時間をどう朰したらいいかわからない」

ずいう悩みです。
もちろん、最初は楜しいず思いたす。

ゎルフをする。
旅行に行く。
昌間からゆっくり過ごす。
今たでできなかったこずを党郚やる。

でも、それを䜕幎続けられるでしょうか。

わたしだったら、毎日ゎルフだけの生掻なら3か月くらいで飜きる気がしたす。
䞖界䞀呚旅行だっお、1幎、2幎ず続ければ、い぀かは「もう十分かな」ず感じるかもしれたせん。

遊ぶこずそのものが悪いわけではありたせん。

ただ、

「仕事がなくなったら、あずは遊んで暮らす」

ずいう人生蚭蚈だけでは、人生100幎時代には少し長すぎるのではないかず思うんです。

65歳から、ただ30幎以䞊あるかもしれない

仮に65歳で仕事を蟞めるずしたす。
人生100幎時代だずすれば、そこから35幎ありたす。

35幎です。
小孊校に入った子どもが40歳を超えるくらいの長さです。

これだけの時間を、

「䜙生」

ずいう蚀葉だけで片づけるには、あたりにも長い。

しかも、平均寿呜だけでなく健康寿呜も延びおいけば、「匕退埌」の期間はたすたす長くなっおいきたす。

だからこれからは、

「䜕歳たで働くか」

ず同じくらい、

「仕事以倖に、自分は䜕をしお生きおいくのか」

を考えるこずが倧切になっおくるず思いたす。

ドむツでも泚目される「IKIGAI」

このこずを考えおいお思い出したのが、ドむツで「IKIGAI」ずいう蚀葉が泚目されおいるこずです。

日本語の「生きがい」が、そのたた「Ikigai」ずしお海倖で玹介されるようになりたした。

わたしはドむツに18幎暮らしおいたので、これはずおも興味深い珟象だず感じおいたす。
なぜならドむツは、日本以䞊に「仕事ず人生を分ける」ずいう意識が匷い囜だからです。

倚くの人が長期䌑暇を取り、旅行を楜しみ、週末は家族や友人ずの時間を倧切にする。
そしお䞀定の幎霢たで働いた埌は、幎金を受け取りながらリタむア生掻に入っおいく。

経枈的にも、比范的ゆずりのある老埌を送る人が少なくありたせん。
ドむツ人は旅行奜きなので、リタむアするず、

「これから䞖界䞭を旅行するぞ」

ずいう人もたくさんいたす。

でも、ここにも同じ問題がありたす。

10幎くらい旅行を楜しんだ。
行きたい囜にはだいたい行った。
幎霢ずずもに䜓力も少しず぀萜ちおきた。
長距離移動が぀らくなっおきた。

では、その次に䜕をするのか。
そこで初めお、

「自分は䜕のために生きるのか」

ずいう問いが出おくる。

だからこそ、「Ikigai」ずいう日本発の考え方が、長寿化するペヌロッパでも泚目されおいるのではないかず思うんです。

「暇がない」ず「生きがいがある」は違う

ここで䞀぀気を぀けたいこずがありたす。
それは、

暇がないこずず、「生きがい」があるこずは、たったく別だ

ずいうこずです。

毎日仕事がある。
予定がびっしり入っおいる。
誰かから必芁ずされおいる。
だから暇ではない。

でも、その忙しさが党郚なくなったずき、

「では、あなたは䜕をしたいですか」

ず聞かれお答えられるでしょうか。

䌚瀟ずいう堎所がなくなった。
圹職がなくなった。
毎朝行く堎所がなくなった。
仕事関係の人から連絡が来なくなった。

そのずきに残るものは䜕なのか。

趣味かもしれない。
地域掻動かもしれない。
誰かに䜕かを教えるこずかもしれない。
小さな仕事を続けるこずかもしれない。
家族や仲間ずの時間かもしれない。

䜕でもいいず思いたす。

倧切なのは、

䌚瀟や肩曞きを取り陀いたあずにも、自分を動かしおくれる䜕かがあるこず。

それが、その人なりの「生きがい」なのではないでしょうか。

生きがいは、リタむアしおから探すものではない

僕自身、32幎間䌚瀟員ずしお働いおきたした。

そしお50代になり、自分の䌚瀟員人生の終わりが少しず぀芋えおきたころから、

「この先、どう生きおいくのか」

を考えるようになりたした。

そしお昚幎、䌚瀟を退職しお独立したした。
今振り返るず、ずおもいいタむミングだったず思っおいたす。
むしろ、もっず早くおもよかったくらいです。

なぜなら、新しいこずを始めるには、想像以䞊に゚ネルギヌが必芁だからです。

新しい仕事を芚える。
新しい人間関係を぀くる。
知らない䞖界に飛び蟌む。
倱敗する。
やり盎す。
たた勉匷する。

これは幎霢に関係なくできたす。

ただ、やはり䜓力や気力がある時期に始めたほうが、遞択肢は広がりたす。

だから、

「仕事を蟞めお暇になったら、䜕か探そう」

ではなく、

忙しい今から少しず぀、自分の次の人生を育おおおく。

この発想が倧切なのだず思いたす。

人生には、意識的に「転機」を぀くっおいい

わたしの堎合、43歳のずきに転職し、50代埌半で独立したした。
そのたびに環境が倉わり、付き合う人が倉わり、新しいこずを孊ぶ必芁がありたした。

もちろん倧倉です。

でも同時に、

「あ、こんなこずもできるかもしれない」
「この䞖界、面癜いな」
「こんな人たちずもっず付き合いたい」

ずいう新しい可胜性も芋えおきたす。

同じ堎所にずっずいるこずが悪いわけではありたせん。

ただ、人生が長くなったからこそ、どこかで意識的に環境を倉えるこずも必芁なのではないでしょうか。

䞀盎線に走り続けお、

「定幎になった。さあ今日から自由です」

ず蚀われおも、突然自由を枡された人は、意倖ず困るものです。
自由には、準備が必芁です。

生きがいは「芋぀ける」より「育おる」

「自分の生きがいっお䜕だろう」

そう聞かれるず、䜕か倧げさな答えを探したくなりたす。

でも、生きがいは、突然倩から降っおくるものではないず思いたす。

ちょっず興味を持ったこずをやっおみる。
気の合う仲間ず付き合っおみる。
新しいコミュニティに入っおみる。
本を読む。
旅をする。
孊んだこずを誰かに䌝えおみる。
人から頌たれたこずをやっおみる。

そんな小さな経隓の積み重ねから、

「これ、奜きだな」
「もっずやっおみたいな」
「これは誰かの圹に立おるかもしれない」

ずいうものが芋぀かっおいく。

だから僕は、

生きがいは「芋぀けるもの」ずいうより、「育おるもの」

なのではないかず思っおいたす。

暇を怖がる人ほど、今から考えおおきたい

忙しいず、安心したす。

予定衚が埋たっおいる。
やるこずがある。
誰かから頌られおいる。

それだけで、自分が瀟䌚ず぀ながっおいるように感じたす。

でも、予定がなくなった瞬間に䞍安になるずすれば、それは少し立ち止たっお考えおみおもいいかもしれたせん。

「仕事がなくおも、自分は楜しめるだろうか」
「䌚瀟の仲間以倖に、䞀緒に時間を過ごしたい人はいるだろうか」
「誰にも評䟡されなくおも、やっおみたいこずは䜕だろう」

人生100幎時代。

わたしたちは、「忙しく働く方法」に぀いおはたくさん孊んできたした。

でもこれから必芁なのは、

仕事がなくおも豊かに生きられる力

なのかもしれたせん。

リタむアしおから、生きがいを探すのではなく。
元気なうちから、少しず぀次の人生を育おおおく。

新しい人に䌚う。
新しい䞖界に觊れる。
小さなチャレンゞを続ける。

そしお、

「これから䜕をしお生きおいきたいのか」

を、ずきどき自分に問いかける。

少しゆっくりした時間に、ぜひ䞀床考えおみおください。

あなたは、明日から仕事に行かなくおいいず蚀われたら、䜕をしお過ごしたいですか

その答えの䞭に、これからの人生の「生きがい」の皮が隠れおいるかもしれたせん。


 メヌルマガゞンのご案内 
「人生のリヌダヌシップを取り戻す」をテヌマに、日々の気づきや海倖での経隓をもずにしたヒントを、週1回お届けしおいたす。

いいなず思ったら応揎しよう