京都探訪の日記 京都で散歩三昧!
はじめに
さて私のメインテーマであるFIREについて、「FIRE戦略の設計図」シリーズとして、 note 記事を投稿させていただきました。毎日、かなり気合を入れて執筆していたので、ここで少し「箸休め」と言うわけでは無いのですが、ちょっとペースチェンジで違うシリーズをはさみます。実は今、京都に滞在中なのです。そこで今回は、私の好きなまち、京都のお話をば!
私は、青春時代を京都で暮らしておりました。当時は、インドア派でしたので、暇があると部屋で小説を読んでいるか、友達を誘って麻雀をしている毎日でした。今から思えば、随分ともったいないことをしました。そのとき、その場所でないと経験できないことは多くあるのに、その気さえあればいつでもどこでもできる読書と麻雀に多くの時間を割くのは、あまり賢明な選択ではなかったように思います。でもまあ当時は、生まれて初めて親元を離れて、そういうぐうたらな暮らしをすることが楽しくて仕方なかったので、「若気の至り」ということではあっても、後悔はしていません。でも今、この年齢になって古都の良さがしみじみとわかります。人生って、こんなふうに見逃していた素晴らしいものがたくさんあるんだろうなあと感じます。
京都のどこが好き?
最近は、京都に拠点を構えて、1〜2ヶ月に一回くらいのペースで二週間ほど滞在しています。個人的には、人混みが苦手なので、繁華街の河原町界隈や有名な観光スポットはなるべく避けるようにしているのですが、それでも行きたくなるような魅力的なカフェやレストランがそういう場所に多くあります。学生や若い人が多いので、おしゃれなカフェや珍しいコンセプトのお店が京都には多いのですよね。YouTubeやネット記事を見て、そういう店をリストアップしているのですが、既に私の「行きたいカフェ・レストラン」リストには百店近くの名前が並んでいます。数えてみたら、現時点でそのうち40軒ほどを訪問しました。元気なうちにこれらをクリアして、特に気に入った店を「行きつけ」にして、定期的にリピートし「馴染み」になろうと思っているのですが、今のペースでは、リストをクリアできるのはいつの日になることか。
私の好きな散策コース
好きな散歩道はあちこちにあるのですが、入門編としては、まず鴨川! この場所は、青春時代に当時のカノジョ(妻!)と一緒によく散歩していたので懐かしさが募ってくるのと、京都の中心を南北に走っているので、主要な繁華街のカフェ・レストラン、病院、博物館・美術館、図書館、史跡名所など、どこを訪れるにせよ便利なのです。特に河原町のカフェ・レストランに行く際や下鴨神社・上賀茂神社などにお参りする際は、なるべくバス・地下鉄を利用せず、鴨川〜賀茂川・高野川の川辺をテクテク歩くようにしています。河川敷はきれいに整備されているので、途中でベンチに座って休憩がてら景色を眺めつつ読書をしたりもしています。



南禅寺〜銀閣寺をつなぐ「哲学の道」も懐かしい散歩コースなのですが、ここは外国人観光客が多くて、時期を選ぶか早朝に行かないと、ちょっと人が多すぎて落ち着きません。でも、桜や紅葉の季節は、京都らしい佇まいで素敵な場所です。京都帝国大学教授を務めておられた西田幾太郎先生が思索に耽りながら、この道を散策したことでこの名称がついています。

「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」

白川疏水は、明治時代に琵琶湖から京都市内へ水を引くために建設された人工水路「琵琶湖疏水」の一部です。南禅寺付近から北上し、銀閣寺周辺を経て西へ向かい、高野川・賀茂川(鴨川)方面を経て堀川へと至ります。南禅寺界隈は、当時の政府首脳や財閥当主などが別荘を建て、有名な作庭家七代目小川治兵衛の手がけた名庭があることでも知られています(山縣有朋の別荘だった「無鄰菴」がイチオシ!)。白川疏水は、今でも雰囲気のある散歩コースになっていて、桜や紅葉がとても美しいです。

吉田山は、雰囲気のある森で散策するにはとても良い場所です。白川疏水から少し歩くと、北参道コースの今出川口があります。さらに京都大学本部の奥には吉田神社コースの登り口もあります。吉田山の山頂近くには「茂庵」というカフェがあって、散策の後にゆっくりお茶を飲んで休むのに最適です。吉田山は、室町時代〜江戸時代にかけて日本神道を統括する神道の中心地となっていました。山内にある吉田神社の神職 吉田兼倶が神道の理論体系「吉田神道」を確立しており、吉田神社は、江戸幕府の庇護の下、全国の神職に対して「神職免許」を発行できる立場にあったそうです。





おわりに
私は青春時代を京都の地で暮らしていましたが、(冒頭で述べたように)今の私の年齢になってこそ、古都の良さがしみじみとわかるような気がします。FIREして膨大な「自分の時間」を取り戻した今、のんびりと歩きながら眺めるからこそ認識できる街の情景、史跡名所の美しさ、歴史と文化が醸し出す風情、そして老舗の良さとモダンなお店の調和など、古都ならではの良さは、慌ただしく暮らしていた若い時代には理解できていませんでした。
FIREしたことによって、「北海道の広大な風景」と「京都の情緒あふれた景観」の両方を、(丁寧に時間をかけて)眺める機会を人生の終盤に得られたことは、本当に幸福なことだなと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
