【自由律俳句】新・お遍路ウォーキング日記(75日目:三十一番竹林寺へ)
【2026/06/26(金) Day 75】

隣の神社参るかやめておくか
Najbara sanktejo — ĉu eniri, ĉu preterpasi?
今日札所三十番善楽寺を打ちました。
いよいよ高知市入りです。
高知市には三十番から三十四番までの
三十二番を除いた四ヶ寺があります。
三十二番の禅師峰寺は
南国市に一旦戻ります。
しかしそんなに
逆行をしている感じには
なりません。
平成の始めあたりまでは
札所三十一番は
この善楽寺と
もう少し高知の中心寄りにある
安楽寺という札所がありました。
これは善楽寺のすぐ隣にある
土佐神社の別当寺が
元々の札所でして
それが神仏分離令で廃寺になりました。
札所三十番は欠番となり
ひとつ前の土佐国分寺が
札所の代行をしていました。
土佐国分寺は善楽寺にあった
弘法大師像を受け継いでもいました。
また仁王像は二十四番の
最御崎寺に移され
現在でも最御崎寺の仁王門には
裏表で一組ずつ
四体の仁王像があります。
その後土佐藩がすぐに高知にある
安楽寺という寺を復興させ
安楽寺が札所三十番を引き継ぎ
札所の問題も解決したように見えました。
善楽寺のご本尊である阿弥陀如来像は
土佐国分寺から安楽寺に移され
事実上安楽寺が新しい札所となります。
ところが昭和の初めに
埼玉県にあった東明院が
善楽寺のあった場所に移転をし
土佐国分寺から弘法大師像を引き受け
善楽寺を再興させると
本堂は安楽寺
大師堂は善楽寺の
札所三十番分裂状態が始まります。
この状態が
50年以上も続きました。
平成6年に安楽寺が善楽寺の
奥の院となることによって
この問題は解決しました。
お遍路にとっては
その次にある三十一番竹林寺へ向かう時
安楽寺へ向かう必要がなくなり
かなりの遠回りをせずに
済むようになりました。
そのおかげで巡礼は
しやすくなったように
感じられます。
四国巡礼の札所は
時と共に姿を変えていくものです。
最近の変化は
札所六十二番宝寿寺の住職が
霊場会に対していくつかの要求をし
結果として一時期
宝寿寺を参拝できなかった
時期があります。
これについてはまた
宝寿寺を打った時にでも
忘れていなかったら書きましょう。■
